第一停車駅

マエストロ

 ドアの先、その景色に私は目を疑った。駅のホーム、ガラス窓から差す黄昏の光の眩しさに思わず目を伏せる。


 ホームに泊まるのは機関車だ。すぐにでも出立できるのだろうか、煙突からは煙を立てている。人々がのんびりと行き交っているその様はまるで非現実に感じられる。


「やぁ、奇遇だね、こんなところでまた会うとは」


 この少なくない人の中からどう探そうかと思案していたが、彼の方から声をかけてくれた。


 おばあちゃんがルタと呼んでいた風のような人……何となくではあるが、この人には風が吹き抜けているように感じた。


「忘れ物していきましたよ……あの、これ」


「あぁ、すまないね。これがないと困るんだ」


 彼は困ったような笑顔で受け取った。


 そして彼は続けて「あぁ、そうだ。君もあの機関車に乗ってみるかい?」と私を誘った。


 しかしいきなりのことで驚いた。彼は嬉しそうに私を見ながら聞いてきた。あの機関車……彼の隣を歩き近づきよく見てみる。


 宵闇のような深い藍色に星を思わせる金の装飾の機関車だ。


 しかし、こんな機関車を見たことはないし、そもそも駅すら無かったはずなのに……どうして?


 それに時間も遅いし乗るための切符代も買う場所もわからない……。


 乗ってみたいとは思うけど、おばあちゃんを家に一人にしてしまうのも躊躇する理由の一つだ。


 今じゃなくてもいいのかもしれない、彼がまたおばあちゃんに顔を出してくれた時にでも乗せてもらえればいいのかもしれない。


「色々と聞きたそうというか、言いたそうな顔をしているね」


 考え込んでしまっている私の顔を見ながらにっこりと笑って彼はそう言った。


「それを知るために乗るかい?君のおばあちゃんは乗ってきても良いよってことでそのお守りを渡したはずだよ」


「え……?どうしてそれを?」


「昔、珠ちゃんも乗ったことがあるんだよ。ほら、行こうか」


 彼が私の手を取って列車に引き入れる、私は自分の猫をも殺す好奇心を止めることも出来ずに誘いに乗っかってしまった。


 だがきっと大丈夫だろうという不思議な確信もある。しかし一つ、折角ならば名を名乗らなければ失礼にもなるだろうし私はこの人がおばあちゃんからルタと呼ばれていることしか知らない。


「そういえば……あなたの名前は?」


「僕は……そうだな、マエストロ・ルターニャと呼ばれているんだ」


 日本人然とした顔立ちだと思ったが名前で考えるのならば外国人だった……これは私の偏見だが外国人は総じて顔が良いなんてイメージがある。


 でも……顔立ちは日本人に見えるんだよなぁ……。


「おばあちゃんと同じように呼んでいいかな?ルタって……」


 何となくだけど羨ましかったって思う。おばあちゃんとこの人が長年の親友のように話していたことが。


 友達が決していないわけじゃないけど、今の私は友達を初めて作る時のようなドキドキを感じている。


「構わないよ、なんて言ったって珠ちゃんの孫なんだからね」



 そう言ってもらえたことに私はとても嬉しく、そして何故だか誇らしげに思えた。

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