第30話「コカトリスのスープ ~石化の魔眼と蛇肉を添えて~」
「なんておそろしい男じゃ……」
「はあ、疲れた」
「しかし、助かった。なんと礼を言ったらよいか……」
「ああ、いいよいいよ。俺は俺の敵としてこいつらを始末しただけだから。ちなみにこいつらがお前らの国を滅ぼしたやつら?」
「そうじゃ……。一方的に難癖をつけ、宣戦布告もなく民たちを蹂躙した」
「ふーむ」
マル子は自分に協力してくれていた人間たちを思い出したのか、悲しげに顔を歪めた。
「しかたねえなぁ……」
「む?」
「お前、とりあえず飯食ってけ」
俺はうるさいのでコカトリスを魔術で眠らせたあと、床に倒れていた銀テーブルの埃を掃って部屋の中で組み立てた。
「コンロ展開、まな板調整っと」
銀テーブルをパンと手で叩くと、瞬く間に一部が盛り上がり、一部が凹む。
盛り上がった部分に眠らせたコカトリスを寝かせ――でけえなこいつ――へこんだ部分に魔術炎を灯した。
「どうせ鶏肉の味しかしねえと思うけど、こいつを調理してやる」
コカトリス、手伝ってもらったところ悪いが、お前も最初は俺たちを石化させようとしたもんな。
俺は俺の敵には容赦しない男。
◆◆◆
「できました」
「おー……」
銀テーブルの一部を切り取り、それをお椀形に成形して出来上がった料理を流し込む。
「コカトリスのスープ、石化の魔眼と蛇肉を添えて」
そういえばこいつ、尻尾は蛇だった。多少は味にバリエーションが出るだろう。
「あ、あの……この銀のお椀は……わらわ火傷するので……」
「大丈夫だ、タマの粘液で薄くコーティングしてある」
「キュピッ!」
タマの素晴らしいところは体内の熟成器官だけではない。
こいつの表皮、俺の魔力をぶつけても割れないくらい丈夫。
そのうえそれと同じ頑丈さを持つ粘液は、伸縮自在で固めることすらできる。
もちろん熱もしっかり遮断。
うーん、やっぱりこいつら万能すぎる気がする。
「そ、そうか……」
「とりあえず食え」
そう言ってフォークとスプーンを渡すと、マル子はおそるおそるという感じにスープをすくって飲んだ。
「……」
「どう?」
ありあわせのもので作ったし、あまり調味料もなかったので自信作、というほどではない。
が、俺の持ちうる料理スキルは駆使したつもりだ。
「あったかい……それに、おいしい」
「そうか、よかった」
それからマル子は一心不乱にコカトリススープを飲み、食い、たいらげた。
「眼は珍味になるかもなぁ」
「こりこりとしていてとてもうまいぞ」
ふむふむ、歯ごえた良、と。
「マスター、わたしもちょっと食べたいです……」
「いいけど、お前が食ってもそんなにうまくないと思うけどな」
言いつつ、デ子が物欲しそうにしていたのでお椀をもう一つ作ってコカトリススープを入れてやる。
デ子は左手で頭を支え、右手でスープをすくって器用に頭に食べさせた。
いつも思うんだけど、それ首の下からスープ漏れたりしないの? どういう原理なの?
「あれ、たしかにおいしいですけど、ちょっと味が薄いような……」
「そりゃそうだ。普通の調味料は塩くらいしか使ってないからな」
というかそれくらいしかあり合わせがない。
「塩だけ? しかしこの芳醇な味は……」
マル子が首をかしげて「むーん」とうなっている。
こうしてみると本当に年端もいかない少女のようだ。
「お前にだけ味がわかるものが入ってる」
「え?」
「俺の血だよ」
こいつは俺の血を飲んだとき、それをうまいと言っていた。
吸血鬼は血の味に敏感だ。
人にはわかりえない特殊な舌感覚を持っていて、それで何百通りにも血を味わい分ける。
「マスターの血……飲んじゃった……」
デ子がぐるぐると目を回しているが、面倒なので放置しよう。
……。
あれ? なんで微妙に顔が火照ってるの?
まさかお前も吸血鬼だったのか!?
「……恩に着る、旅人」
「旅は道ずれっていうしな」
珍しく屋内での開店だったが、こんな日もあるだろう。
「これからお前も大変だろうが、あんまり気に病むなよ。人間なんていっぱいいるし」
きっとまたお前に協力してくれる人間もいるだろう。
「わらわ、がんばる」
「ああ」
「なので、次の安住の地を見つけるまで、お前の影の中に入ることにした」
「ああ。――ん?」
「のじゃー!」
そう言ってマル子はするりと俺の影の中に入っていった。
「……」
どうしよう、また変なのに取りつかれた。
「マスター、殺しましょう」
だからデ子、そのデスサイズをしまえ。
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