第28話「奇特で幼女な吸血鬼」
俺たち一行はそのまま北へ向かい、双雪山と呼ばれる自然国境を越え、ようやく大陸北部のとある街にたどり着いた。
「芸術の街、アーカムか」
きらきらとした魔法光の明かりが、いたるところで輝いている。
建築様式は教会然としたものが多く、なんとなく厳かだ。
ステンドグラスっていいよね。
「人が多いなぁ」
街を歩く人の数は多い。
そして人種もさまざまだ。
獣人、鳥人、半霊体の種族までいる。
一番数が多いのは無論〈純人種〉だが、この街を歩く人々は総じて身なりが豪奢なので、かえって種族差が気にならない。
「ドレスにタキシード、大陸中央の宮廷魔術士の正装に、あれは南の成金国家の貴族だな。……旅人っぽくローブ羽織ってるのなんて俺くらいじゃね?」
「ンモ」
俺はああいう堅苦しい衣装が苦手だ。
必要に駆られて何度か着たこともあるが、いつも途中で脱いでしまっていた。
そのたびに実家のメイドに怒られていたものだ。
「マスター、マスター、この国、例の神隠しが起こってるみたいですよ」
「おー、たしか新聞屋のマツダイラが言ってた例の」
デ子がレンガ造りの家の壁に貼られていたチラシを見て言った。
「あれはもっと北の雪国で起こってるって話だったけど」
「こちらの方にも神様が出稼ぎに来てるんでしょうかねぇ」
神隠しって商売なの?
神の商売?
デ子はたまにおもしろい表現をする。
とりあえず俺たちは宿を探すことにした。
最近調味料や食材が枯渇気味なので、この街で補給をする予定である。
貴族の遊び場であり、大陸中央部との交易の要衝でもあるこの街には、さまざまな物資が集まる。
きっとおもしろい食材もあることだろう。
「基本はその場調達なんだけどな」
はじめからそう決めていたわけでないが、気づくとそうなっていた。
宛てもなく方々をさまよっているからしかたないといえばしかたないのだが。
それから俺たちは安価な宿をどうにか見つけ、宿を取った。
「サトウ、お前が小さくなれたりすればもっと簡単に宿が見つかるのに」
「ンモ……」
ゴーレムのサトウがいても、通行人はそこまで驚きはしない。
いまどき野生の魔物をペットにしている貴族もいるくらいだ。
大きさが大きさなので二度見されたりはしたが、物好きな好々爺が話しかけてきたり、というイベントはまだない。
「部分的に分解したりして、もっと収まりよくなんねえの?」
いつもサトウの肩に乗って、銀テーブルまで担がせている俺が言う台詞ではないのかもしれないが、実際サトウがいると入れる宿に限りがある。
広告塔として使うときはいいのだが、日常生活においてこの砂糖仕立てのゴーレムの巨大さは難あり。
「ンモ」
そんなことを言っていると、おもむろにサトウが右肩を外した。
……ん?
「ンモモ」
左肩、両足、首。
それらは外れたあとに吸い寄せられるようにサトウの顔に集まっていき――
「正方形だ……」
「ンモ」
真四角の物体になった。
なにこいつ便利すぎない?
こんなことできたのかよ?
「最近できるようになったみたいです」
「あ、そうなの」
デ子が通訳してくれた。
最初は通訳なんて無理だと言っていたが、最近は少しずつゴーレム語も理解できるようになったらしい。
なんだかテイマーとして負けている気がするが、今は気にしないことにする。
「ただ問題がありまして」
「ふむふむ」
「この状態だと歩けない、とのことです」
「あー!」
たしかに足がない。
四角形のブロックに歩けと命じるわけにもいかない。
「俺が担ぐか……」
銀テーブルとサトウを背負ったらさすがに俺も潰れるんじゃあるまいか。
「キュピ!」
すると、タマが俺の頭の上から降りた。
サトウ(四角)にぴょんぴょん跳ねて近づき、おもむろに地面にでろーんとなる。
水飴みたいだ。
「ギュピィ」
声もどこか潰れ気味。
するとタマが平べったくなったままサトウの下にもぐり込んだ。
「お前らコンビネーション良すぎね?」
タマの上にサトウが乗ると、ずるりずるり、とタマが這うように移動をはじめる。
上に乗ったサトウもそれにつられてゆっくりと動いていく。
「ンギュピィ」
「ンモ!」
「お、おう、さすがにそこまでされたら俺も銀テーブルは自分で運ぶわ……」
こいつらの頑張りに涙が出そうになった。
俺はサトウの背中に縛っておいた銀テーブルを自分で持ち直し、ようやく宿の中へと入った。
◆◆◆
なにかが起こるのは、たいてい夜のことである。
今日は旅の疲れもあるのでと、食材調達を後回しにし、みんなで早めに寝ていた。
かぷり。
うんん?
なにかこう、首筋に妙な感触が。
「んぐ、んぐ……」
んんー。
まあいいか。
「んぐ、んぐ……うまぁ……」
なにっ!?
「うまいものかッ!?」
恍惚とした声に反応して俺は飛び起きた。
「うぎゃあ!」
「ん?」
ごろん、と。
俺の寝ていたベッドから転がり落ちる人影がひとつ。
世闇の中でも月光を反射して輝く金色の髪。
体躯は子どもそのもので、下手したらデ子の半分くらいだ。
「いや誰だ」
「ふぁぁぁ……」
床に転がり落ちたときに頭をぶつけたのか、その子どもは後頭部を両手で抑えてうめいている。
「あうっ」
あ、またぶつけた。
しかしいまさらだがこれは明らかな侵入者である。
荷物持ち件ボディガードとしても優秀なサトウはどうした。
「爆睡かよ」
最近サトウたちの気の抜き方がひどい。
当初こそ
「で、もう一回訊くけど誰よ」
「こ、答えるわけにはいかんっ! のじゃっ!」
その子供は女の子だった。
さきほども言ったように、月光を反射するきれいな金髪と、透き通る真っ白な肌を持ったかわいい幼女。
ただなんだろう。
例によってポンコツの匂いがする。
「んーっと、マルルエル・ヴァンプ・レ・スティアート・ルー・アルカードか」
「ひょえっ!? なぜわらわの真名がわかったのじゃ!?」
「魔眼使った」
あんまり好きじゃないんだよなぁ、この魔眼。
自分で改造しすぎたせいなんだけど、万能すぎておもしろみに欠けるんだよなぁ。
「まさか〈真名暴きの魔眼〉……! き、貴様悪魔族かッ!」
幼女――マルルエル・ヴァンプ……えっと……めんどくさいから『マル子』でいいや。
マル子は目に恐怖を浮かべ、尻もちをついたままあわあわと後ずさりした。
「いや、悪魔族じゃないよ。人間だよ」
「貴様のような人間がいるかっ! 血もなんかこう……人間よりもおいしかったし!」
おいしかったんだ。
「ああ、お前吸血鬼か」
マル子の口元に鋭い牙が生えていて、気づいた。
首元を手でなでると血がついている。
どうやら寝ている間に血を吸われたらしい。
くそぅ、痛くもかゆくもねえからわかりづれえな。
蚊かよ。
「それで、なんの用だ、マル子」
「マル子!?」
「そう、マル子だ。お前は今日からマル子」
「ンンッ!!」
あ、サトウが寝言で咳払いした。
いやお前絶対起きてるよね?
「ち、血を奪いに来てやったのだ!」
マル子は立ち上がり、ない胸を張りながら言った。
「この高貴な吸血鬼の真祖たるわらわがっ! のじゃ!」
「なにこいつめんどくせぇ……」
語尾に無理やり「のじゃ」つけるやつはじめて見た。奇特だ。
「じゃあ、はい」
俺はしかたなく手を差し出した。
「な、なんじゃこの手は」
「一かじりにつき銀貨二枚。もしくはなにかうまいもの」
「か、金を取るのか……!?」
当たり前だろ!!
食事を提供したら対価は必要になる!
我が〈旅する銀のレストラン〉のモットーは明朗会計!
「やはり悪魔か……!」
「いやだから違うって」
話のわからん幼女め。
「で、でもでも、貴様の血を吸ってやったから今に貴様はわらわの下僕となる! もう数秒もすればわらわの意のまま! ひゃほーい! のじゃ!」
まさかこいつ、食い逃げするつもりか!!
「今に見ていろ、あと三秒……」
マル子はじりじりと俺ににじり寄ってくる。
「二秒……」
おかわりするつもりなのだろう。
「一秒……!」
どうしたものか。
「そら、跪けー!」
そう言いながらマル子が俺に飛びついてくる。
「……」
ぼふ、と胸元で金髪が舞った。
「……」
「……」
現状を説明すると、俺はけっして跪いてなどいない。
飛びこんできたバカ――もといマル子を受け止め直立不動している。
「あ、あれ……?」
「なにがしたいんだお前……」
「あれっ!? 隷属の魔法は!? 真祖の絶対服従の呪いはっ!?」
俺の胸の中でおろおろとするバカ――もとい、バカ。
「吸血鬼ごときの呪いが俺に通じるわけねえだろ」
魔神つれてこい、魔神。
あ、だめだ、あいつら心折れて実家でコックやってるんだった。
今度なんかレシピ聞いてこよっかなー。
「あ、サトウ、それはダメだ、たぶんマジで死ぬ」
「えうっ!?」
今になってサトウが起きあがり、真四角の状態から部分的トランスフォームをして銀テーブルをハンマーのように掲げていた。
「あとそれ俺の夢! 俺の夢だからぁ……!」
銀のレストランのシンボルを荒々しく使っちゃ、めっ!
「ンモウ……」
「めんどくせえ」とばかりにため息をついて、サトウが銀テーブルを降ろす。
ふう、よかったよかった。
「ぎ、銀などわらわには効かんぞ!」
そう言いつつ俺から離れないのはいかがなものか。
「いや、その銀テーブル、俺の魔力を超込めてあるから真祖でも二秒で蒸発すると思う」
純銀だし、天使族の国を落としたときにそこの教会からパクってきた十字架を溶かして作ったやつだし。
「うおお……のじゃぁぁぁ……」
「いい加減離れろよ」
「怖い……」
「はあ……」
ひとまず俺はマル子をひっぺがして、部屋の電気をつけることにした。
「マスター? 浮気ですか? しかも幼女ですか? 憲兵と処刑官呼びます?」
デ子、まずはそのデスサイズをしまえ。いつからそんなもん召喚できるようになった。
あと目が怖い。
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