第9話「黄金のレアステーキ ~深き森の香草を添えて~」

「あの、何が目的なのでしょうか……」


 俺は銀のテーブルを平原の一番高いところに設置して、鳥人たちを出迎えた。

 鳥人たちはテーブルの向こう側に並んで立っていて、俺の方を怯えた様子で見ている。


「取って食おうってわけじゃない。むしろ御馳走しようと思って」


 そう告げながら以前の客に御代としてもらった銀のコップに特製サトウ酒を注ぎ入れる。


「まあ飲んでよ。超うまいよ」


 まずは食前酒。うーん、我ながらお洒落。


「これ毒入ってたり……」

「わざわざ毒で殺さないでしょ。さっきの魔術があるんだから……」

「そ、それもそうだな……」


 鳥人たちはコソコソと話し合いをして、結局サトウ酒を飲むことにしたらしい。

 そうしてまず兄と呼称されていた一際ひときわ大きな翼を持つ鳥人が、サトウ酒にくちばしをつけた。

 すると、


「っ……! う、うまっ……!」


 バサリ、と彼が大きく翼を羽ばたかせる。目を見開かれ、嘴は驚きにカタカタと震えていた。


「甘い……しかし酒の酸味も消えていない。なんだこの絶妙なハーモニーは……! 体全体が喜びに打ち震えるようだ……!」

「ちょっと! 兄さん僕にも!」


 すると少し小さめの翼を生やしたもう一人の鳥人がコップを奪い取る。

 そして同じようにサトウ酒を飲み、


「っ……!」


 絶句していた。

 三人目も同様の反応だった。


「ね? うまいでしょ?」

「ああ、間違いなくうまい。今まで飲んだこともないような酒だ。これは病み付きになる。ある意味精神に良くないな」

「まあまあ、そんなに多く酒があるわけじゃないから、一人一杯ずつってことで。今料理を出すから待っててね」


 俺は頭の上のタマに触れながら言った。

 タマの様子は――そろそろか。

 身体がプルプル震えている。

 たぶんそろそろゲボァが来る。

 聞かせないように一旦この場を離れよう。


 俺はサトウに店主を任せて、一旦十歩ほど彼らから離れた。

 そしてタマを懐に抱え込み、


「よし、いいぞ、タマ。ゲボァしていいぞ」

「キュピ――ゲボァ」


 安定の生々しい音だな。

 タマの中から出てきたのは金色のたれがコーティングされた大きめの肉だ。

 干し肉を入れたのに、どうやらタマの中でこの黄金の液体を吸い、大きくなったらしい。

 俺はその肉を片手に持っていた皿に乗せて、食卓へ戻る。


「それは?」

「肉さ。黄金の肉」

「ほう、金色に輝く肉というのは聞いたことがないな。どういう生物の肉だ?」


 これ何の肉だっけ。

 確か鳥系だった気が――

 俺はあえて何の肉か思い出すのをやめた。


「それは秘密。大丈夫、鳥の肉ではないから」

「ふむ」


 嘘じゃないよ。何の肉か分からないから、嘘じゃないよ。


 俺は気を取り直して、黄金の肉を左手で摘まんだ。

 そして右手に魔術の火を灯し、慎重に火力を調整して――


「おお、目の前であぶるのか! これはまた臨場感が!」


 じわりじわりと黄金肉を炙っていく。

 すると、黄金肉から「じゅわ」という音と共に肉汁があふれ出し、やがて金色に輝く雫となって下に置いておいた皿に落ちた。

 瞬間、


「ぬっ!」


 香ばしい匂いがその場にはじけた。

 俺でさえも口の中に唾液が溢れてきて、思わず火の勢いが強まりそうになる。


「なんという凶器的な香りか……! そしてなんと美しい肉汁か……!」


 ぽたり、ぽたり。黄金の肉汁が次々に皿に落ちては弾ける。

 そのたびに胃は痙攣するかのようだった。


「よし、良い感じに焼けてきたな」


 じゅじゅじゅ、と黄金肉の表面が軽く焼かれ、金のコーティングがぱりぱりと固まって輝きを増す。

 俺は逆の面にも同じように火を当て、そしてついに――

 

「できた」

「おお!」


 鳥人たちから歓声があがった。

 俺は銀のナイフを取り出して、表面ぱりぱりの黄金肉に刃を入れる。――柔らかい。

 肉の中から黄金の肉汁がじゅわりとあふれ出て、またも胃を握りつぶすかのような香りを漂わせる。

 鳥人たちは皿上に広がった金色の肉汁を口をあんぐりと開けながら見つめていた。


「最後にこの金の香草を」


 飾り気はあまりないが、肉がそもそも輝いているからいいだろう。――完成だ。


「黄金肉のレアステーキ。深き森の香草を添えて」


 俺が皿を鳥人たちの方へ差し向けると、彼らは同時に大きな唾を呑み込んだ。


「た、食べていいのか……?」

「どうぞどうぞ」


 俺は三人にフォークを渡す。

 三人はそれぞれに切り分けられた黄金肉をフォークで刺し、口元に持っていく。

 嘴の中に肉が吸い込まれ――


「――!!」


 三人の翼が同時に羽ばたかれた。――視覚的にうるせえ。


「口の中に味わったことのない深い旨みが!」

「溶けた! 口の中で溶けたよ兄さん!」

「口の中にあふれた肉汁がするすると喉を通って胃に――温かい! なんだ、この温かさは!」


 鳥人たちは胸のあたりに手をおいて、そこから伝わる温かさに意識を集中しているようだった。


「活力がみなぎる! 身体の隅々まで心地よい温かさが伝わっていく!」


 鳥人たちは身体の中に生じた熱に打ち震えているかのようだった。


「うまかった?」

「うまいなんてものではない! もっとないのか!?」

「残念ながら、今日の分は今のでおしまいなんだ」

「なんと! ……い、いつだ、いつここに来ればまたこの肉が食える⁉」

「うち、移動式のレストランだから次にいつどこで開くかは決まってないんだ。だから、この銀のテーブルと、白いゴーレムを目印に探してよ」

「ああ……! ぜひそうしよう! 西での所用が済み次第、すぐに世界中を探し回ろう!」


 満足してもらえたようでなによりだ。


「そうだ、御代は……」

「硬貨じゃなくていいよ。硬貨は旅先で換金するのがめんどくさいから。そうだなぁ……何か、今持ってるものの中で今回の肉の感動に釣り合うと思うものをくれれば」

「それでいいのか?」

「うん」


 無論、高価なものでなくても構わない。

 特に今回は俺の都合で客になってもらった感じだし。


「あ、でも俺から一つだけお願いするとすれば、この〈旅する銀のレストラン〉の話を広めてほしいな。鳥人だし、行動範囲広いでしょ?」

「ああ、それはぜひとも。噂が広まれば情報も集めやすくなる。私たちが次に見つける時に役に立つだろうから、言われなくても勝手に広めさせてもらう」


 長兄らしい鳥人が力強くうなずく。

 すると、その隣にいた次兄らしき鳥人が、ふと閃いたように腰に巻いていた小さなポーチを開けた。


「これなんかどうかな? 北の山脈坑道でたまたま見つけたものなんだけど――」


 彼が取り出したのは不思議な光を放つ紺色の鉱石だった。

 中は半透明で、そこにピカピカときらめく赤や黄色、白色の光球が宝石屑のように浮いている。

 まるで、満点の星が輝く夜空が凝縮されているかのようだった。


「おお、綺麗だなぁ……」

「〈星屑石〉って言うんだ。ここまで大きなものは滅多に見られないんだよ。ちなみにこの鉱石の中の星屑は魔力に反応して明度が増すから、この大きさならちょっとした光源にもなると思う」


 俺が鳥人から星屑石を受け取って軽く魔力を通すと、中の宝石屑がきらきらとまたたいてあたりを美しく照らしあげた。

 ちょっとした明かり代わりにもなりそうだし、夜に卓上ランプとして使えば雰囲気も出そうだ。


「これを代価にしようよ、兄さん」

「そうだな。それがいいだろう」

「いいの? 売ったら結構な値が付きそうだけど」


 なんだか俺が思っている以上に高価なものな気がして、思わず聞き返してしまう。

 しかし鳥人たちは笑顔を浮かべてこう返してきた。


「ああ、それくらいうまかった、ということだ。もし引け目を感じるなら、次に来た時に少し贔屓してもらおうか。どうだね?」

「あはは――うん、わかった、いいよ。その時にはこの星屑石を卓上に飾って洒落しゃれ込むとしよう」

「今から楽しみだ」


 そう言って彼らはおもむろに席を立つ。


「では、そろそろ行くとしよう。名残惜しいが、所用の時間が差し迫っているのでな」

「無理やり引き留めちゃって悪かったね」

「なに、結果的に良い経験をさせてもらった。むしろ礼を言わせてもらおう。旨い酒と食事をありがとう。これでこの先も乗り越えられそうだ」


 「またな」と最後に付け加えて、彼らは飛び去った。

 あっけない別れだが、用事をこなしたらまた探してくれるとも言っていた。

 きっとすぐに会えるだろう。


「さて」


 俺は頭の上で鳥人たちを見送るようにぴょんぴょん跳ねていたタマを手の上に持ってきて、話しかける。


「ありがとうな、タマ。お前のおかげで客は喜んでくれたよ」

「キュピ!」


 そういえばタマ、なにげなく俺についてきたけど、このままでいいのだろうか。


「キュピピ!」


 タマがぴょんぴょんと俺の手の中で嬉しそうに跳ねた。

 どうやらこいつも俺の内心を読むタイプらしい。


「んじゃ、行くか。次の不思議食材か、不思議生物を求めて」


 ちょっと目的が自然にぶれたけど、まあ良しとしよう。

 サトウとタマという便利料理生物がこう二連続で来ると、次もあるんじゃないかと少し期待してしまう。


「ンモ!」

「キュピ!」


 俺の声にサトウとタマが元気よく返事を返した。

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