104 いつもの二人
ネージュの雪のように白い右手は冷気を放出する
「ガタガタガタガタガタガタ……」
(つ、冷たくない……痛くもないし……だ、大丈夫です!)
このように人体に影響がないということをヴァニラは伝えたかったのだ。
ネージュは緊張しながらも凍結珠を触っても大丈夫だと理解した。その後すぐに凍結珠の冷気で凍ったテーブルを触る。凍結珠を触った時と同じように冷たさは微塵も感じない。
「ガタガタガタガタガタガタ……」
(よ、よかったです。触ることができましたし、緊張も解れて一安心です。で、でも震えが止まりません……ど、どうしましょう)
凍結珠に触れることができたことにネージュは安堵している。しかし体の震えは止まらない
そんなネージュを心配しながら見ていたマサキはネージュに声をかける。
「お、おい、ネージュ!」
「ガタガタガタガタガタガタ……」
「だ、大丈夫かよ? 震えてるぞ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタ……」
小刻みに震えているネージュは声を出すことができずにいた。
そんなネージュを見たヴァニラは笑みを浮かべた。
「お客様、演技がお上手ですね! 凍結珠から放出される冷気はですね触っても人体には全く影響がなく冷たくも痛くもないんですよー! けれどちゃんと冷凍機能には自信があります。安全で性能抜群な魔道具なのです!」
ネージュが震えているのを冗談だと受け取ったヴァニラは凍結珠のPRを始めたのだった。
しかしネージュが震えているのは冗談でも演技でもないことは手を繋いでいるマサキが一番わかっている。だからこそ心配の声をやめなかった。
「ほ、本当に大丈夫か?」
「ガタガタガタ……だ、大丈夫……です……ガタガタガタガタ……」
そう言いながらネージュはテーブルから手を離す。
テーブルから手のひらが離れるにつれてネージュは体に起きている異変について思考を巡らせ始めた。
(ま、またです……また動悸が……そ、それに……う、うるさいです。会場にいるみなさんの声が……た、たくさん耳に入ってきます。あ、頭がガンガンする……あ、あれ? おかしいです……こ、こんなにお客さんっていましたっけ? 声もそうですけど……お客さんが増えている気が……い、いや、違います。魔法の影響で周りの視線や声が気にならなかったんです。それで今……周りの視線も声も気になり始めたということは……ま、魔法の効果が切れたってことですか? でも半日は持続するって……言ってましたのに……)
考えれば考えるほど体の震えは止まらなくなる。むしろ激しくなる一方だ。そして不安や恐怖や緊張が増していく。
凍結珠を触るという緊張する場面を乗り切り安堵した結果、魔法で押さえ込んでいた感情が安堵したタイミングと同時に溢れ出てしまったのである。
魔法が半日持続するというのは、あくまで一般人に対しての持続時間だ。ネージュのように心に病を抱えているのなら持続時間や効力も変わってくる。
ネージュのように幼少時代から恥ずかしがり屋を患っていて、人前に出ることすら恐怖に感じてしまうなら、ルーネスがかけた精神安定の抗不安剤のような魔法の持続時間は激減するのは明白だ。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
マサキとネージュが魔法にかけられてから約二時間。二時間しか魔法が持続しなかった嘆くのは大間違いだ。ネージュのような恥ずかしがり屋が二時間も魔法が持続したことは逆にすごいことである。
「お、お客様大丈夫ですか?」
先ほどとは違いヴァニラは焦りながら声をかけた。
流石にネージュの震える様子を見れば冗談や演技の類ではないことは一目瞭然だ。
「多分だけど魔法の効果が早く切れちゃったんだ。ネージュ、しっかり……ガガッガガ、しっか……ガガッガガガガガッガガガガガッガガガ…………」
ネージュにかかっていた魔法の効果が切れてしまったのなら同じ時間に魔法をかけられたマサキも魔法の効果が切れて当然だ。
そして二人は同じくらいの心の病を抱えている。魔法の効果が切れる前触れがなかったマサキも繋いだ手のひらから不安や恐怖や緊張が伝染して、魔法が突然切れ小刻みに震え出してしまったに違いない。それ以外考えられない。
(や、やばい。体が震え出しちまった。半日持続するんじゃなかったのかよ。まだ二時間くらいだぞ……そ、それに魔法が切れてようやくわかったが……客の声が響き渡ってうるさい。よくこんなところに平然と二時間もいられたもんだ。それに全く気付かなかったけど……こんなに混み合ってたのかよ。どんだけ周りの目を気にしてなかったんだ……普段どおりの俺じゃありえないぞ……それほど魔法がすごいってのは証明できたわけだが……こ、この体の震えをなんとかしてくれ!)
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
マサキとネージュはいつものように震え出してしまった。
「じ、地震!?」
「予言の大戦争が始まっちゃった!?」
「そ、そんな!!」
ルナのもふもふな背中にしがみつきながら眠っていた二匹の妖精は、小刻みに震えるマサキの振動を感じ取って大慌てで目を覚ました。
地震や戦争の地響きだと勘違いしているのはぐっすりと眠っていた証拠だろう。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガ……」
「ンッンッンッンッンッンッンッンッンッンッンッンッンッンッ……」
マサキの頭の上に乗っているルナは無表情のまま振動を感じるたびに声を漏らしていた。
そんな余裕の表情とも取れるルナとは真逆で大焦りのヴァニラが口を開く。
「ち、違うの! お客様が突然震え出しちゃったの! サバドちゃん! どうしよう!」
焦るヴァニラは羽を素早く動かし、目覚めたばかりのサバドとリンゴの方へと向かって飛んだ。
焦るのも無理はない。自分が作った魔道具を触った直後に二人の様子がおかしくなったのだから。
「え? 大戦争が起きたんじゃないの?」
「大戦争なんて三千年間起きてないでしょ! 寝ぼけないでよ! そんなことよりお客様が!」
どうしていいのかわからずパニック状態のヴァニラ。頭を抱えて絶望的な表情になっている。
そんなヴァニラに優しく声をかけたのはオレンジ色のボブヘアーの美少女ダールだった。
「大丈夫ッスよ。いつも通りに戻っただけッス。逆に今までのが不自然だったんッスから」
「え、これがいつも通りなんですか?」
「そうッス。これが兄さん姉さんの普通ッスよ」
異常な光景をいつも通りの普通の光景なのだとダールは言い切った。そのことに対してヴァニラは安堵するよりもさらに驚いてしまった。
ダールの言葉に信憑性を増すために案内役の二匹の妖精もヴァニラに向かって口を開く。
「ルーネスが魔法をかけてくれたの」
「だからさっきまでは震えずに済んだんだよ」
「でも魔法の効果が切れちゃうの早いね」
「そうだね。魔法が弱かったのかな?」
「かもしれないね」
魔法が弱いのではない。マサキとネージュの負の感情が異常なほど強すぎるのだ。
二匹の妖精の言葉を聞いたヴァニラは自分のせいじゃないのだと理解しようやく安堵する。
「よ、よかった……お客様に何かあったら……私、マルテス様に……本当に……本当によかった……」
「ほらほらヴァニラちゃんもこっちにおいで振動ともふもふで気持ちいいよ〜」
「う、うん……」
ヴァニラを励ますためにルナのもふもふの背中へとサバドがヴァニラを誘う。
手招きされるヴァニラは吸い込まれるかのようにルナのもふもふの背中へとしがみついた。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガ……」
「あっあっ、す、すごい、もふもふで振動があっあっ……ってちがーう! お客様はどうするの? このままでいいの?」
もふもふに癒されたと思ったらノリツッコミのようにツッコミを入れるヴァニラ。
しかし案内役の二匹の妖精は言われるまでもなく目を覚めた瞬間から対処を始めていた。
「さっきから魔法をかけてあげてるんだけど、私たち二匹の魔法じゃダメみたいなの」
「溜め込んでた感情が溢れ出ちゃって抑え切れない」
「多分だけどこれはルーネスでも無理だよ」
ルーネスと同じ精神を安定させる抗不安薬のような魔法をかけるサバドとリンゴ。
二匹がかりでも症状が良くならないほど溜め込んでいた負の感情が溢れ出してしまいどうすることもできない状況になってしまっているのだ。
「しょ、しょうがないッス。兄さんと姉さんを会場の外の
「まだ食品展示会の半分も見てないから引き返した方が早いです!」
「了解ッス。クレールの姉さん! 引き返すッスよ! サバドさんとリンゴさんも手伝って欲しいッス!」
「「はい!」」
ダールはマサキの両脇を持ち引きずるように運び始めた。その横では透明状態のクレールもダールと同じようにネージュを運び始める。
サバドとリンゴは風の魔法を使いダールとクレールが持ち運びやすいように補助を始めた。
そしてヴァニラは責任を感じてなのか、氷結珠を提供する自分の出店を放置してネージュを引っ張り始めた。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
細身のダールや幼いクレールが大人二人プラス一匹のウサギを運ぶのは容易なことではない。
さらにマサキとネージュはガッシリと繋いだ手を離そうとしない。無意識に離すまいと繋いだ手に力を入れているのだ。
ただでさえ容易ではない移動だが、繋いだ手のせいで運び
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「ガガッガ!!!!」
「ガタガタ!!!!」
マサキとネージュの震える声は同時に大声となって静まり返った。震えが止まったのである。
突然の出来事にダールは困惑する。
「と、止まったッスね……い、今までこんなことなかったッスよ」
困惑するダールの黄色の視線の先にいる二匹の妖精はマサキとネージュを運ぶために使用した風の魔法をゆっくりと解除する。
そして確認のためにサバドはマサキ、リンゴはネージュの方へと向かった。
「も、もしかして私たちの魔法が遅れて効いたのかも」
「そうかもそうかも!」
サバドがマサキの正面まで行きぷかぷか浮かぶと、マサキの頭の上にいるルナが鼻をひくひくさせながら「ンッンッ」と声を漏らしながら漆黒の瞳で心配そうに見つめていた。
リンゴもサバドとほぼ同タイミングでネージュの正面にぷかぷかと浮かんだ。
そしてサバドとリンゴは同時に口を開く。
「「気絶しています!」」
同行者のダールと透明状態のクレールに聞こえるように大きな声で言ったのだった。
「気絶ッスか!? 兄さんも?」
「は、はい! マサキ様も気絶しております!」
ネージュが気絶することはよくあることだが、マサキが気絶することは珍しい。むしろ初めてなのではないだろうか。
ルーネスにかけてもらった魔法の効果が切れ通常の状態に戻ったことが気絶するほどの出来事だったのだ。それは、親兎に前触れもなく突然、肉食動物の群れに放り出された時のような感覚だろう。
本来マサキとネージュは、このように賑わっている祭りのような場所には絶対に訪れない。訪れたとしても
だから魔法が切れ騒がしい声や人混みを意識してしまい気絶してしまうほどの負荷を受けてしまったのだ。マサキとネージュはこの雰囲気に耐えることができず気絶することによってこの場から脱出したということである。
「とりあえず医務室まで運びましょう」
「ベットも用意してありますのでそこで寝させてあげましょう」
「了解ッス。案内よろしくッス」
「「はい!」」
ダールたちはマサキとネージュを医務室へと運ぶために再び足を動かした。
世話の焼ける二人に一言も文句を溢すことなく運ぶのであった。
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