103 魔道具『凍結珠』

 マサキたちは無人販売所イースターパーティーの商品棚をオープン型の冷蔵庫にするために使用している氷のキューブ、すなわち氷結珠ひょうけつじゅと呼ばれる妖精が作った魔道具を購入するべく、その魔道具が販売されている出店の前に立った。


「いらっしゃいませ。お客様」


 マサキたちを出向いてくれたのは案内役のサバドが『ヴァニラちゃん』と呼んでいた妖精だ。

 髪は薄緑色の長髪、瞳は薄水色。案内役のサバドとリンゴ、そして餃子を提供していた妖精テンテンなどと似たような色だ。色素の違いは多少ばかりあれど、妖精族は皆、髪色と瞳の色が似ているのである。

 そしてヴァニラの服装は、アイスクリーム屋さんが着用しそうなポップな印象の制服のように見える。


「って、あれー! サバドちゃんとリンゴちゃんじゃん!」


 ヴァニラは、マサキの頭の上を定位置としているイングリッシュロップイヤーのルナの背中にしがみつきながら寝ている二匹の妖精に気が付いた。名前も知っていて『ちゃん付け』で呼んでいることから親しい間柄なのだろう。


「もふもふ〜すやすや〜」

「すやすや〜もふもふ〜」


 そんなヴァニラの呼びかけにサバドとリンゴの姉妹は気付く様子もなく気持ちよさそうに寝続けていた。


「まあ、いいや」


「いいのかよ」


「はい。この子たちはいつもこんな感じでルーネス様やマルテス様に怒られてますからね」


「あー、いつもこんな感じなのね」


「そうなんですよ。私が代わりに謝罪します。案内役のサバドとリンゴが役に立たずに寝てしまい大変申し訳ございませんでした」


 ヴァニラはサバドとリンゴの姉、そしてタイジュグループの代表でもあるルーネスに代わり謝罪をした。

 深々と頭を下げて謝罪するしっかりとした妖精だ。

 そんな妖精に対してマサキとネージュは慌てて対処する。


「そ、そんな。あ、頭を上げてくれ!」

「そ、そうですよ。先ほど入り口でルーネスさんから謝られたのでもう大丈夫ですよ」

「そうそう。それに今回はうちのルナちゃんのもふもふが原因の可能性もあるし……」

「なのでヴァニラさんが謝る必要はないですよ」

「そう。その通り。誰も謝る必要なんてないよ。だから頭を上げてくれー」


 いつもなら小刻みに震えてしまい会話すらままならない二人だが、ルーネスがかけてくれた精神が安定する抗不安薬のような魔法が持続してくれているおかげで、ここまで自分の気持ちを伝える事ができたのである。

 そんな二人の姿を後ろから見ているダールは『うんうん』と、母親が息子成長を見守るような視線を向けながら頷いている。

 本来なら会話や交渉などは喋れないマサキとネージュに代わってダールが行う。それが今や本人たちがやってのけているのだ。ダールが頷くのもわかるだろう。

 さらに透明状態のクレールは小さな手をパチパチと叩いて拍手をしていた。その音は透明スキルの影響で聞こえないが精一杯拍手をしていたのである。

 それほどマサキとネージュが自然と喋れている事が普通ではありえないということなのだ。


 マサキに言われた通りにヴァニラは頭を上げた。そして今一度、お客様でもあるマサキたちを見る。


「お客様ありがとうございます……………黒い変わった服の人間族様に……白銀の髪の可愛い兎人族とじんぞく様…………手も繋いでいる……ってことは無人販売所イースターパーティーの経営者様ですか?」


 ヴァニラは、マサキとネージュの特徴から無人販売所イースターパーティーの経営者だと見抜いた。そして店名を間違える事なくしっかりと言ったのだった。


「そ、そうですよ」


「わーすごいです。すごいです。画期的なアイディア、独創性豊かな持ち主と会えるだなんて。私感激です」


 喜びのあまり竜巻のようにくるくると回りながら上昇した。サバドとリンゴもそうだったように妖精族は喜ぶと皆、竜巻のようにくるくる飛ぶのだろう。


「もしかしたらお二人は妖精族の生まれ変わりなのでは? ぜひともそのアイディアの根元を教えていただきたい」


「いやいや、妖精族の生まれ変わりじゃないはずだよ……そ、それに無人販売所なんて誰でも考えつくよ。そ、そこまで画期的じゃないよ」


 無人販売所を経営しようと提案したのはマサキだが、マサキ自身無人販売所というアイディアを一人で生み出したわけではない。ただ日本で流行っていて興味があったからその知識が頭の片隅にあっただけだ。

 だからこそ画期的なアイディアだとか独創性豊かだとか言われて褒められても釈然としないのである。

 謙遜や自己評価が低いと思われがちだが、それは異世界転移してきたマサキの宿命でもある。


「いえいえ。ご謙遜なさらないでください。妖精族の間では皆噂しているんですから。『黒い変わった服の人間族様と白銀の髪の可愛い兎人族様のが経営する未知の販売形式の無人販売所は妖精族では考えられない画期的なアイディア、もはや革命的なアイディアだ』って噂してるんですから。三千年以上の歴史で初めてのことなんですよ。歴史的にすごいことなんです!」


「そ、そんなに評価されてるのか……流石に大袈裟すぎるけど……」


 大袈裟すぎる評価に戸惑うマサキ。そんなマサキの横では手を繋いでいるネージュがあわあわと恥ずかしそうにし始めた。


「な、仲良し……夫婦。な、仲良し夫婦って……よ、妖精さんたちの間にもその噂が回ってるのですか! は、恥ずかしいです。それに可愛いだなんて。は、恥ずかしいですー」


 誰が噂を流したのだろうか。種族を超えてまでマサキとネージュが仲良し夫婦なのだという噂が回ってしまっていた。

 いつも手を繋いでいるので仕方がないことといえば仕方がないのだが、噂は広まり過ぎである。

 そのことに対してネージュは顔を赤らめ一気に体温が上昇した。まるでヤカンが吹きこぼれるかのように。


「ね、姉さんしっかりしてくださいッス!」


 恥ずかしさからフラフラとし始めたネージュは倒れそうになる。そんなネージュを両手いっぱいに荷物を持つダールが体を使って受け止める。


「姉さん大丈夫ッスか?」


「は、はい。もう大丈夫です。ありがとうございます」


 魔法の効果が持続していると言っても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 これ以上恥ずかしい思いをさせまいとマサキは話題を変えた。


「あ、あのヴァニラさん」


「はい。なんでしょうか?」


「氷結珠の冷凍バージョンがあると聞いてここに来たんですけど……」


「お客様お目が高いですね。うちの新商品です。凍結珠とうけつじゅと言いますよ」


 ヴァニラはテーブルのど真ん中に並ぶ氷の塊を指差した。それこそがマサキたちが求めている凍結珠と呼ばれる魔道具なのだ。

 指を差した後は凍結珠の周りをブンブンと飛びながら凍結珠についての説明が始まった。


「この凍結珠は大気中に漂う魔力を吸い込み氷の魔法と同等の冷気を出し続けます。そこは氷結珠と同じですね。大気中に魔力がある限り永遠と使用できる魔道具になっております」


 ここまでの説明はネージュでも知っている。氷結珠の持ち主であるおばあちゃんに教わっていたからだ。


「そしてですね。この凍結珠は従来の氷結珠とは比べ物にならないほどの冷気を放出します。お客様が仰った通り氷結珠の冷凍バージョンです」


 ヴァニラがテーブルのど真ん中に置かれている氷の塊凍結珠に手を触れた瞬間、一瞬で冷気の放出を始めた。そして信じられない速度でテーブルは凍結を始めた。

 しかしその凍結はテーブルとテーブルの上に置かれている商品のみ。地面には伝わらず会場が凍結し氷河期が訪れ凍え死ぬという最悪な事態にはならなかった。


「これが一番の特徴です。地面や壁に冷気が伝わらないので事故にはならないのです。氷の魔法が強力が故に冷気の放出の制御もしっかりとしてあります」


 購入者や購入者の家、その周りが凍結してしまわないように考えられて作られている安全な魔道具ということだ。

 実演を交えて説明をするところヴァニラも商売のプロということだ。


「す、すごい……一気に凍った。これならただの棚をオープン型の冷凍庫にできるかもしれない」


「はい。もちろんできますよ。ただし凍結珠一つだけで棚全体を凍結させてしまうかもしれませんので注意が必要ですね。おそらく大型の棚ではない限り凍結することは間違い無いです」


「な、なるほど。冷凍と冷蔵の併用はできないな。でも冷凍食品だけを扱う商品棚を置けば問題ないってことだ」


「そうですね。そしてもう一つ凍結珠には特徴があります」


 ヴァニラは再び凍結珠のPRを始める。


「ではお客様、凍結珠とこのテーブルに触れてみてください」


 ヴァニラはネージュに向かって言った。キンキンに凍っている氷結珠に触れてみろと。

 それはあまりにも危険な行為にも思えるがヴァニラの自信満々な表情から安全なのだと読み取れる。

 しかしネージュは触ろうとしなかった。


「ネージュ?」


「あっ、え? は、はい!」


「話聞いてた?」


「あ、い、いいえ。ちょっとボーッとしてました」


 ネージュが凍結珠に触れようとしなかったのはヴァニラの話を聞いていなかったからだった。


(なんででしょうか。先ほどから動悸が激しくて……おかしいです。またマサキさんにドキドキしているのかもしれないです……でもルーネスさんの魔法の効果でなんとか大丈夫です)


 ネージュは仲良し夫婦と言われたあの瞬間から胸がドキドキと動悸が始まってしまったのである。そしてその動悸を増幅させまいと落ち着かせていた結果ヴァニラの話を聞きそびれてしまったのである。


「ネージュ。この凍結珠に触ってみてだってよ。あと凍ってるテーブルも」


「え! こんなに凍ってるのに大丈夫なんですか?」


「大丈夫だろう。危険な目に遭わせないだろうしヴァニラさん自信満々な顔してるし……」


「こ、怖いですけど、さ、触ってみます」


「頑張れ!」


 ネージュは右手を恐る恐る凍結珠に近付ける。

 凍結珠に近付くにつれてドキドキと鼓動が早くなる。そして緊張感がネージュの全身に伝わり小刻みに震えそうになってしまう。


(く、苦しいです。魔法の効果で自分の感情が抑え込まれていることがこんなに苦しいだなんて……震え出してしまいたい。でも震えるわけにはいかないです。ここを乗り切ればきっと普通の兎人になれる気がします。誰だって緊張します。その緊張に打ち勝つことが普通なんですよね。魔法の力を借りてでも私はここを乗り切ってみせます。きっと大丈夫。大丈夫です。だって魔法よりも強力なマサキさんの手の温もりを感じてますから! マサキさんが隣にいてくれている限りなんだってできる気がします!)


 自然とポジティブ思考へと変化していく。これも魔法の影響なのだろうか。


(だから怖くない。怖くない。怖くないです。私はできる子。私はできる子。私はできる子です! さ、触ります! 触ってマサキさんにかっこいいところを見せるんです。私だって一人でもできるってところをちゃんとみんなに見せるんです!)


 ネージュは己に暗示をかけて覚悟を決めた。


「よ、よしっ! さ、触ります!」


 冷気を放出し続ける凍結珠に真っ直ぐと手を伸ばした。ネージュの手は冷気に触れる前から凍える野良兎のように震え始めた。

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