102 氷のキューブについて

 食品展示会の会場の入り口へと引き返したマサキたちは再び順路通りに進み始めた。

 今度は仕事のことを頭の片隅に置いて楽しみながら食品展示会を見て回る。


 ネージュとダールそしてクレールは、食べ損ねてしまった試食品に手を出す。串物や揚げ物を提供している出店は試食品の種類が豊富だ。

 そして意外にも麺類を提供している出店の試食品の種類も豊富。スープは味噌、とんこつ、塩、醤油と王道なものから担々麺のスープやトマトスープ、カレースープなど七種類もある。

 さらには麺の太さも選べてもバリエーションが豊富だ。もはや飲食店と言っても過言ではないほどに。

 さすがのネージュたちも全ての麺の太さで全てのスープには挑戦しない。提供されているスープ七種類の試食だけで留めて次の出店へと向かうのだ。


 マサキはネージュたちとは違い、全ての試食品には手を出さずに食べたいものだけを遠慮することなく試食する。

 そうでもしないと大食いではないマサキの腹はすぐに満たされてしまうのだ。


「餃子のところまで戻ってきたな」


 マサキたちはゆっくりと時間をかけながら試食をして、再び冷凍餃子を提供する出店の前まで戻ってきた。


「時間も何も気にせずに楽しめるのは本当にいいなー。周りの目も気になんなくてストレスフリーだ。魔法最高すぎる」


「そうですよね。こうしてみんなと一緒に見て回れることに感謝です」


 マサキとネージュはタイジュグループ代表のルーネスにかけてもらった精神を安定させる抗不安薬のような魔法に改めて感謝をするのだった。

 ルーネスいわく魔法の効果は半日。ここまでで一時間三十分経過しているがまだまだ時間には余裕がある。

 しかし時間は無限ではない。有限だ。それも半日という短い時間。


「半日……十二時間か。十二時間ギリギリ、いや、余裕を見て十時間ぐらいたっぷり楽しもうな。ギリギリまでを見積もって途中で魔法の効果が切れたら怖いからな」


「はい。そうですね! それくらいの時間がありましたら食品展示会は全て回れますね!」


 マサキたちは残りの限られた時間を精一杯楽しむことを決めたのだった。


「そんじゃ、もう一回餃子をいただこうかな……」


「どうぞどうぞ。何個でも食べてくださいネ!」


 マサキは冷凍餃子を提供する出店に戻ってきた記念に、叫んでしまうほど美味しかった餃子の試食品に再び手を出した。

 出店者の妖精は羽をパタパタと羽ばたかせて笑顔で餃子の試食を促した。


 マサキは爪楊枝が刺さった餃子の試食品を手に取って、大きな口を開けて餃子を迎え入れる。


「いただきまーす」


 餃子を食べようとするマサキの後ろでは、ネージュとダールそして透明状態のクレールもマサキと同じように試食品の餃子を手に取った。


「いただきます」

「いただきますッス!」


 ネージュとダールは大きな口を開けて餃子を一口で食べる。咀嚼するたびにぴゅっと肉汁が飛んでしまいそうになるが、反射的に口を閉じたため肉汁を一滴も外へは逃さなかった。貧乏兎の執着心だ。

 その横では透明状態のクレールがいる。クレールの小さな口では一口で食べる事ができず、かじられて中身があらわになった餃子が宙を浮いていた。そして消えた。


「やっぱり美味しいな。どうにかしてうちで販売したい。でも冷凍だもんな……調理してから提供するわけにはいかないしな。やっぱりうちで提供するなら冷凍のままだよな」


 ぶつぶつと独り言を溢すマサキ。

 その言葉を聞き逃さないのが商売上手の妖精だ。


「お客様。無人販売所には冷凍庫のような設備はないのですカ?」


「あぁ、えーっと、実はつい最近まで貧乏だったから……って今もだけど……そんで冷蔵庫も冷凍庫も無人販売所には置いてないんですよ。普通の商品棚だけです。あはは」


「そ、それでしたら食品などはどのように提供してらっしゃるのでしょうカ? 話によるとクダモノハサミを提供しているとカ。クダモノハサミでしたら冷蔵庫が必要ですよネ? 無人販売所ですしどのようにしているのですカ?」


 冷凍餃子の出店者の妖精は驚いた様子で聞いた。冷蔵庫なしでどのように食品を提供しているのか興味津々といった感じだ。

 その疑問に答えたのは白銀色の綺麗な髪と雪のように白い肌のネージュだ。薄桃色の唇についた餃子の肉汁をペロリと舐めてから答えた。


「私のおばあちゃんが残してくれた氷のキューブの魔道具がありまして、その氷のキューブを商品棚の段に置くと冷蔵庫みたいに冷えるんですよ。そこにクダモノハサミとかニンジングラッセとかを置いて販売してます」


「この氷のキューブ思った以上に冷え冷えで電気代の削減にもなってるってわけ。エコってやつだな。性能もいいから冷蔵庫がなくてもここまでやってこれた」


「ですけど氷のキューブは三個しか持ってなくて……おばあちゃんが残してくれたものなので、どこで購入できるかわからないんですよね」


 ネージュの話を聞いた餃子の出店者の妖精は顎に手を当てながら考え始めた。心当たりがあるのだろうか。


「なるほどですネ。氷のキューブですカ……氷のキューブ、氷のキューブ」


 すると案内役のサバドがルナのもふもふの背中の上から声をかける。


「ねーねーテンテンちゃん。氷のキューブってヴァニラちゃんのところの氷結珠ヒョウケツジュのことじゃない?」


「あー、そうかもしれないネ。氷結珠ならを冷蔵庫にできるネ」


「うん。絶対そうだよね」


 案内役のサバドとテンテンと呼ばれる餃子の出店者の二匹の妖精は氷のキューブの心当たりがあった。


「マサキ様、ネージュ様、もう少し先に氷結珠を販売しているヴァニラちゃんがいますよ。そこでなら氷結珠を購入する事が可能です」


「え? マジで? あの氷のキューブここで買えるのかよ。てか妖精が作ってたのね。本当になんでも作ってるんだな」


「はい。ほとんどの商品はタイジュグループの商品ですからねー」


「本当にすごいわ……」


 マサキは異世界転移してから妖精の作った商品に驚かされてばかりだ。


「それに今なら強力な氷結珠を出してるはずです……もしかしたら商品棚を冷凍にできるかもしれませんよ」


「マ、マジで? それならうちの商品棚でも冷凍餃子を販売できるじゃん!」


 さすがタイジュグループが開催する食品展示会だ。

 氷のキューブもとい氷結珠の購入元の情報、さらには強力な氷結珠の情報を入手する事ができた。

 嬉しい情報を手に入れたネージュは自分が恥ずかしがり屋だということを忘れてぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んだ。これもルーネスがかけてくれた魔法の影響なのだろう。


「これで無人販売所で提供できる商品も増えますね。冷蔵の段と冷凍の段があるなんてすごいですよ!」


「た、確かに。それにオープン型だし、俺の経験上、冷凍と冷蔵の二つが兼ね備えられたオープン型のショーケースはみた事がない。珍しすぎるだろ……」


 マサキは驚きを通り越して呆気に取られていた。

 そんなマサキとネージュに案内役のサバドはもふもふのルナの背中から離れる事なく二人に声をかけた。


「まだ喜ぶのは早いですよ。ヴァニラちゃんに聞かないとただの商品棚を冷凍にできるかわかりませんからね」


 期待されすぎると困ると思ったのだろう。サバドは上がりすぎた期待を下げるために口を開いたのだった。

 しかしサバどの言葉にマサキとネージュはいてもたってもいられなくなる。


「それならそのヴァニラちゃんのところに今すぐ聞きに行こう!」


「そうしましょう。そうしましょう。なんだかワクワクしてきましたね」


「これが食品展示会の醍醐味ってやつなのかな。面白くなってきたー!」


 無人販売所イースターパーティーの店内が今よりもさらにプラスに転じるかもしれないとワクワクが止まらなくなる二人。

 その後ろでダールもニヤニヤと二人を見ながらワクワクを共有していた。

 さらにマサキとネージュの目の前にいる餃子を提供する妖精もニヤニヤとしていた。


「店内に冷凍設備を設置できるのならぜひうちの冷凍餃子をご検討くださいネ!」


「ご検討って……即決で購入するよ。なあ? ネージュ」


「はい。美味しいですし。冷凍パックのままの販売ですからこちら側は一切の手間がかかりませんからね」


「うんうん。そういう事」


 ネージュの意見に頷くマサキ。二人は相談する事なく冷凍餃子を購入し無人販売所で販売することを決めていたのだ。

 心を通わせ合う二人なら相談など不要ということだ。

 しかしそれは冷凍設備が整えばの話なのだ。二人は新たな氷結珠で商品棚を冷凍にできると異様に自信がある様子でいた。

 信じている。願っている。というよりも絶対にできるという確信。その確信は今まで使ってきた氷結珠の性能を知っているからこそ出てくる氷結珠への信頼の証と捉える事ができる。


 案内役のサバドはマサキたちの考えが変わらないうちに案内を始めようとする。


「ではでは考えが変わらないうちに向かいましょう! 十店くらい先の左側にあるはずです」


「え? 案内はそれで終わりなの?」


「はい。もふもふから離れられなくて……」


 ルナのもふもふの虜になってしまったサバドは身動きが取れず氷結珠を出している出店の場所だけを告げた。


「そういえばもう一匹の妖精は? さっきからサバドさんの声しか聞こえないのだが……」


「リンゴでしたらウサギ様のもふもふで気持ちよく寝てます」


 もう一匹の案内役の妖精リンゴはヨダレを垂らしながらルナの背中のもふもふに包まれて眠っていた。


「お月様の香り〜むにゃむにゃ〜」


 ヨダレだけでなく寝言もこぼしながらぐっすりと眠っている。


「リンゴを見てたら……私もなんだか眠くなってきました……もふもふ〜」


「お、おい! 寝るな! 案内役!」


「……」


 サバドからの返事は返ってこない。


「ネージュ。俺の頭の上、どうなってる?」


「えーっとですね。ルナちゃんが鼻をひくひくさせて真っ直ぐ見てます」


「そんでそんで」


「そのルナちゃんの背中にサバドさんとリンゴさんがしがみつきながらヨダレを垂らしてます」


「す、すごい状況だな……」


 頭の上にウサギと二匹の妖精。側から見れば確実に二度見、否、三度見してしまうほどの強烈な状況だ。

 そしてネージュがニヤニヤと口元が緩んでしまうほど可愛らしい状況でもある。


「大体の場所はわかりましたし、起こさずにこのまま行きましょう!」


「それでいいのか? 一応案内役だぞ?」


「はい。いいんです。マサキさんもきっとこの可愛らしい光景を見たらそう判断しますよ」


「ネージュがそこまで言うなら起こさないでおくか……というかそんなに可愛らしい光景なら俺も見たいんだが……か、鏡、鏡とかは……」


 ない。

 鏡があったとしてもルナの背中で眠る二匹の妖精までは見えないだろう。二枚以上の鏡を工夫して使わなければ自分の後頭部を見ることは不可能なのだから。

 そんなこともつゆ知らず、マサキは鏡を探しながら氷結珠を販売する出店へと向かった。

 もちろん目的地へ到着するまでの順路にある試食品を食べるのを忘れることなく進んで行ったのであった。

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