101 冷凍餃子
マサキたちは案内役の妖精サバドを先頭にして食品展示会の会場を歩いている。
出店している店舗と店舗の間が通路になっていて順路通りに通ることができれば全店舗見ることが可能な通路だ。
この通路全店舗見れることもあり、歩くたびに様々な料理の良い香りがマサキたちを誘惑してくるのである。
「唐揚げ……春巻き……そんで串物……ハンバーグにハンバーガー。それにポテト。麺類はそば、うどん、ラーメンときたか……なんか懐かしいな。こっちに来てから見てない料理ばっかりだ。って、たこ焼き……お好み焼き……焼きそば……祭りっぽくなってきたな。なんでも揃っててすごいわ……ってアイスクリームとかケーキとかもあんのか。見たことない色のアイスが何種類も並んでんだが……」
誘惑に耐えるマサキは出店している店舗が提供している料理を見ながらぶつぶつと一人で呟いていた。
そんなマサキの頭の上では「ンッンッ」と声を漏らすイングリッシュロップイヤーのルナがキョロキョロと見慣れない多彩な料理に漆黒の瞳を奪われていた。
そしてルナのもふもふの背中にはリンゴがまたしがみついてもふもふを堪能していた。
「もふもふ〜もふもふ〜」
「またルナちゃんの背中に戻ったのか。でもその気持ちはわかるぞ。図書館で読んだ『白き英雄』に出てくる幻獣みたいに大きくてもふもふのウサギが目の前にいたら、俺は飛びついて一生離れられなくなるからな。妖精の小さな体からしたらルナちゃんの体は大きなもふもふ、いや、
「そうなんだよね〜
ルナの背中にいるリンゴと会話をするマサキ。
もふもふの素晴らしさと中毒性に改めて気付きマサキは空いている左手でルナの顔と顎、そしてマフマフを撫でる。
「リンゴだけずるいー」
しっかりと案内役を務めていたサバドが頬を膨らまし急上昇する。そしてリンゴの横に並んだ。つまりルナのもふもふの背中にしがみついたのである
「本当だーもふもふだー」
「でしょーでしょー」
ルナの背中にしがみつきながらキャッキャと騒ぐ二匹の妖精。まるで元気で明るい無邪気な女の子のようだ。
二匹の妖精は案内役を忘れてもふもふを堪能しているがマサキは微笑ましく思った。
(俺が想像した妖精ってこんな感じなんだよな。イタズラが大好きな女の子って感じの。スーツとか着てたりしっかりしてる面もあって違和感感じてたけど想像通りでなんか微笑ましいわ。もふもふではしゃぐ妖精。この目で
見ておきたかったけど……生憎、俺の頭の上、ルナちゃんの背中の上にいるから見れないんだよな……残念。というか今は店のことを考えないと。せっかく与えられたチャンスなんだ。このチャンスを逃すわけにはいかない)
マサキは仕事の頭に切り替えた。
そもそも食品展示会に参加した理由は、客足が減った無人販売所イースターパーティーの活気を取り戻すための新商品開発と話題性を作るためだ。
そろそろ真剣に頭を使わないければせっかくの機会を無駄にしてしまう。
(でもやばいぞ。右を向けば美味しそうな試食品。左を向いても美味しそうな試食品。食べ放題の試食品ロード。ラーメンとかたこ焼きとかもあったもんな……本当なら全部に手を出したいところだが、腹がいっぱいになったら最後まで辿り着けないし満腹状態の頭じゃ何も考えられなくなる。ただただ眠くなって集中できなくなるからな……だからペース配分を間違えるわけにはいかない。耐えるんだ俺。食べたいものじゃなくて店で提供できる可能性があるものの試食をするんだ……)
マサキは耐えた。
経営している無人販売所イースターパーティーで提供できる料理を見つけるまで気を抜くことは許されないのだ。
「ネージュもいいアイディアが思いついたらすぐに教えてくれよなー」
マサキは左右の店舗をじっくりと見て歩きながら同じ経営者でもあるネージュに言った。
その瞬間、ネージュは繋いでいる左手でマサキの右手を引っ張った。
「おっ、早速何か見つけたか?」
そう言ってマサキは振り向いた。
振り向いた先、マサキの黒瞳に映ったのは右手を必死に伸ばすネージュの姿だった。
ネージュの右手は試食品の『餃子』に向かって真っ直ぐに伸びていたのだ。
「餃子……って試食したかっただけか……」
「は、はい! 餃子
試食品の餃子に手が届かないネージュのためにマサキは下がった。
「さっきも言ったけどあまり食べすぎるなよ」
「もちろんですよ! 言われなくてもわかってます!」
ネージュは爪楊枝が刺さった餃子を手に取って一口で口の中へと放り込んだ。
「……お、美味しいです。すごい美味しいです。皮の表面はパリパリともちもちで不思議な感じがします。それに
食べすぎるなよと言われたばかりのネージュだったが二個、三個、四個と、口の中へと放り込んだ。
その食べっぷりに餃子を提供している出店者の妖精は口を開く。
「いい食べっぷりネ!」
「は、はい。あ、ありがとうございます?」
「こちらの餃子は冷凍で販売している餃子でして、パックのまま販売するのも良いですネ。調理してお店のメニューとしても提供するのも良いですネ。どちらにも対応しておりますネ。ぜひパンフレットを持ち帰ってご検討くださいネ。無人販売所で提供する場合は冷凍のまま販売するのをおすすめしますヨ」
「そ、そうなんですね」
ネージュはもぐもぐと餃子を食べながらパンフレットを受け取った。そして渡されたパンフレットを荷物係のダールにノールックでポイッと渡す。
ダールもそのパンフレットをノールックで受け取った。そして手に持つ茶色の袋の中へと入れる。
そんな息ぴったりの二人を見たマサキは驚きのあまり口を開いた。
「息ぴったりだな。ってダール! そのパンパンな袋はなんだ!? 」
マサキが驚いたのは息が合った二人の姿の他に、荷物係のダールの荷物がいつの間にか増えていたことの二つだった。
ダールの両手にはパンフレットと試供品が大量に入っている袋を持っている。右手に荷物が少ないのは試食品を試食するためだろう。
「もしかしてなんだが……」
マサキの黒瞳は二人の体を上から下へ、そして下から上へと隅々まで見た。
「やっぱり……」
ネージュとダールの薄桃色の唇の横には茶色のタレがついている。そして二人のお腹は、食品展示会に参加した時よりも若干だが膨らんでいるようにも見えた。
このことからマサキが素通りしてきた出店の試食品を食べていたのだと想像がつく。
「そんでそのパンフレットと試供品の数……どんだけ食べたんだ?」
マサキは恐る恐る聞いた。
その質問にネージュとダールの二人は正直に答えた。
「出てる試食品は全部食べましたよ!」
「クレールの姉さんも一緒に三人で食べたッス!」
「もちろん私たちのお店のためですからね。味見ですよ味見」
「そうッスよ! せっかくなんッスからたくさん食べて勉強しないとッスよ!」
「私たちはまだまだ食べれますから心配しないでください!」
幸せそうな表情の二人をマサキは注意できなかった。
透明状態のクレールも幸せそうな表情を向けているのだろうと、この時マサキは思った。尚更注意できなくなってしまったのだ。
「はぁ〜、わかったよ。そうだよな。楽しむのも大事だよな。なんか真面目にやってた俺がバカだったわ……」
「そうですよ。マサキさんどんどん進んじゃうので、こっちは試食品を食べるの大変だったんですからね」
ネージュは膨らんだお腹を触りながら言った。
「恥ずかしがり屋の言うセリフじゃないんだが……というか手を繋いでるのに全く気付かなかったわ……」
「だからマサキさんも時間を気にせずゆっくりと楽しみましょうよ。考えてるだけじゃ美味しいものが見つかりませんよ。頑張りすぎもダメですよ。適度に楽しみましょう!」
「だ、だよな……そうだよな。特別な機会だがら無駄にしないようにって気を張りすぎてた。よしっ! 俺も今から試食品食べるぞ!」
「はい! そうしましょー!」
マサキは考え方を改めた。
特別な機会で無駄にしないようにと焦っていたのだ。そして精神が安定する魔法をかけられていつも以上に張り切ってしまっていたのである。
ネージュが言うように頑張りすぎても良い結果が生まれるとは限らない。それならば悔いが残らないようにこの貴重な時間を楽しめばいいのではないだろうか。
「よしっ! まずはラーメンだ! 引き返すぞ!」
「え! 引き返すんッスか? 嬉しいッス! 嬉しいッス! ラーメンはスープの種類がたくさんあったッスから! 食べ損ねた味を食べたいッス!」
「そんなに種類あったのか? 無人販売所で販売できない類のものだからあんまし見てなかった」
「すごかったッスよ! とりあえず行くッスよ! ラーメン、いや、最初から見て回るッスよ!」
テンションを上げながら喋るダール。そのままマサキの左手を掴んだ。
ネージュはマサキの右手、ダールはマサキの左手を引っ張りながら引き返し始める。
「ちょ、ちょっと、餃子も食べたかったんだが……」
強引に引っ張られるマサキの横には爪楊枝が刺さった餃子がぷかぷかと浮いていた。その餃子の横には不自然に参加証も浮いている。つまり透明状態のクレールが餃子を持ってきてくれたということなのである。
その餃子はどんどんとマサキの口に向かっていく。
マサキは向かってくる餃子を迎え入れるために口を大きく開けた。餃子はマサキの口の中へと吸い込まれ咀嚼された。
「うまぁあああああい、なんだこれぇえええええ」
マサキは餃子の美味さに感動した。
(いやいやいや、なんだこの美味さは……さっき餃子の感想をネージュが言ってたからある程度味の予想はできた。味のネタバレってやつだな。なのに……なのにだ。なんだこの美味さは! パリパリもちもちの意味がやっとわかったよ。相反する食感が餃子の皮一つで表現できるだなんて……しかも
マサキは確信した。
和洋中ありとあらゆる絶品料理を食べてきたマサキだが、食品展示会のレベルが未知の領域にあるのだということに。
日本で食べてきた料理と見た目はなに一つ変わらない。しかし味だけは何倍にも増して美味しいのだ。
今までの常識が覆されてしまうほどに。そして味覚という感覚が壊れてしまうほどに美味しいのだ。
そしてマサキは思い出した。否かった、思い知らされた。ここが異世界なのだということを。
(居酒屋で働いてたから舌は肥えてると思ってたけど……認めるよ。認めるとも。異世界の料理は格が違う! こんなに美味い料理があるのに、貧乏兎だったネージュたちは今まで食べることすらできなかったんだよな。だから全部の試食品の味見がしたかったのか……俺はそのことに気付いてあげれなかった。くそ……店のことよりもネージュたちのことを優先に考えるべきだったんだ……)
マサキはネージュたちのことを想いボロボロと泣き出してしまった。両手を掴まれて引っ張られているマサキは涙を拭く事ができない。
そんなマサキの泣き顔をクレールは横で見ていた。
「な、泣くほど美味しかったのかー!」
透明状態のクレールの声は誰にも届かない。
泣くほど美味しかった。あながち間違いではない。実際に貧乏兎で食に困っていた三人のことを考える前にマサキの黒瞳は涙で潤んでいたのだ。
餃子の美味しさと貧乏兎たちへの想いが重なりボロボロと泣いてしまったのである。
そんなマサキの頭の上ではルナが「ンッンッ」と声を漏らす。その背中で二匹の妖精が案内役を忘れてもふもふを堪能する。
「もふもふだね〜」
「もふもふだよ〜」
会場に入ってからおよそ三十分。マサキたちは逆走を始めふりだしに戻ったのだった。
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