98 おしゃべりな妖精
スーツ姿の二匹の妖精がマサキとネージュの周りをブンブンと飛び回り交互に質問攻めを繰り返す。
子兎サイズの妖精で髪は薄緑色のツインテール。瞳は薄水色。透き通った羽が生えている可愛らしい妖精だ。
「ねーねー。どっちが無人販売所を思いついたの?」
「無人販売所の管理とか大変じゃないの?」
「泥棒とかいないのー?」
「魔獣が勝手に入ったりしないのー?」
「いつクダモノハサミとかを作ってるのー?」
「売り上げはどんな感じー?」
質問攻めをされ続けるマサキとネージュは止まっていた思考が再び動き出し、混乱と困惑の渦へと呑まれていった。
そして動き出した思考と共に体も小刻みに震えだしてしまう。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
念願の妖精に会えたというのに心の病が出会いの邪魔をするのである。
「ねーねー。サバドはどっちだと思う?」
「何がー?」
「無人販売所を思い付いたのは黒いお兄さんか白いお姉さんか」
「そーだなー。う〜ん。私は黒いお兄さんかな。人間族だしアイディアとか閃きはあるのかも! リンゴはー?」
「私は白いお姉さんだと思ったー」
「えーなんでー?」
「だって
「なるほどねー」
二匹の妖精は小刻みに震えるマサキとネージュの目の前で会話を始めた。
日本人らしいマサキの黒瞳にはおしゃべりの妖精の姿がハッキリと映っている。
(妖精ってこんなにおしゃべりなのかよ。めちゃくちゃ話しかけられてたけど何一つ内容が入ってこなかったわ……というか無理無理無理。会話なんて無理。何喋っていいかわからねー。もう帰りたい。妖精をこんなに近くで見れたんだ。俺はもう満足。満足だからこの会話の地獄から解放してくれー! というか、もっと、こう……動物に近い存在かと思ったのに……完全に人間に近いじゃんか。羽の生えた小さな人間だよ……俺が喋れるわけないじゃん。ウサギとかには怯えたりしないのにな。これじゃ食品展示会で交渉も会話もできないぞ。俺とネージュは帰ってここはダールとクレールに任せるしかないな……)
マサキは食品展示会の参加を諦めた。自分の限界を知っていて尚且つ過小評価しているからこそ
そんなマサキが見ているものと同じ光景がネージュの青く澄んだ瞳にも映っている。
(ななななななななんて答えれば……どどどどどどどどうしましょう……わ、私、また体が震えちゃって声が出ないです……せ、せっかく妖精さんに会えたのに……は、恥ずかしい。もう無理もう無理もう無理もう無理です。早くどこかに隠れたい。穴があったら入りたい気分ですよー!)
ご存知の通りマサキとネージュのコミュニケーション能力は皆無。会話はおろか震えすぎて頷くことすらもままならない状態だった。
そんな震える二人に気付いた二匹の妖精は口を開く。
「おーいおーいおーい! ダメだ。ずっと震えちゃってる」
「リンゴが驚かしたから怯えちゃったじゃないー」
「えーサバドがでしょー。私じゃないよー」
「どうするのー? ルーネスに怒られちゃうよ」
「と、とりあえず落ち着かせよう!」
その時、別の声が二匹の妖精に向かって発せられた。
「こら! サバド、リンゴ! 何やってるの!?」
声が聞こえてきたのは食品展示会の会場の方。マサキたちが開けた扉の方からだ。
その声の主は羽を羽ばたかせてぷかぷかと浮かびながらマサキとネージュそして二匹の妖精の方へと近付く。
「「ル、ルーネス!!」」
そう。近付いて来たのは二匹の妖精が会話なのかで口にした人物。タイジュグループ代表の妖精フェ・ルーネスだ。
ルーネスも二匹の妖精同様にスーツを着用している。そして薄緑色の髪と薄水色の瞳をした妖精だ。
サバドとリンゴそしてルーネスの容姿はそっくりである。
「お客様をこんなに怯えさせて……」
「ち、違うの! 私たちは挨拶をしようと思って……その……こんなに怯えちゃうなんて思わなかったの!」
必死に抗議するリンゴ。それに続いてサバドも口を開く。
「そうだよ。リンゴの言う通りだよ。私たちは挨拶をしただけ。驚かせたりなんてしてないんだから」
「二人の言い分はわかったけど……」
ルーネスは薄水色の双眸で小刻みに震えるマサキとネージュを見た。
「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「これは流石に怯えすぎじゃない?」
呆気に取られた表情になるルーネス。そのままサバドとリンゴの間を通りマサキとネージュの目の前まで近付いた。
「
するとルーネスは急上昇した。そしてマサキとネージュの頭の周りを飛び始める。
マサキの頭の上にいるルナは飛び回る妖精を不思議そうに見つめながら「ンッンッ」と声を漏らしている。
「これで落ち着いてくれればいいんだけど……」
飛び回るルーネスの体からは緑色の光の粉が落ちていく。
「ガガガッガ……ガッガガガッガ……ガガガッ……ガッガ…………」
「ガタガタ……ガタガタガタガ……ガタガタ……ガタガタ…………」
緑色に光る粉を全身に浴びるマサキとネージュの体の震えは不思議と治っていった。ゆっくりゆっくりと体の震えが止まっていき平常心を取り戻していったのである。
「……こ、この粉は?」
「あ、温かい……治癒魔法みたいです」
マサキは緑色に光る粉に対しての疑問を口にする。
その横でネージュは緑色の温かさに感動し右手の手のひらを天に向けて落ちてくる緑色に光る粉を乗せ始めた。
「お客様。これは妖精族特有の魔法の粉でございます。そこに治癒魔法と光の魔法をブレンドさせてお客様にかけております。精神を安定させたり不安要素を消してくれる効果が期待される魔法の粉です。ですが効果は半日ほどしか持続しませんのでご注意ください。食品展示会に参加している間は効果が切れることはないと思いますが……」
ルーネスがかけた魔法は精神安定剤や抗不安薬のようなもの。マサキとネージュにぴったりの魔法だ。
魔法の粉についての説明を終えたルーネスは、ネージュの右手の手のひらの上に乗った。
そして胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「無人販売所イースターパーティーのセトヤ・マサキ様、フロコン・ド・ネージュ様。そして従業員の皆様、ウサギ様。お待ちしておりました」
丁寧に言葉を発するその姿は、大企業を代表する人物にふさわしい。
しかしその後ろでサバドとリンゴは私語を交わしていた。
「そうだそうだ。イースターパーティーって店名だー!」
「なんかすごい楽しそうな店名だね」
「店名はどっちが考えたんだろう」
「今度こそ黒いお兄さんだね。人間族が考えそうな名前だもん」
「でもでも兎人族が閃きそうな名前じゃない? イースターってなんかそんな感じがする」
「どういう意味か分からないからこそ人間族が考えて可能性が高いと思うだけどー」
「それだったら直接聞こうよ!」
「そうだねー!」
サバドとリンゴは店名を考えたのがどちらなのかを聞くために再びマサキとネージュの元に近付こうとした。
その時、ルーネスが「ゴホン」と咳払いをする。その咳払いを聞いた二匹の妖精は空中で急ブレーキをかけた。
「まずは挨拶からが基本って何度も言いましたよね。妹たちが失礼を重ねて大変申し訳ございません」
「あ、い、いや……えー、えーっと大丈夫……です」
深々と頭を下げるルーネスに向かって声を発するのはマサキだ。
魔法の粉の影響で平常心が保ちすぎていて逆に落ち着かない様子でいる。そのせいで発する言葉がぎこちなくなるがこればかりは仕方のないこと。
サバドとリンゴはルーネスを挟むように並び始めた。そして胸に手を当てて頭を下げた。
二匹の妖精が頭を下げた瞬間にルーネスが口を開く。
「改めまして本日は弊社主催の食品展示会においでくださりまして誠にありがとうございます。私はタイジュグループ代表のフェ・ルーネスです。この子たちの姉でもあります」
「私は六女のフェ・サバドです。受付と案内を担当しております」
「私は七女のフェ・リンゴです。サバドと同じく受付と案内を担当しております」
妖精たちの挨拶に釣られてコミュニケーション能力が皆無の二人も自己紹介を始める。
「お、俺はセトヤ・マサキです。よ、よろしくお願いします」
「わわわ、私はフロコン・ド・ネージュです。よよよ、よろしくお願いします」
初めてではないだろうか。マサキとネージュがこうして自己紹介ができたのは。
これもルーネスがかけてくれた魔法のおかげ。魔法がかかっていなければ二人は挨拶すらできなかっただろう。
「本日はお客様にとって貴重な機会になれるよう精一杯努めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「よ、よろしくです……」
「よ、よろしくお願いします」
「ンッンッ」
マサキの頭の上に乗っているルナは声を漏らしていた。マサキたちの真似でもしているのだろうか。
「挨拶もできるだなんて可愛いウサギ様ですね」
ルーネスはルナの方へと飛んでいき小さな手のひらでルナのもふもふの頭を撫でた。
撫で終わると再びネージュの手のひらの上へと戻る。
「それではマサキ様、ネージュ様、まずは受付からお願いします。招待状はお持ちですよね?」
「も、もちろんです」
ネージュが答えた。ネージュはロリータファッションの胸元のポケットから招待状を取り出してルーネスに見せようと考えたが、右手にはルーネスが乗っていて、左手はマサキと繋いでいることから両手が塞がってしまっている。なので招待状を取り出し見せることができなかった。
「ではここからはサバドとリンゴが案内いたします」
「案内任せてー」
「任せてー任せてー」
「いいですかお客様にくれぐれも失礼のないようにしてくださいよ」
「もちろんだよー」
「もちろんもちろん」
様々なマッチョポーズで答えるサバドとリンゴ。全く筋肉はないがポーズだけは一丁前である。
そんな二匹の妖精の姿に不安を感じつつもルーネスは飛び上がった。
「それではマサキ様、ネージュ様。楽しんでいってくださいね。妹たちが失礼なことしましたらすぐに私に仰ってくださいね」
「は、はい。わ、わかりました」
「では。私はこれで失礼します」
代表というだけあって忙しいのであろう。ルーネスはそのまま飛び立ってしまった。
「それじゃあ、それじゃあ、まずは受付だねー」
「代表者一人だけでいいよー」
「代表者はどっちー?」
「どっちってこれこそ黒いお兄さん、えーっとマサキ様でしょ」
「いやいや、サバド。ここはどこかわかる?」
「
「そう。
「マサキ様ネージュ様どちらが代表ですか?」
「ですかですか?」
代表そして姉でもあるルーネスがいなくなった途端におしゃべりに戻ったサバドとリンゴ。
マサキとネージュは怯みながらも魔法の効果が持続しているおかげで震えることはなく返事をすることができた。
「代表は二人だけどこの場合はネージュかな」
「わ、私ですか! マサキさんが代表やってくださいよ」
「いやいや、だって俺文字書くの下手だし読むのだって遅いし」
「そ、そうですけど……なんか、恥ずかしいです。だ、大丈夫ですかね」
「大丈夫だって。ネージュが適任だよ。それに俺もついてるし魔法の効果もある!」
「そ、そうですよね。わ、わかりました。わ、私が代表で受付します!」
「ということで代表はネージュ。そっちの妖精、えーっとリンゴさんが正解」
代表者はネージュに決まった。
その瞬間、リンゴが激しく飛び回る。
「やったー! 私が正解ー! 当たったー!」
二択を正解させて無邪気に喜ぶ姿はまるで子供のようだ。
不正解だったサバドは何事もなかったかのように案内を始めた。
「ではでは、あちらで受付をしますので、どうぞどうぞ」
「は、はい!」
マサキたちはダールと透明状態のクレールが長いこと待っている扉の前、そしてその先の受付へと向かい始めた。
これでようやく食品展示会に参加することができるのである。
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