97 食品展示会に行こう

 マサキたちがサトオサから食品展示会の招待状をもらって九日目が過ぎた。マサキにとっては異世界転移して百五十日目のことである。


 無人販売所イースターパーティーで働くマサキ、ネージュ、ダールそして透明状態のクレールの四人は冒険者ギルドの正面にある三千年前の兎人族とじんぞくの神様アルミラージ・ウェネトの等身大の銅像の前に立っていた。

 もちろんのことだが外出中のマサキとネージュは手を繋いでいる。マサキは右手、ネージュは左手で絶対に離れないようにがっしりと恋人繋ぎで手を繋いでいるのである。

 そしてマサキの頭の上にはイングリッシュロップイヤーのルナが「ンッンッ」と声を漏らしながら同行している。


 四人と一匹が冒険者ギルドに訪れた理由。それは本日、食品展示会が開催されているからだ。マサキたちは食品展示会に客として参加するために冒険者ギルドに訪れたのである。

 一枚の招待状で四人までが参加できる。これはペットであるウサギは数にはカウントされない。何匹でも連れてきてもいいのである。


「この先に妖精がいるんだな」


「たくさんいらっしゃると思いますよ! 私も妖精さん見るの初めてなのでワクワクします」


 マサキとネージュは食品展示会の食品よりも妖精に会えるということで胸を弾ませていた。

 そんな二人に対してダールが口を開く。


「そんなに楽しみにしてたんでしたらなんで最終日の二日前を選んだんッスか? 初日とか全然来れたじゃないッスか!」


 今日は食品展示会の最終日の二日前。予定が全くなく店が暇なマサキたちなら初日に来れたはずだが、マサキとネージュはあえてこの日を選んだのである。


「ダールよ。俺とネージュの性格はわかってるよな」


「もちろんッスよ。人間不信、恥ずかしがり屋、臆病者、人見知り、あがり症、心配性、ネガティブ、考え過ぎ、小心者、ビビリ、怖がりえーっとあとはッスね……」


「ちょ、ちょっと待って! ストップストップ! 予想以上にバンバン出て来てびっくりしたわ。という辛辣すぎやしないか? 間違ってはないけど少しくらい気を使えよ!」


「いやいやこれでも気を使ってる方ッスよ」


「ま、マジか……」


 辛辣に答えるダールだが何一つ間違いではない。もはや悪口のようにも聞こえてしまうが、マサキとネージュを知るものならば負の性格がバンバンと思いついてしまうのである。

 ただダールはそれ以外の一面を知っている。誰にでも優しく親切なところや自分よりも家族を優先して考えているところ、夢に向かって一生懸命に直向ひたむきに頑張っているところなど。ダールは照れ臭くて直接言うことができなかったのである。


「それで最終日の二日前と兄さんと姉さんの性格に何か関係があるんッスか?」


「それはだな。今日が一番客の出入りが少なく混雑しないと予想したからだ!」


 マサキとネージュは食品展示会に行く計画を立てた際に第一に考えたことは混雑状況だ。

 四日から十一日までの開催期間の中で混雑しない日を選んだ結果、最終日の二日前になったのである。

 テーマパークなどに遊びに行く際に予め混雑情報などを考慮して計画を立てたことがあるだろう。まさにそれだ。

 人混みを嫌い他人の視線を気にする二人だからこそ混雑状況を考えることは重要なことなのである。


「たとえ招待状があったとしてもたくさんの人が来るはずだろ。だったら初日は絶対に混む。何がなんでも絶対に混む」


「そして最終日も混むと思われます。皆さん慌てて駆け込むのが最終日ですからね。初日同様に混むに違いありません」


「そんで最終日の前日ってのも最終日と同じように混む。だけど最終日の二日前はどうだ? ネージュ答えてやってくれ」


「はい。最終日の二日前なら『明日行けばいいや』『最終日に行けばいいや』という後回しにしてしまう気持ちが強い日なのです」


「そういうこと。つまりだ俺たちは最終日の二日前は混雑しないと予想を立てたってわけよ」


「人混みが少なく、ゆっくりと食品展示会を楽しめます!」


「その証拠に冒険者ギルドの周りを見てみろ。いつもより人が少ないだろ」


 マサキとネージュは最終日の二日前を選んだ理由を熱心に説明した。

 説明を聞いたダールは納得の表情だ。


「な、なるほどッスね。確かにいつもよりは少ない気がするッス。さすが兄さんと姉さんッス。抜け目がないッス」


「だろ? それはそうと早く行こうぜ! 妖精も食品展示会も楽しみすぎる!」


「行きましょう! 行きましょう!」


 はやる気持ちを抑えきれないマサキとネージュは怯えることなく冒険者ギルドへと向かっていく。その後ろを透明状態のクレール。さらにその後ろをダールが付いて行く。


「いっぱい食べるぞー! 試食ー! 試食ー!」


 クレールは元気いっぱいはしゃいでいる。透明状態のクレールの声は透明スキルの影響で誰にも聞こえない。だからいくら大声を出しても迷惑はかからないのである。


「ンッンッ」


 マサキの頭の上に乗っているルナも食品展示会へ行くことをわかっているのだろうか。どことなく楽しそうな表情をしながら声を漏らしていた。


 マサキたちは食品展示会の会場でもある冒険者ギルドの扉の前に立つ。先頭はマサキとネージュの二人だ。

 二人は日本人らしい黒瞳と青く澄んだ瞳を交差させて頷いた。その後、同時に踏み出し冒険者ギルドの扉を開ける。


 冒険者ギルドに入るといつもと変わらない光景が広がる。

 それもそのはず。食品展示会の会場は三階なのだから。


「はぁ〜、やっぱり来た。はぁ〜」


 マサキたちを出迎えたのは、聞き覚えのあるため息を溢すギルドスタッフのキュイエーラ・ミエルだ。

 低身長で褐色肌。茶髪頭からは小さなウサ耳がちょこんと立っている。そして碧色の瞳の下には大きなクマが目立っている兎人族の女性だ。

 彼女も含んでこそいつもの冒険者ギルドの光景なのである。


「はぁ〜、食品展示会の会場は、はぁ〜、三階だよ。はぁ〜、階段はあっち〜、はぁ〜」


 ミエルはマサキたちが用件を言う前にマサキたちの用件を当てた。そして食品展示会の会場へ行くための階段の場所を細くて小さな指を差しながら教えたのである。

 まさに社畜の鏡。冒険者ギルドに来る訪問者の用件は全てお見通しなのである。


 案内をしてくれたギルドスタッフのミエルにマサキたちはお礼を言う。


「ミ、ミエルさん……あ、ありがとう、ご、ございますすすっ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 マサキは小声でおどおどとぎこちないながらもしっかりと礼を言うことができた。

 隣にいるネージュは小刻みに震えてしまっているが、いつもよりは震えも少なくしっかりとお辞儀をすることができた。

 そんなぎこちない二人に代わって、オレンジ色のボブヘアーでむちむちの太ももを出しているダールが元気に礼を言った。


「ありがとうございますッス!」


 ダールに続いてマサキの頭の上にいるルナも「ンッンッ」と声を漏らす。お礼を言っているつもりなのだろう。

 透明状態のクレールも「ありがとー!」と、挨拶をするが透明スキルの影響でミエルには感謝の言葉は届いていなかった。


 マサキたちは二階へ寄り道せずにそのまま三階へと直行した。

 三階へ、そして食品展示会の会場に近付くにつれてざわつきが増してくる。

 そしてマサキたちは食品展示会が開かれている会場の扉の前に到着し立ち止まった。


「結構ざわざわしてるな……」


「そうですね。交渉の場でもありますからね。少しくらい騒がしくなりますよ。でも大丈夫ですよ。絶対に今日は混んでないはずです」


「だよな。俺たちの計画に狂いはないはず。きっとこの扉の先はガラガラのはずだ……」


 扉を開けようとしているマサキの手は尋常ではないほど震えていた。

 押しても扉が開かないのはこの扉が『引く』だからなのかそれとも震えて力が入らないのか。

 マサキの手に寄り添うように震えるもう一つの手が近付いた。ネージュの雪のように白く細長い指が綺麗な手だ。

 震える二人の手でも扉は開かない。そうなると『押す』ではなく『引く』の可能性が浮上してきた。しかしそれは違う。この扉は押して開く扉だ。

 マサキとネージュは無意識に扉を開くのを拒んでいたのである。

 あんなに妖精を楽しみにしていたのに。夢のために無人販売所イースターパーティーに活気を取り戻そうと考えていたのに。

 扉の先のざわつきにマサキとネージュの押し殺していた心の病が再発してしまったのである。


 そんなことも知らずにダールは扉を開けるのを手伝ってしまう。


「おかしいッスね。押したら開くはずッスよ。だって押せって書いてあるッスもん!」


 ダールが扉を押してしまった。すると扉はゆっくりと開かれていく。

 扉の口が徐々に徐々に開かれる。そのたびに耳に届くざわつきが大きくなっていく。そして扉しか映されなかった瞳に食品展示会の会場の光景が映し出された。

 目の前に広がる未知の光景にマサキとネージュは耐えることができずに震え出してしまう。


「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 マサキたちの瞳に映ったのは広々とした空間にビッシリと出展した店舗が並び、店と店の間の通路をぎゅうぎゅうになりながら進んでいく兎人たちの姿だった。

 混雑しないという自分たちの考えに自信があったのだろう。自信があった分、想定外のことが起きてしまえば落胆してしまうのも当然だ。


「すごいッスねー! こんなに兎人がいっぱいッスよ! 商売人たちが集まってるんッスねー」


 目の前に広がる光景に感心するダール。黄色の瞳は右へ左へ上へ下へと縦横無尽に視界を変え続けた。どこを見ても飽きることがないほどの混雑具合だ。


「兄さん姉さん! まずは受付からッスよ!」


「ガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガガッガガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 ダールの言葉は壮大な食品展示会に怯える二人の耳には届いていない。

 むしろ後退りして扉からゆっくりと離れていっている。


「ちょ、兄さん姉さん! 帰ろうとしないでくださいッス!」


 ダールが遠ざかるマサキとネージュを引き戻そうとした瞬間、二人の後ずさる足は止まった。震えながらもピタリと立っている。

 なぜ二人は止まったのか。それは二人の横を見てもらえればわかる。

 マサキとネージュの横には子兎こうさぎサイズの妖精が二匹ぷかぷかと浮いていた。そして怯える二人に声をかけているのである。


「わー、無人販売所の経営者だー! 会いたかったよー!」

「噂通り手を繋いで仲良しだねー。人間族と兎人族の夫婦って珍しい。なんだか嬉しいなー」

「ねーねー! 無人販売所を閃いた経緯とか教えてよー」

「あーそれ私も聞きたーい!」


 マサキとネージュの周りをブンブンと飛び回りながら声をかける二匹の妖精に驚き、マサキとネージュの思考も体も停止してしまったのである。

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