96 招待状

 自分たちの名前を知る謎のおじいちゃんを目の前にして余計に怯えてしまうマサキとネージュ。


(わ、私の名前もそうだけど……恥ずかしがり屋の私のおばあちゃんのことも知ってるだなんて……このおじいちゃんはだ、誰なの!? おばあちゃんの友達?)


 ネージュは自分のおばあちゃんのことも知る目の前のおじいちゃんに驚きが隠せずにいた。そして恥ずかしがり屋で人前に出なかったおばあちゃんを知っていることに対してさらに怯えてしまう。


「ガガガッガガガガガッガガガガガッガガガガガッガガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 二人は抱き合いながらカーテンに包まり始めた。


「そう。そうじゃよ。その濡れた子兎のように震える姿。フロコンちゃんにそっくりじゃな。懐かしいのお」


 どうやらネージュのおばあちゃんもネージュ同様に恥ずかしさのあまり震えてしまう臆病者だったらしい。

 そんなことを思い出しながら謎のおじいちゃんは話を続けた。


「お主らセトヤ・マサキとフロコンちゃんの孫じゃろ? お主らの噂はワシの耳にもよーく届いておるわい。朝っぱらからカーテンに包まりイチャイチャとは。全く羨ましいほどじゃのお。そういうところもフロコンちゃんを思い出すわい。じゃがワシも若かった頃は凄かったんじゃぞ。えーっとじゃな確かあの時は……鹿人族ろくじんぞくの娘とだったかな、ワシの……」


 気になる思い出だが話が始まりかけた瞬間にダールが口を開いた。


「兄さんと姉さんに何の用事ッスか?」


 小刻みに震えている状態のマサキとネージュでは会話が成立しないことはダールは知っている。そして自分がマサキたちの代わりに会話をする役目であることも知っているのだ。

 だからこそダールは自ら進んで用件を聞いたのである。


「おう、そうじゃった。いかんいかん。また忘れるところじゃったよ。フロコンちゃんのことを思い出してついつい……」


 そのままおじいちゃんは立ち上がると、マサキとネージュがカーテンに包まりながら小刻みに震えている方へと歩いていく。

 おぼつかない足取りから完全には酔いが覚めていないことがわかる。それでも杖のような支え無しで自らの足だけで進むおじいちゃん。


「お主らに、を渡しに来たんじゃった」


 地味な民族衣装のような服のポケットを探るおじいちゃん。そのポケットから白い紙を取り出してマサキの目の前に出した。

 マサキはその紙を震える指で受け取った。受け取られた紙はマサキの振動を伝わり揺れ始める。


「ここは兎人族の里ガルドマンジェの中じゃと有名な販売店じゃ。無人販売という面白い販売形式も有名になったきっかけの一つじゃな。じゃが……新商品がないのがつまらないという声もよく耳にするのお。そのせいで客足が減ったんじゃないかのお?」


 リアルな客の声だ。そして的を得ている考えだ。

 無人販売所イースターパーティーはクダモノハサミを販売して以降、約七十日間新商品を一度も出していない。

 だから無人販売所イースターパーティーは兎人族の里ガルドマンジェの中でも人気店になりつつあるが客足が減ってしまっているのである。

 話題性があってもそれを一度でも知ってしまえばもう話題にはならない。客は新たな話題性が欲しいのである。


に参加してみい。インパクトのある新商品が生まれればきっと客足も戻るじゃろう」


 マサキとネージュは理にかなったおじいちゃんの言葉を受けて小刻みに震えていた体がピタリと止まった。経営について悩んでいた二人だ。そのことに対しての解決の手助けになりそうだと思ったからこそ体の震えが止まったのである。

 そのままマサキが受け取った紙にマサキとネージュは目を通し始める。静かに話を聞いていたダールもマサキたちの横へと近付き一緒に渡された紙に目を通し始めた。


 マサキがゆっくりと渡された紙の内容を読む。


「……しょく……ひん……てん……じ……かい?」


 その紙は食品展示会への招待状だった。


(食品展示会の招待状って……俺たちが無人販売所を経営していくのに物凄く役立ちそうな展示会じゃんか! ちょうど客足が減って売上が落ちて悩んでたところだったしタイミングが良すぎる。神か? 救いの神様なのか? 俺たちはこのおじいちゃんを追い出そうとしてたってのか。もし追い出してたらどうなってたんだろう……というか本当にこのおじいちゃん何者なんだよ……)


 マサキは泥酔していたおじいちゃんが救いの神に見えた。光っているのはハゲ頭だけではなく、普通は目には見えないオーラが神々しく見えていた。


 そしてマサキの言葉を代弁するかのようにダールが口を開いた。


「こ、こんなすごい招待状を……おじいちゃんは一体何者なんッスか?」


「ワシ? ワシは皆からは里長とかギルドマスターとか呼ばれておる。お主らは気軽にサトオサとでも呼んでくれ」


「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」」


 驚く一同。

 酔っ払って無人販売所イースターパーティーで一晩中眠っていた兎人族とじんぞくのおじいちゃんは、兎人族の里ガルドマンジェの里長そして冒険者ギルドのギルドマスターだった。

 酔っ払って虚言を吐いている可能性もあるが、そのあっさりと言い切った感じから虚言を吐いているようには全く思えない。人間不信のマサキでさえ疑わなかったほどだ。

 そして里長ならマサキとネージュの名前を知っていることやネージュのおばあちゃんのことを知っていることに対しても辻褄が合うのである。


「それじゃあワシは用件が済んだので帰らせてもらうぞ。フロコンちゃんの孫よ。がんばるんじゃぞ〜。商売繁盛祈っておるからのお〜」


 サトオサは手を振りながら換気のために開けてあった扉からおぼつかない足でゆっくりと出て行った。

 その丸まった背中の後ろ姿にマサキとダールが声をかけた。


「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございますッス!」


 マサキは震えた声、ダールは元気な声で食品展示会の招待状をくれたサトオサに感謝を告げて見送ったのである。

 ネージュは驚きの連続で声が出ないといった様子だった。


「ワシも世話になったわい。水おいしかったぞ〜。それじゃまたどこかでな〜」


 開いた扉から見えるサトオサの丸まった背中がどんどんと遠ざかって行った。そして完全に見えなくなったところでマサキが口を開く。


「まさか里長だったなんてな……というかこの招待状の内容読んでくれ……ってネージュはまだ放心状態か……ダール読んでくれ」


「任せてくださいッス! 兄さんのために読んであげるッスよ!」


「おう。任せた」


 放心状態のままマサキに抱き付くネージュと、まだ眠りの中のクレールには後ほど伝えるとして、先にマサキとダールが食品展示会の招待状の内容を詳しく読み始めた。


「えーっとッスね。食品展示会招待状……」





 食品展示会招待状


 いつもタイジュグループをご愛嬌頂き誠に有り難うございます。

 この度、ガルドマンジェの冒険者ギルドにおいて食品展示会を開催致します。

 世界各国の特産品や調味料、お菓子、酒類、乳製品、果物、肉類などなどご用意しております。

 売り場作りのヒント、新商品の開発、店舗の相談なども我々にお任せください。


 この招待状一枚で従業員四名様まで無料でご招待致します。

 試食・試飲もたくさんご用意してあります。

 おかえりの際、お土産もご用意しております。

 ガルドマンジェにお住まいの皆様、ぜひとも参加よろしくお願いします。

 タイジュグループ一同、心よりお待ちしております。


 日程  四日から十一日まで

 時間  十時から十八時

 会場  キュイジーヌ ガルドマンジェ 冒険者ギルド 三階 イベント会場

 人数  一店舗四名様まで

 料金  無料


 タイジュグループ 代表 フェ・ルーネス





 ダールは食品展示会の招待状の内容を読み終えた。


「という感じッス」


「あのさダール……もしかして何だが……タイジュグループってさ……妖精が運営してる企業だったりする?」


「そうッスね。世界的にも有名な妖精族の大手企業ッスよ! 世界のほとんどの物はタイジュグループが作ってるといっても過言じゃないッスよ!」


 ほとんどの物はタイジュグループが製造している。

 歯ブラシ、歯磨き粉、タオル、茶色の袋、ダンボールのような買い物カゴ、この世界の乗り物マクーター、テーブル、イス、ペンや紙などタイジュグループが作っているのである。

 そして世界の九割の商品の製造会社を辿っていけば必ずタイジュグループに辿り着くほどの大手企業なのである。


 ダール朗報を聞いたマサキは左手を強く握りしめガッツポーズを決めた。


「よっしゃー! 妖精に会えるぞー!」


「うわぁ! 兄さん珍しく張り切ってるッスね」


「当たり前だろー! 妖精だぞ妖精! 妖精の存在を知ってから一度でいいから会いたいって思ってたんだよー!」


「そうだったんッスね。兄さんのことだから食品展示会みたいな人が多く集まる場所を嫌がるかと思ってたッスよ」


「いや、それは本当に嫌だ。並んだり話かけられたりするのは本当に嫌だ……でもでもでもでも! 妖精に会えるんだったらそれは全てチャラだ! プラマイゼロ! むしろ店のためにもなる食品展示会だ! 完全にプラだろ!」


「うぉおお。兄さん熱いッスよ! 兄さんが燃えているッス!」


 マサキは混雑が予想される食品展示会の人混みを心の底から嫌がった。しかし妖精に会えることの嬉しさの方が勝り嫌な気持ちを打ち消したのだった。

 そして何より無人販売所イースターパーティーの話題性と客足を取り戻せるチャンスだと思い気分は上々、張り切っているのである。


「一旦、部屋に戻ってネージュを寝かせてあげよう。ネージュ大丈夫か?」


「だだだだ、大丈夫です……す、少しだけ驚いただけですので……食品展示会……いいですね……い、行きましょうね」


 放心状態だったネージュも話は聞いていたらしく食品展示会へ参加することに対しては賛成のようだ。


「サトオサがネージュのおばあちゃんのことを知ってるのが相当衝撃的だったんだな……とりあえず部屋に戻るか」


 マサキとネージュそしてダールは無人販売所イースターパーティーの扉と小窓を開けたまま部屋へと戻った。

 まだまだ換気が足らずに酒のニオイが消え切れてないからである。


 部屋に戻った三人はクレールが起きるのを待ちながら無人販売所イースターパーティーの開店準備を始めたのだった。

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