99 案内役

 ネージュは無人販売所イースターパーティーの代表として食品展示会に参加するための受付を済ませた。


「これで終わりですね」


 受付は単純なものでギルドカードと招待状の提示。そしてサインを書くだけの作業だった。


「ではではこれで受付は終了になりまーす」

「この参加証を首からかけて入場くださいねー」

「今から私たちがかけますのでそのままお待ちくださーい」


 薄緑色の髪の妖精サバドとリンゴは参加証を一つずつ持ちながら飛んだ。そしてサバドはネージュに、リンゴはダールに参加証を首からかける。

 再び参加証を取りに下降する二匹の妖精。参加証を持つとリンゴが先にマサキの元へと飛んだ。


「ウ、ウサギ様がいて……か、かけれない……」

「ンッンッ」

「ちょっとだけ退いてくれるかな? ウサギ様」

「ンッンッ」

「ん〜、退いてくれないんですね」

「ンッンッ」

「こうなったら退かすしか〜」

「ンッンッ」

「も、もふもふだぁ〜。もふもふに埋もれちゃう〜」


 会話が成立しているようで成立していない。ルナはただ声を漏らしているだけなのである。

 そんなもふもふに埋もれて困っているリンゴを助けるべくマサキは空いている左手だけでルナの顔を少しだけ持ち上げた。

 ルナの顔を持ち上げた反動でルナの大きなウサ耳がマサキの顔に当たる。そしてふさふさもふもふのうさ耳毛がマサキの顔をくすぐる。


「い、今のうちに参加証をかけてくれー!」


「わ、わかりました!」


「早く、早く! ルナちゃんのウサ耳が顔に当たってくすぐったい」


「今かけますよー。お待ちくださーい」


 リンゴは素早くマサキの首に参加証をかけた。

 参加証がかかったことに気づいたマサキはルナを元の位置に戻す。ルナの顎と前足がマサキの頭の上に乗った。そこがルナの定位置だ。

 そしてむずむずとした顔を開いた左手で掻き快感を味わった。


「気持ちいい〜」


 マサキが顔を掻いて快感を味わっている中、もう一匹の妖精サバドが参加証を持って飛びながら困っていた。

 無人販売所イースターパーティーのもう一人の参加者クレールを探しているのだ。


「一、二、三。あれ? もう一人の方はどちらに?」


 妖精だからといっても透明スキルの効果で透明になっているクレールを認識できないのである。

 そんな困り状態のサバドにネージュが声をかけた。


にいると思いますよ。ゆっくりとかけてみてください」


「え? って……?」


「はい。もう少し低めがいいと思いますよ。騙されたと思ってかけてみてください」


「わ、わかりました。やってみます」


 サバドはネージュに言われた通り何もない空間に参加証をかけ始める。

 するとサバドは何かに当たる感覚を味わった。


「な、何かある!?」


 それは透明状態のクレールだ。

 透明スキルは姿が見えなくなるのはもちろんのこと、気配や声も消える特殊なスキルだ。

 しかし触れることは可能。なのでサバドが触れたのはクレールの頭なのである。


「ぬぅーん。もう少しこっちだよー」


「わぁ! 勝手にヒモが!」


 クレールはサバドの手伝いをするために参加証のヒモを広げた。そして見えていないサバドに合わせながら自分の首に参加証をかけた。


「す、すごいです。参加証が浮いてます……」

「わーすごーい。こんな参加者始めて!」

「う、動いたー! 本当に誰かいるんですねー」

「すごいすごーい」


 サバドとリンゴは浮いている参加証の周りをブンブンと飛び回りながら感動していた。

 これで参加者四人の首に参加証がかけられたことになる。


「もう中に入ってもいいんだよね?」


「はい。もちろんですよ! 案内などは必要でしょうかー?」


 サバドとリンゴは薄水色の瞳をキラキラと輝かせながらマサキのことを見つめ始めた。

 案内役になって一緒に行動したいのだろう。


「あ、案内? えーっとゆっくり自分たちのペースで回ろうと思ってるから……そ、その……」


 マサキが案内役を断ろうとした時、サバドとリンゴは先ほどよりもさらに薄水色の瞳をキラキラと輝かせて始めた。マサキの目の前で上目遣いをしながら媚びている。

 そんな瞳をされてしまえばマサキは断れなくなってしまう。


「えーっと、案内役か……ネージュはどう? 案内役つけてみるか?」


「ええ。もちろんですよ。可愛らしい妖精さんと一緒に周れるのは嬉しいです」


「おお、意外な回答だな。魔法が効いてきたってことなのかな」


「そ、そうですかね? 自分だとよくわかりませんけど、マサキさんも妖精さんと普通に会話してますよ」


「た、確かにそうだな。自分ではわからないもんだな。魔法ってすげーや。ルーネスさんには感謝しないと」


 マサキとネージュは平常心を保ちながら妖精たちと普通に会話をしていることをありがたく思った。そして魔法をかけてくれたルーネスに心の中で感謝をした。

 そんな時、マサキの目の前でぷかぷかと浮かんでいる妖精のサバドが口を開いた。


「あ、あの……案内役は……どうしますか?」


「そ、そうだった!」


 話が脱線してしまうほどマサキたちはリラックスしていたということだ。


「ダールは案内役つけてもOK?」


「アタシは全然問題ないッスよ。むしろついてくれた方がアタシの負担も減るので嬉しいッス!」


「た、確かにそうだな。クレールはどうだ?」


 透明状態のクレールは参加証をブンブンと振り回して返事をした。おそらくOKのサインなのだろう。


「よし。決まりだな。それじゃあ案内役をお願いするよ1」


「やったー!」


 サバドとリンゴは嬉しさのあまり抱き合いながら竜巻のように回り上昇を始めた。

 その喜ぶ姿を見てからマサキは口を開いた。


「えーっと、二人で案内してくれる感じなの?」


「もちろんですよー」

「もちろんですー!」


 マサキの質問に竜巻のように回っている二匹の妖精が同時に答えた。


「そ、それじゃあ受付はどうすんの? まだまだ客は来るだろ?」


 マサキは受付の担当がいなくなることを心配しているのだ。

 他人の心配をするほど心の余裕というものが現れている証拠だ。


「それは問題ありませんよ」

「別の妖精が来ますからー!」

「それじゃー」

「早速だけどー」

「案内を始めますよー」

「行きましょー行きましょー」


 息の合った会話。さすが姉妹と言ったところだ。

 竜巻のように飛ぶのをやめたサバドとリンゴはマサキたちを案内するために先頭を飛び始めた。


(ぐいぐい行くじゃんか。すげーテンション高いな。というか本当に他の妖精が来た。どこかで見てたのかな? いやいや妖精だから魔法とかで通じてんだろうな。念波とかそういう類のやつかな? まあなんでもいいか。この二匹の案内に従おう……)


 食品展示会にやってきたマサキたちよりもテンションが上がっているのは、無人販売所という未知の販売店を考えたマサキたちに興味が湧いているのである。

 先に会場に入っていった案内役の妖精を追いかけるマサキとネージュの足取りは遅い。緊張しているのだ。


「なんか緊張してきた……魔法のおかげでいつもよりはマシなんだけどそれでも緊張する……」


「わ、私も緊張してきましたよ。も、もしかして魔法の効果が切れちゃったってことはないですよね」


「さすがに切れてないだろ。半日くらい持続するって言ってたし、切れたら俺たちガタガタ震え上がってるはずだからな」


「そ、そうですよね」


「せっかくだし緊張しながらでも楽しもうぜ。魔法の力を存分に利用してな」


「はい! それがいいですね! こんな機会ありませんしね! 楽しみましょう!」


 マサキとネージュは慣れない環境に緊張しながらもルーネスがかけた魔法の影響で精神的に安定し食品展示会に挑むことができるのだ。

 ネガティブ思考もいつもよりは少ない。どちらかと言えばポジティブ思考の割合の方が多い。


 マサキたちが追いつくとサバドとリンゴの二匹の案内役の妖精が口を開いた。


「まずは順路通りに進みますよ」

「気になる店舗があればお気軽に仰ってくださいねー」

「交渉などのお手伝いもしますよー」

「試食も試飲も出来ますので遠慮せずにどうぞ〜」


 案内役らしくなってきたサバドとリンゴ。そんな二匹の妖精について行きながら店舗と店舗の通路を歩く。

 出店している店舗は屋台のような感じでテントを張っている。そこにテーブルが一つ出されていてそのテーブルの上に商品が置かれているという感じだ。

 食品展示会というだけあって様々な料理が並んでいる。さらには使い捨ての食器や高級なグラスまで料理や食品に関係する様々な商品までも店舗別に置かれているのである。


 左右に店舗があるということでマサキたちの足取りは遅い。そして気になる試食品にも手が伸びるので余計に足取りは遅くなる。さらにはパフォーマンスをする店舗もあるので見入ってしまう。

 それが食品展示会の楽しみ方でもあるので足取りは遅くても構わないのである。


「ところでどっちが無人販売所を思いついたのー?」

「それとどっちがイースターパーティーって楽しそうな店舗名をつけたのー?」

「教えてー教えてー」


 先ほど答えることができなかった質問が再び始まった。

 魔法にかかっている今ならマサキたちは答えることができる。なのでネージュは可愛らしい二匹の妖精に向かって答えを言った。


「無人販売所も店名もマサキさんが考えましたよ! すごい発想ですよね!」


「私が正解だー! やったー!」


「へーどっちもマサキ様が考えたんですねー。すごーい!」


 正解したサバドは大喜びで飛び回った。不正解だったリンゴはサバドのことなど気にすることもなくマサキを称賛する。


「でもどうやって思いついたの? 無人で販売するなんて思いついても普通出来ないよ!」


「あー、それは……企業秘密ってやつだ!」


「えーずるいよー! 教えてよー」


 キラキラと薄水色の瞳を輝かせるリンゴ。

 そんなリンゴの瞳に怯みそうになるもマサキは答えることはせず企業秘密だと言い切った。


「企業秘密は企業秘密!」


「わ、わかりました。企業秘密なら仕方ないなー」


(あれ? 意外とすんなりと諦めてくれてた。これもルーネスさんのおかげか? 地元の知識とかって言ってもよかったんだが、俺はこの世界に詳しくないしすぐに嘘だってバレるだろうからな。それに異世界から来たって正直に話したらそれはそれで面倒なことになりそうだし。というかネージュたちにもそのことは話してないから話せるはずもない……)


 安堵するマサキの鼻腔に香ばしい香りが誘惑してきた。マサキはすぐに誘惑してきたニオイの方を見る。

 マサキの黒瞳に映ったのは『ソーセージ』の店舗だった。

 マサキの視線に気付いたサバドは案内を始めた。


「まずはこちらから見ていきましょうー!」


 マサキたちはソーセージの香ばしい香りに手招きされながら、ソーセージの店舗に吸い込まれていった。

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