第3章:成長『食品展示会編』
92 足りない
ルナをお風呂に入れてから二週間が過ぎた日の朝。マサキが異世界転移して百四十日目の朝だ。
そんな朝にマサキは嘆いていた。
「足りない……全然足りない……」
「マサキさん浮かない顔してどうしたんですか?」
「足りないんだよ……」
「足りないって何が足りないんですか?」
あまりピントきていない様子のネージュは小首を傾げながらマサキに問いかけた。
そしてマサキはため息を吐きながら答える。
「生活費だよ……生活費……」
マサキは生活費が稼げていないことが原因で嘆いていたのだ。
「そうですよね。ルナちゃんも家族になりましたし、少しだけ生活費が大変になってきましたよね」
「それも原因のひとつかもしれないけど家族に迎え入れた以上、ルナの食費は絶対に必要な食費だからな……抜くわけにはいかない。というか一日ニンジン三本だけだからそんなに食費なんてかかってないぞ!」
ルナが家族の一員になったといっても一日三本分の食費しかかかっていない。生活費に困り始めたのには他に原因があるのだ。
「やっぱり光熱費とか電気代とかですかね? お風呂の制限時間を無くしてしまったから……」
「いやいやいや、光熱費とか電気代とかは無人販売所を経営してからそろそろ三ヶ月くらい経つけどそんなに変化ないぞ。そりゃ無人販売所を始める前よりは電気代も合わせて相当かかってるけどそれは必要な経費だし……だから俺たちが使ってる光熱費とか電気代は関係ないはずだよ……なのでお風呂に制限時間を設けないでくれ……俺三十秒風呂はもう無理……」
たとえお風呂の制限時間を無くしたからといっても、そこまで光熱費は変わっていないのだ。それほどマサキたちはお風呂を早く済ましている。
ルナだってそうだ。ウサギは体が汚れてしまった時だけ風呂に入れてあげるものだ。そのくらいのペースで風呂に入れなければ体温調整が難しいウサギは風邪を引いたり最悪の場合死んでしまう可能性もある。
ルナに限ってそんな悲惨なことは起こらないと思うが、ウサギを飼うのならばお風呂に入れるときは体が汚れた時だけで頻繁にはお風呂には入れないのである。
「それじゃあ原因は……ダールの給料ですか!?」
「確かにダールにはちょっと高めの給料を払ってるけどそれも問題じゃないよ。というかそれも必要経費だし……」
ダールには盗賊団を捕まえてくれた恩やマサキたちが嫌がる人とのコミュニケーションを率先してやってくれていることから少しだけ高めの給料を渡している。
マサキはダールの少し高い給料を下げようとは思っていない。今後、無人販売所が儲かれば給料をさらに上げてもいいと思っているほどである。それほどダールはマサキたちができないことをやってくれているのだ。
「ネージュ……本当は原因わかってるだろ? 現実を受け入れたくなくて話を伸ばしてないか?」
「ギ、ギクッ……」
この時マサキは、わかりやすいリアクションだと、心の中で思った。
そして生活費が困っている本当の理由に気付いているネージュが口を開いた。
「お店が暇なのが原因ですよね……」
「そういうこと」
無人販売所イースターパーティーの売り上げがここ最近減っているのである。
商品が売れなければマサキたちが食べればいい。しかし商品が売れないということはマサキたちのもとにお金が舞い込んでこないということ。
つまりお店が暇になれば暇になる程、生活費に困り貧乏生活に戻ってしまうということだ。
もともとそこまで儲かっていない仕事だ。貯金など貯めている余裕はない。そして一文無しだったマサキと貧乏兎だったネージュには初めから貯金などなかった。
「この状況は非常にまずいぞ。このまま客が来なければ俺たちの食費とか給料が減る。というか最悪な場合ゼロになる。俺たちどころかダールたち姉妹まで飢え死にしちまうよ……」
「そ、それは大変です。一刻も早くこの状況を打開しないといけませんね」
「そうなんだが……どうしていいのかさっぱりわからん」
マサキが浮かない顔をしているもう一つの理由だ。
この先どうしていいかわからないのである。
「え!? いつもみたいに何かアイディアはないんですか?」
「経営するってこと自体初めてだから、経営で躓いたらどうしていいのかさっぱりわからん。というか客が減った理由もいまいちわかってない……」
「た、確かに……そうですよね……」
「ネージュは何かアイディアない? 行列ができるくらいのアイディア」
マサキ一人の頭では何も浮かばない。しかし今のマサキは一人ではない。隣には白銀色の髪に垂れたウサ耳が愛くるしいネージュがいる。その奥にはまだ布団の上で寝ているクレールそしてルナだっているのだ。
マサキの頭だけでは思い浮かばないようなアイディアがきっとあるはずなのである。
「う〜ん……難しいですね。私も経験がありませんし、何をどうしていいかさっぱりですよ。こんなにマサキさんのクダモノハサミは美味しいのに……どうしてなんですかね?」
ネージュもマサキと同様アイディアや客が減った理由などがわからないでいた。
その後、二人は無言のまま必死に考えるがこの状況を打開できるほどの策は何も浮かばなかった。
そんな時、眠りから目覚めたクレールが薄桃色の髪にできた寝癖を触りながら口を開いた。
「……おはよう……おにーちゃんおねーちゃんそんな暗い顔してどうしたの? また夫婦喧嘩?」
「いやいや喧嘩じゃないよ。それに夫婦でもない。ってそんなことよりもいいタイミングで起きてくれた」
「ん?」
状況が全く読めないクレールは小首を傾げた。
「客が減ってた原因で生活費が減ってきて困ってたんだよ。そんでこれからどうやって商売繁盛させるか悩んでたところ。起きて早々に悪いんだけどクレールは何かアイディアとかある? 行列ができるアイディアとか!」
「ん〜。そうだなー。看板兎とかはどうかな!? かわいいルナちゃんがお店の前にいたら絶対お客さん来るよー!」
クレールのアイディアは看板娘ならぬ看板兎を設けることだった。
(うん……アイディア自体は悪くない。実際に看板犬や看板猫など店のマスコットキャラクターとなって人気店になる店も多い。でもこの世界ではどうだろうか。
マサキは考えた結果をそのままクレールに告げる。
「いいアイディアだけどルナの負担も考慮すると現実的じゃないかな……」
「そうだよねー。う〜ん。クーの頭じゃわからないな」
クレールもお手上げのようだ。
しかしマサキはクレールの看板兎というアイディアから着想を得て新たなアイディアを電気が流れ込んだかように脳を刺激した。
「そ、そうだ! 看板兎は看板兎でもネージュとクレールそれにダールがやればいいんじゃないか? 俺的、三人とも美少女だしさ! バニーガールとかメイド服とかコスプレして店の宣伝とかしたら……」
マサキは途中で喋るのをやめた。
なぜなら一番現実的ではなく実現すること自体不可能だとわかるアイディアだったからだ。
電気が流れ込んだような突発的なアイディアだ。その瞬間は脳が騙されて革命的なアイディアだと思ってしまったのだ。よくよく考えればそこまで良いとは思えないアイディアだと気付かされる。
そもそも恥ずかしがり屋で人前には姿を現すことができないネージュには無理な話だ。そして悪魔が宿るという伝承があるウサ耳を持つクレールにも無理な話。
ダールだけはコスプレをして看板兎になってくれそうだが、見せ物のような扱いをしてしまいこちら側が悪い気分になってしまう。双子の妹たちにも悪影響になりかねない。
(そんな稼ぎ方は俺たちには向いてないからな……だから別の方法を考えないと……)
三人は同時にため息を吐いた。そして各々が策を練り始め集中するために無言になる。
そんなとき太陽のような明るい元気な声が集中する三人の耳に届いた。
「おはようございますッス!」
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
隣に住む三姉妹が朝の挨拶に来たのだ。
ということはデールとドールが学舎へと向かう時間が来たということだ。
「おっ! 噂をすればってやつだな!」
ダールたちの声に気付いたマサキたちは立ち上がりデールとドールを見送るために扉の方へと向かった。
「デール、ドールおはようございます」
先ほどまでの考え込んでいた表情からは想像できないほどの笑顔でネージュが言った。
その言葉に双子のデールとドールは同時に「おはようございまーす」と元気に返す。声のリズムもタイミングも何もかもが同じ。さすが双子だ。
双子の挨拶の後にダールが口を開いた。
「今日はアタシ仕事を休むッス……」
突然の休暇。ダールは罪悪感を感じているかのような表情をしている。何かあったのだろうか。
その理由は双子の姉妹が答えてくれた。
「お兄ちゃんお姉ちゃんごめんなさい」
「今日は学舎で先生と保護者のお話があるみたいなの」
「だからいきなり休みをとってごめんなさい」
「その分、帰ってきたら私たちもお手伝いさせて」
デールとドールはあらかじめ打ち合わせをしていたかのように交互に喋り出したのだった。実際のところは打ち合わせなどしていない。双子だからこそできる技術なのである。
デールとドールは幼いながらに突然休みを取るということがどれほど迷惑のかかることなのかを知っている。だから瞳を濡らして緊張した様子で謝っていたのだ。大したものである。
「別に謝らなくてもいいぞ。店も暇だし今日のダールの仕事は警備の仕事だけだからな。いてもいなくても変わらない」
「ちょ、兄さん! それは酷いッスよー。一生懸命覗き穴から覗いてるッスよ!」
「悪い悪い冗談冗談。一生懸命やってることを知ってるからこそ言える冗談だよ。今日はゆっくり休んでくれ。時間は戻んないからな、店のことよりも妹たちのことを優先してくれ。今後も遠慮なく言ってくれよな」
マサキは笑顔でオレンジ色の髪をした双子の頭を優しく撫でた。マサキは撫でるたびに小さなウサ耳が手のひらに当たる不思議な感触を味わっていた。
撫でられているデールとドールはウサ尻尾を振って嬉しそうにしている。
そんな嬉しそうな妹たちを見たダールは黄色の双眸を涙で濡らしながらマサキに飛びついた。
「ありがとうッス〜ありがとうッス〜」
「おいおい……大袈裟だな……」
「ついでなんッスけど学舎が終わったら
「おう。そんなの俺に許可取らなくていいだろ。姉妹で楽しんできなよ!」
「ありがとうございますッス〜」
ダールはマサキに抱きつきながら頭を擦り付けている。
そんな姉の姿を見て双子の妹たちも同じような行動をとった。
「お兄ちゃんありがとう」
「お兄ちゃんありがとう」
デールとドールの二人はマサキの足に片方ずつ抱き付き姉と同じように頭を擦り付けた。
「わかったわかったから。早く学舎に行ってこい。遅刻するぞ」
「「「はーい!」」」
三人姉妹は同時に返事をした。三人ハモった声は聴き心地が良く耳を癒してくれる。
「気をつけて行ってくださいねー!
「気をつけるんだぞー! もふもふを楽しんでねー!」
学舎へと向かおうとする三姉妹に手を振りながら送り出すネージュとクレール。
二人に応えるように笑顔で手を振り返す三姉妹。そのまま三姉妹は学舎へと向かっていった。
「さて俺たちは店の開店準備しようか。そんで今後のことを……ってダールに何か良いアイディアがないか聞くの忘れたー!」
「帰ってきてから聞きましょうよ。ダールだったらずっとお店のために何かできるか考えちゃってせっかくの休みを楽しめなくなってたかもしれませんよ」
「そ、そうだな。結果的に聞かなくて正解だったわ。そんじゃ今日のところは俺たち三人で策を練るぞ! 夢野三食昼寝付きのスローライフを送るために!」
「「はーい!」」
ネージュとクレールが同時に返事をした。姉妹ではないが息の合った返事だ。
三姉妹の時とは違った耳心地の良い響きがマサキの耳を刺激して癒しを与えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます