91 あわあわもふもふ

 図書館を出たマサキとネージュとクレールとダールの四人は八百屋アオに向かった。無人販売所イースターパーティーで販売する食品の仕入れや自分たちで食べる食材の買い出しなどをするためだ。

 八百屋アオにはいつも通りの光景でおばあちゃん店主がレジ横で寝ている。その光景だけで兎人族の国キュイジーヌが平和なのだということがわかる。

 そんな平和を象徴する八百屋での買い物はあっという間に終わった。買い物が終わると四人は寄り道せずに家へと向かう。


 家に到着すると予定通りに無人販売所イースターパーティーで販売する商品の調理とチョコレートカラーのイングリッシュロップイヤーのルナのお風呂が始まった。


「あわあわもふもふだー。あー! こらルナちゃん! 暴れないでよー!」


「暴れたら洗えないじゃないッスかー!」


「きゃー! 泡が飛んだー!」


「ウサ耳をパタパタしないでくださいッス! 泡がー! 泡がー!」


 マサキとのネージュの耳には楽しそうにルナを洗っている声が届く。


「いいなー俺もルナちゃんをを洗いたかった……」


「仕方ないですよ。四人で洗うのは多すぎますしお店の準備もしなきゃいけませんし……」


「だよな……」


 キッチンではマサキとネージュは無人販売所イースターパーティーで提供する商品の調理の真っ最中だ。

 料理ができるのはマサキとネージュ。料理ができないダールと料理のお手伝いしかしたことがないクレールがルナのお風呂を任されるのは必然的だ。

 四人でルナを洗ってから調理をすればマサキの羨ましい気持ちは解決するのだが、風呂場に入れる人数は三人までが限界。そしてルナを洗うのが目的なので風呂場に入れる人数は二人までが限界なのである。

 ルナはマサキが風呂場にいなくても壁を挟んだ先にいることがわかっているらしく昨夜のように飛んだりはしない。なのでクレールとダールの二人だけでもルナをお風呂に入れることができるのである。


「もう泡がいっぱいついたッスよー」


「やっぱりお風呂は嫌なんだねー!」


「服が濡れちゃうッスからアタシたちも脱ぐッスよー!」


「それがいいぞー! 脱ぐぞー!」


 クレールとダールはルナが洗われるのを嫌がったせいで服が泡だらけになっている。なのでダールは服が濡れてしまわないように服を脱ぐことを提案する。その提案に乗っかったクレールも服を脱いだ。

 バサバサと脱衣所に服が投げ飛ばされる音が聞こえた時、キッチンにいるマサキは目の前の食材ではなく風呂場のほうに集中していた。


(ぬ、脱いだ。今、脱いだよな。ということはこの壁の向こうはクレールとダールは裸でルナちゃんを洗っているってことだよな。い、いや……流石に下着までは脱がないだろうから全裸じゃないか……って待てよ全裸よりも下着姿の方が何百倍もエロくないか? 一緒に暮らしてるクレールならいつかそういう姿が見れる時が来るかもしれないけど……ダールのそういう姿は滅多に見る機会ないぞ。いつも俺をからかってる罰だ。風呂場に行って覗いてやる。ここでラッキースケベという言い訳を使わないでいつ使うんだ! ネージュにはルナちゃんが心配だからって言えば大丈夫だろう。ラッキースケベを成功させてみる!)


 マサキは心の中で計画を立てた。

 そもそも計画的なラッキースケベはラッキースケベとは言わない。ただのスケベだ。下手すれば犯罪にも繋がる。

 マサキは計画を実行するために隣でニンジンを切っているネージュに声をかける。


「……な、なあネージュ。ルナちゃんが暴れてるみたいで心配だからルナちゃんの様子見に行ってもいいかな? お、俺がいないとルナちゃんダメっぽいじゃん? だ、だから見てくるわ!」


「ダメですよ。二人の裸を見たいだけですよね。マサキさん鼻の下伸びてますよ。変態さん……」


 ネージュは膨れっ面でマサキのことを睨みつけた。マサキの考えなどお見通しなのだ。


「か、顔に出てたか……ってそうじゃなくて! は、鼻の下? な、なんのことかな? そ、それに裸って……二人は服のまま入っていったような気がするし、わざわざ裸にならないだろ。あはは……ネージュは考え過ぎだな。あはは……」


 マサキは素直に謝らず、全てお見通しのネージュを誤魔化そうと下手な笑いを繰り返す。

 しかしそれすらもお見通しのネージュは口を開いた。


「誤魔化しても無駄ですよ。マサキさんの考えそうなことは大体わかります。それに注意深く警戒するマサキさんの才覚が移ったんですかね。クレールとダールの会話をしっかりと聞いてましたよ。あの会話をマサキさんが聞き逃すはずないですから」


「……ぅう……うぅ……」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 ネージュはマサキのこの手の行動パターンを手に取るように理解しているのであった。


「覗こうとしたことを今謝るなら許してあげますよ」


 そんなネージュの優しさにマサキは全力で受け入れた。


「すいませんでしたー! 二度と鼻の下を伸ばしません! ネージュ様! お許しをー!」


 マサキは床に頭を擦り付けて全力の土下座をネージュに見せた。

 全力の土下座ほど安っぽく嘘くさいものはない。それでもネージュは言葉通りマサキを許した。


「許すのは今回だけですからね」


「ネージュ様! ありがたきお言葉!」


「頭を上げて準備の続きをしましょう」


「ははー。仰せのままにー!」


 マサキは気持ちを切り替えて料理に集中することにした。

 もちろん集中したからといって風呂場から聞こえてくる楽しいことが聞こえなくなることはない。

 だがマサキの中の邪念を取り払うことなど容易いのだ。なぜならマサキの横には天使のように美しい美少女がいるからだ。

 肌は雪のように白く、髪は雪の結晶のように輝く白銀色。垂れたウサ耳は愛くるしく、澄んだ青い瞳はどんな青よりも美しい。

 裸や下着姿など見なくても十分すぎるほどの美少女が隣にいてくれるのだ。それだけでマサキは満足でき邪念を払うことができるのである。


 マサキが料理に集中し始めた時、風呂場では大胆に下着も脱ぎ捨てて全裸になっているクレールとダールがルナを洗うのに苦戦していた。


「これで濡れる心配はないッスよ! さあルナちゃんいっぱい暴れてくれても構わないッスよー」


「ンッンッ」


 ダールは両手いっぱいについている石鹸とルナの体いっぱいについている石鹸をわしゃわしゃと泡立てて洗い始めた。

 その横で人肌ほどの気持ち良いお湯をクレールがゆっくりとかけて泡立てるのを手伝っている。


「温かくて気持ちいいでしょー。図書館の疲れを癒してあげるぞー!」


「ンッンッ」


 ルナは気持ちよさそうに声を漏らしている。

 そこで暴れなくなったのをチャンスだと思ったダールは大胆に洗い始めた。


「背中の次はお腹とマフマフを洗うッスよー!」


 ダールがルナのお腹に触れた瞬間、ルナは体をブルブルとさせて泡を飛ばしながら暴れ出した。


「うわぁぁぁあ!」


「こ、こら暴れないでくださいッス!」


 ルナの体の泡がクレールとダールの体目掛けて飛んでいく。かなり泡立っていただけあって大量の泡が体に付いた。

 二人は服を脱いでいて正解だったとこの時思った。


「すごいびしょびしょだよー。顔にいっぱいかかったー」


「やっぱり脱いでいて良かったッスね! アタシもびしょびしょッスよー」


「ンッンッ」


「ルナちゃんすぐに終わるッスから我慢しててくださいッスよー」


「そうだぞーすぐに終わるぞー!」


 クレールはシャワーヘッドを置いた。ダールだけでは嫌がるルナを洗えないだろうと判断したからだ。

 ウサギという生き物はお腹や後ろ足を触られるのを嫌がる生き物だ。だからルナは暴れて風呂場の隅に逃げたのである。

 ウサギはお腹の皮膚が薄い。むやみやたらに触ると内臓を傷つけてしまう恐れもあるのだ。そしてウサギ自身不快感を感じたりする場合もある。

 逆に背中や頭などは触って欲しい部分と言えるだろう。だから先ほど背中を洗っていた時は気持ちよく洗われていたのである。


「クーが背中を洗うからその隙にお願い!」


「了解ッス!」


 クレールはルナの背中を優しく洗い始めた。マッサージをするかのように優しく撫でながら洗っている。

 その隙にダールはルナのお腹や足など嫌がる部分目掛けて泡をかける。そして気付かれないように優しく洗い始めた。


「ンッンッ」


 ルナは嫌がることもなく声を漏らしている。お腹や足を洗われていることに気付いていないようだ。

 そのままダールはルナが嫌がる部分を慎重に洗い続けた。


「クレールの姉さん。お腹も足もお尻も洗えたッスよ! これで完璧ッス!」


「それじゃあ後は洗い流すだけだね!」


 クレールはシャワーから人肌ほどの温かいお湯を出してルナの体に付いた泡を洗い流した。

 ルナの体の泡はなかなか洗い流せない。いくらお湯をかけても泡がなくなる気配がしない。それほど体毛は一本一本細かいのである。


「流しても流しても泡が出てくるよー」


「でももう少しッスよ!」


 もう少し。後少しで終わるというところでルナは体をブルブルと高速に震わせて体に残っている泡やお湯をクレールとダールに飛ばした。


「うわー!」


「最後の最後でびしょ濡れッス……」


 二人はシャワーを浴びたのではないかと思うくらいびしょびしょになった。

 しかしルナがブルブルとしたおかげでルナの体に残っていた泡はほとんど流れていったのである。


「これでもう大丈夫だよねー」


「それじゃあ仕上げッスね!」


「うん。ルナちゃんを乾かそー!」


 泡が残っていないことを確認してルナにタオルをかけた。

 このタオルは大樹に住む妖精が作ったタオルで吸水力が物凄い。まるでドライヤーを当てているかのようにどんどん乾くのだ。

 しかしそれ以上にウサギの体毛というものは細く乾きにくい。

 乾くまでが根気との勝負になる。


 お湯を出さないがルナの体はまだ濡れている。触れただけでもびしょ濡れになるレベルだ。なので二人はルナを乾かすまで全裸のまま着替えることはしない。

 そして二人がかりでルナの体を拭きまくっている。その際、長いウサ耳を濡れたタオルで優しく丁寧に拭いて汚れを取ってあげている。

 ロップイヤーのようにウサ耳が垂れているウサギは自分のウサ耳を綺麗に保つことが難しい。そのせいで病気になったりもするのである。

 なのでウサ耳を拭いてあげるときは念入りにやってあげるのである。


 全裸のままのクレールとダールはルナを風呂に入れていた時間よりも長い時間ルナの濡れた体を拭き続けた。

 そしてついにルナの体は乾いてツヤツヤそしてなめらかな毛並みへと変貌を遂げたのである。

 これも奮闘したクレールとダールのおかげだ。ウサギのお風呂は意外と大変なのである。


「やっと終わったー! いい匂いだしもふもふだよー」


「ウサ耳も綺麗になったッスよ。なんか高級感が増しましたッスね。キラキラ光って見えるッスよ!」


 見違えるほど綺麗になったルナに感動する二人。


「早く兄さんと姉さんに見せるッスよ!」


「うん! 見せよー!」


 クレールとダールの二人は一緒にルナを持ち上げた。家の中ならマサキ以外に抱っこされても嫌がらないのである。

 そのままクレールとダールは風呂場を飛び出してマサキとネージュにルナを見せた。


「おにーちゃん! おねーちゃん!」

「兄さん! 姉さん!」


 飛び出してきた二人に驚くマサキとネージュ。

 その顔が見たかったと言わんばかりの表情を浮かべるクレールとダール。綺麗になったルナをもっと近くで見せてあげようとマサキとネージュの方へと近付いていく。


「どうッスか? めちゃくちゃ綺麗になったッスよ!」


「もっともふもふになったよー! つやつやだしいい匂いだよー!」


 ニヤニヤと近付く二人を見て顔を赤らめマサキ。

 そんなマサキに飛び付いたネージュはマサキの顔を手のひらで覆い隠した。


「ちょ、ちょっと二人! ななななな、なんで裸のままなのー?」


 そう二人は全裸のまま出てきてしまったのだ。

 兎人族の美少女二人の全裸の姿を見たマサキはつーんと鼻血を垂らした。これこそラッキースケベなのである。


「ん? はだか?」


「裸ッスか?」


 二人は全裸だったことを忘れていた。それほどルナを洗うのに奮闘し洗い終えて綺麗になったルナを一刻も早く見せたかったのである。


「きゃぁあああああああああああ!」

「きゃぁあああああああああああ!」


 クレールとダールは悲鳴をあげた。そして恥ずかしさのあまり顔だけではなく全身が真っ赤に染まってしまった。

 二人は綺麗になったルナを床に置いて風呂場へと戻っていった。


「ンッンッ」


 ルナはマサキの鼻から流れる鼻血を見て心配しているのか声を漏らしながら鳴いている。


「何やってるんですか二人は……ねっ! マサキさん! って! マサキさん鼻血鼻血! 大変です! いっぱい出てますよ!」


 ようやくマサキの鼻血に気付いたネージュがマサキの鼻にティッシュを突っ込んだ。


「マサキさん! しっかりしてください! マサキさん! マサキさーん!」


 マサキはボーッとしていてネージュの呼びかけに返事をしなかった。鼻血を大量に流して貧血状態になってしまったのだ。


「は……だ……くぁッ……」


「マサキさーーん!!!」


 マサキは突然のラッキースケベに耐えきれず倒れてしまった。


「ンッンッ! ンッンッ!」


 倒れているマサキの頭に向かってルナは頭を擦り付けた。


 こうしてルナのお風呂が終わりルナはさらにもふもふになったのでした。


 もふもふもふもふめでたしめでたし

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