86 もふもふの抱き枕

 マサキは頭の上に乗ったルナを優しく持ち床に下ろした。

 ルナは、この空間にマサキがいる安心感からか短い手足で歩きながら部屋の探索を再開した。その際、大きなウサ耳は床に引きずるだけで決して飛ぶためにパタパタと羽ばたくことはなかった。

 そんな部屋の中を探索中するルナにネージュが近付き口を開いた。


「ルナちゃんは相当マサキさんのことが好きみたいですね。マサキさんが使ってる枕を見つけましたよ」


「俺ウサギに好かれるようなニオイ出してんのかな……」


「ルナちゃんにだけわかるニオイがあるのかもしれませんね」


 ルナはマサキの枕に向かって穴を掘るように前足を激しく動かしている。爪はしっかりと切られているので枕を破くようなことはない。ただただ枕を掘り続けているのだ。

 そんな枕掘りを続けるルナを見てダールが口を開く。


「眠くなったんッスかね?」


「家に帰る最中にずっと寝てたよな……ウサギって睡眠時間どのくらいよ?」


「睡眠時間はわかんないッスけど、さっきまで飛び回ってたッスから疲れたのかもしれないッスよ。アタシの俊足スキルみたいに」


「た、確かに。それは一理あるな」


 無表情のウサギの気持ちなどはわからない。けれどわからないなりに行動からどんな心理状態なのかを読み取らなければならない。

 枕を掘っているのなら眠いと思うのが当然だろう。枕は睡眠のための道具なのだから。


「今日はマサキさんにルナちゃんを抱きながら寝る権利を譲りますよ」


「いきなりどうしたんだよ。さっき抱きながら寝たいとか言ってなかったっけ?」


「ルナちゃんはまだお家に来たばかりですし慣れるまでは安心するところで寝たほうがいいと思ったんですよ」


 ネージュはルナのことを考えて今夜のルナを抱き枕にする権利をマサキに譲ったのである。

 勝手に話を進められて黙っていないのはここの住民でもあるクレールだった。


「いいないいなー! クーもルナちゃんを抱き枕にしたかったぞー! 家の中なら抱っこできるかもしれないぞー!」


 クレールは枕を掘り続けているルナの元へと向かった。そして小さな手でルナを後ろから優しく掴んだ。成功。あとは抱き上げるだけだ。


「そーっと……そーっと……」


「ンッンッ!」


 クレールがルナを持ち上げた瞬間ルナは暴れだしてしまった。マサキ以外に抱っこされるのは嫌なようだ。


「ルナちゃんーなんでよー」


 クレールの想いはルナには届かなかった。

 クレールは肩を落とし落ち込んでしまった。そんなクレールの薄桃色の髪と大きなウサ耳をマサキが優しく撫でながら口を開いた。


「ルナちゃんが慣れたらいっぱい抱き枕にしていいからな。それまでは撫でたりして横で寝てあげような。俺も抱っこじゃなくて横に置いて寝るようにするからさ」


「うん。おにーちゃんありがとうー」


「というか寝る時まで俺のところに来るかどうかわからないけどね」


 ルナが寝る時までマサキのそばにいるかどうかはその時になるまでわからない。

 けれどクレールはもふもふの布団ともふもふのルナに挟まれて寝る未来を確定された未来だと思い口元をニヤつかせていた。

 そんなクレールは再びルナの元へと向かい小さな手で優しくルナの大きな耳と頭を撫でた。


「ルナちゃんいきなり持ち上げてごめんね。クーと仲良くなってねー!」


「ンッンッ」


 返事をしたのか、気持ちが良かったのか、ルナは声を漏らしていた。

 ルナの頭を撫でるクレールの横に笑顔を溢すデールとドールがやってきた。そしてクレールと一緒にルナの頭や背中を撫で始める。


「ンッンッ」


「もふもふ〜」

「ふわふわ〜」


 笑顔が溢れ続ける双子の姉妹。子供と動物の相性は抜群なのである。

 珍しく口に溢した感想が違うのは触っている部位が違うからである。

 マサキは喜んでいるデールとドールを見ながらダールに向かって口を開いた。


「今日も夕飯一緒に食べるだろ?」


「もちろんッスよ!」


「だったら今日は少しだけ豪華な夕飯にするわ」


「ルナちゃんの家族祝いッスか?」


「それもあるけど明日の図書館はダールに頑張ってもらいたいからさ。俺たちは他の人がいると行動不能になるだろ? 図書館みたいに人が集まる場所は俺たちに向いてないんだ。だからダールが頼りだからな。受付やらスタッフの対応やら全部任せたぞ!」


「そういうことッスね! 了解ッス! アタシに全てお任せくださいッス!」


 ダールはやる気に満ち溢れたガッツポーズをとった。細い腕からはコブの膨らみが現れなかったが堂々とポーズを決めている。

 そんなダールを見てからマサキはキッチンへと向かった。


 キッチンの横の風呂の扉、そしてトイレの扉の間にはネージュがいる。

 ネージュはルナのトイレを風呂の扉とトイレの扉の間にある隙間に設置しようとしているのだ。


「マサキさんルナちゃんのトイレってここでいいですよね?」


「ここがベストだな。俺もここしかないと思ってたし」


「それじゃあ完成ですね。あとはトイレの仕方を教えるだけです」


 ネージュはトイレの設置を終えて子供たちにもふられまくっているルナを見た。

 その青く澄んだ瞳の視線に気付いたクレールはすぐに理解する。


「クーたちがトイレを教えるよー!」


「はい。お願いしますね! 私はマサキさんと一緒に夕飯の準備をしますねー!」


 ネージュはニッコリと笑った。そしてマサキと一緒にキッチンへと向かう。


 マサキとネージュニンジン柄のエプロンを着用して豪華な夕飯作りを始めた。

 豪華と言ってもニンジンと果物しか冷蔵庫の中には入っていない。そして買い物に行くにしても店が閉まり始めている時間だ。間に合わない。

 なので冷蔵庫の中にある物全てを使い豪華に仕上げようと二人は試行錯誤しながら作るのである。


 クレールとデールとドールはルナにトイレを教えている。

 ルナを直接トイレの上に置いたり、クレールたちがウサギの真似をしてトイレをしているような動作を取ったり、言葉で説明したりなど、ありとあらゆる手段を使いルナにトイレを教え込んだ。

 あとはルナ自身が理解しているかどうかだけだ。

 無表情のままのルナを見ているクレールたちは不安に思いながらもトイレをするのを信じてじーっと待ち続けた。


 ダールはというとウッドテーブルの前にある椅子に座りむちむちな太ももの足を組んでボーッと天井を見ていた。何もすることなくただボーッと。

 ダールなりのリラックスタイムなのである。


 それから四十分程度で夕飯が完成した。

 夕飯は冷蔵庫の中の食材を全て使った料理だったが、様々な果物を切っただけの質素なものばかりが目立っていた。

 その中でも唯一豪華な料理といえるのはネージュが作ったニンジングラッセだけだろう。


「ご、豪華ッスね!」


「だろだろ!」


 マサキたちはまだまだ貧乏人だ。質素なものばかりでも大量にテーブルに並べば豪華に見えるのである。


「これはルナちゃんの分ですよー」


 ネージュはウッドテーブルの横にお皿を置いた。お皿の中には一口サイズに細かく切られたニンジンが入っている。食べるのが下手くそなルナのことを考えて切られたニンジンだ。


 ルナは「ンッンッ」と声を漏らしながらネージュが置いた皿の前までよちよちと歩いて行く。

 そして顔を皿の中に突っ込みながらニンジンをもぐもぐと食べ始めた。

 そんなルナに続いてマサキたちも食事を始めた。


「いただきます!」


 それからは明日の図書館の予定や幻獣についての考察などを話し合いながら食事が進んだ。

 楽しい食事の時間はあっという間に終わる。


「ごちそうさまでした!」


 食事が終わるとダールとデールとドールが食器を持ちながら外へ出た。食器を洗うため井戸に向かったのである。これがいつもの流れ。役割分担がしっかりとされているのだ。

 今回はそこにクレールも加わった。なぜなら今回はルナのトイレを教えていて料理を手伝うことができなかったからだ。だから手伝えなかった分、食器洗いを手伝うのである。

 その後ダールたちは隣接している自分の家へと帰る。夕飯は一緒でも就寝までは一緒ではないのだ。


「また明日ねー! ルナちゃんもまたねー」

「また明日ねー! ルナちゃんもまたねー」


「ンッンッ」


 デールとドールの双子独特の息の合った元気な挨拶にルナは声を漏らしながら答えたのだった。


「明日の図書館は任せてくださいッス!」


「おう頼んだぞ。また明日な!」


「はいッス!」


 ダールたちは家から出て行った。それと同時にマサキたちは無人販売所イースターパーティーの閉店作業を始める。

 閉店作業が終わるとあとは寝支度を整えて寝るだけだ。


「ルナちゃんはお風呂はどうする?」


「そうですね。今日は遅いので明日にしましょうか。ブラッシングだけでも綺麗になりますし、明日図書館が終わったらゆっくり洗ってあげましょう!」


「そうしようか」


 ルナの体の汚れは明日の図書館終わりにゆっくりと洗うことになった。

 しかしマサキたちは寝る前に風呂に入る。兎園パティシエでウサギと戯れた時に体が汚れてしまったからだ。

 先に風呂に入るのはネージュとクレールだ。二人は仲良く一緒にお風呂に入る。まるで仲良し姉妹のように。

 風呂場の覗き穴が塞がれてしまっていて覗くことができないマサキは妄想を膨らませていた。風呂場から聞こえる音だけで風呂を場にいる兎人族の美少女たちを妄想しているのだ。


(ネージュとクレールが裸でお風呂に……おっと、いかん。ルナちゃんも女の子だよな。ルナちゃんの前で鼻の下を伸ばしながら妄想なんてよくない。そ、そうだブラッシングして心を落ち着かせよう)


 マサキは妄想するのをやめてルナの体をブラッシングすることにした。

 しかし風呂場から聞こえてくる楽しげな声に鼻の下は伸びたままだった。


 ネージュとクレールが風呂を終わらせるとマサキの番だ。マサキは普通の顔に戻って平然を保ちながら風呂に入る。いつものことだ。

 これによって鼻の下を伸ばしていることに気付かせないのである。

 このままマサキは美少女二人が入った後の風呂場でシャワーを浴びる。風呂に入る制限時間は二十分まで増えているので時間を気にすることなくゆっくりと美少女たちの残り湯を堪能しながら入ることができるのである。


 マサキが風呂場から出るとクイーンサイズの布団が敷かれていて寝床の準備が完了していた。

 そしてマサキの枕の上には待ってましたと言わんばかりのルナが漆黒の瞳でマサキのことを見つめていた。

 その漆黒の瞳に吸い込まれるかのようにマサキは布団の上に飛びつく。


「もふもふちゃん俺のことを待っててくれたのかー? いい子だなぁ」


 マサキはルナのもふもふの背中に顔を擦り付けている。このままルナを枕にしてしまうくらいの勢いがある。

 しかしマサキはルナを枕にしない。常識的に考えて枕になどしないがクレールとの約束があるからだ。


「ルナちゃんの寝るところはここだ」


 マサキがルナを持ち上げて枕の上から移動させた。

 ルナは枕よりもマサキが抱き枕にしやすい位置に移動させられたのだ。


「ここなら俺とクレールの間だ」


「やったーやったー! もふもふだー!」


 マサキたちはクイーンサイズの寝床で川の字になって寝ている。左側がネージュで真ん中がクレールそして右側がマサキだ。なのでマサキとクレールの間にルナを置いて寝ることができるのである。

 ルナと一緒に寝れる嬉しさではしゃいでいるクレールだったが髪をタオルで乾かしているネージュの方を見て口を開いた。


「おねーちゃんはルナちゃんと一緒に寝なくてもいいのー?」


「一緒に寝たいですけど今日は二人に譲りますよ。でもルナちゃんが慣れてきたら私がルナちゃんを独り占めできる日を設けますからね! だから遠慮しないでくださいね!」


「うん! でもおねーちゃん寂しくなったら場所交換してあげるからね!」


「はい! 寂しくなったらマサキさんと交換して二人でルナちゃんを抱き枕にしましょうね!」


 クレールの優しい一言に笑顔を溢しながら軽い冗談で答えるネージュ。


「それいいかもー! もふもふだからおいでおいでー!」


「ンッンッ」


 ネージュの冗談を間に受けて両手を上げながらテンションが上がっているクレール。

 その横でルナも声を漏らしていた。喜んでいるのか、笑っているのか、悲しんでいるのか、それとも怒っているのか全く読み取れない表情だ。


 マサキはルナを抱きしめながら冗談を口にしたネージュに向かって口を開く。


「俺とルナちゃんは絶対にここから動かないからなー! ルナちゃんのおかげで俺の寝相の悪さも解消されるはずだ!」


「ふふっ。冗談ですから拗ねないでくださいよ。髪も乾きましたしそろそろ寝ますよ。電気消しますねー!」


 ネージュは乾いた白銀の髪をなびかせ電気を消すためにスイッチがある壁の方へと歩き始めた。

 白銀の髪はキラキラと雪の結晶のように輝いている。その天使のような美しい姿にマサキは見惚れて声が出なかった。


「それではおやすみなさい」


 ネージュの言葉とともに電気が消されて間接照明だけになった。


「おやすみなさーい」

「お、おやすみなさい」

「ンッンッ」


 クレールとマサキそしてルナまでもが寝る前の挨拶を交わした。

 このまま三人と一匹はゆっくり、ゆっくりと深い深い闇の中へ意識が消えていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る