第3章:成長『図書館編』

85 大きなウサ耳をパタパタと

 マサキたちは新たな家族イングリッシュロップイヤーのルナを連れて家へと向かっていた。

 ウサギ泥棒の襲撃もあり帰宅した時にはすでに夕刻を過ぎていた。

 デールとドールにルナを紹介するサプライズをする予定だったが、二人はすでに学舎から帰っていて姉たちの帰りを待っていた。


「お姉ちゃんたちお帰りなさい!」


 先にマサキたちの帰宅に気付いたのはデールの方だ。手を振りマサキたちの帰りを歓迎している。

 デールの言葉でマサキたちが帰ってきた事に気付いたドールは遅れてマサキたちの帰りを歓迎した。


「お姉ちゃんたちお帰りなさい!」


 二回言われたのかと思うくらい声質、音量、リズム、声の波長、その他もろもろ同じだった。さすが双子だ。


「ただいま〜」

「ただいまです」


 歩き疲れたのだろう。くたくたの様子でマサキたちはそれぞれ返事の挨拶をした。

 ウサギ泥棒の件もあったので疲れていて当然だ。


「わー! ウサギだー!」

「わー! ウサギだー!」


 疲れているマサキたちとは真逆でデールとドールは元気いっぱいに飛び跳ねた。

 マサキの左腕の中で鼻をひくひくとさせているチョコレートカラーのウサギを発見したからだ。

 喜んでいる姿からして雑なサプライズは成功したと見て取れる。


「飼うのー? 飼うのー? ウサギ飼うのー?」

「飼うのー? 飼うのー? ウサギ飼うのー?」


 マサキたちが家に着くのが待ちきれずに家から飛び出した双子の少女。

 彼女らはマサキの左腕の中にいるウサギに吸い込まれるかのように近付いて行った。


「そうだよ。この子の名前はルナちゃん。今日から俺たちの家族だ。可愛がってあげてな」


「わー! ルナちゃん! よろしくねー!」

「わー! ルナちゃん! よろしくねー!」


 デールとドールは黄色の瞳をキラキラと輝かせながら小さな手でルナの頭や背中を優しく撫でる。


「ンッンッ」


 ルナは撫でられて気持ちいのか声を漏らしていた。

 そんな時、ルナを家の前で撫で続けるデールとドールにダールが注意をする。


「続きは家の中でやろうね。兄さんたちも疲れてるから」


「はーい! お姉ちゃん!」

「はーい! お姉ちゃん!」


 姉の言葉を素直に聞き入れルナを撫でるのをやめたデールとドール。

 そのまま全員で家へと帰宅した。

 隣の家に住むダール三姉妹は自分の家には行かずにマサキたちの家の中へと入っていく。


「手離すぞー」

「はーい」


 マサキとネージュは家に入ると同時にゆっくりと繋いだ手を離した。

 温もりが徐々に冷めていく寂しさを味わいながらも、繋ぎ続けた指の筋肉をほぐすために握って開いてを繰り返す。


 家の中に入ると真っ先に無人販売所の商品棚が目に入る。


「今日は暇だったみたいだな……」


 商品棚の商品はまだまだ残っていた。明日の分までは足りほど残っているので仕事のことを考える事なくルナを家に迎え入れることができる。

 マサキたちは無人販売所の店内と部屋を繋ぐ通路を通り部屋へと入っていく。


「よし。ルナちゃん。ここが俺たちの家だ」


 マサキは左腕の中にいるルナを下ろそうとする。

 散々マサキから離れるのを嫌がっていたルナだったが素直にマサキから離れた。

 部屋にはマサキたちの匂いが染み付いているので安心したのだろう。大きなウサ耳を引きずりながら部屋の中を短い足でゆっくりと歩き出した。


「ンッンッ」


 部屋を探索するかのようにゆっくりと歩いては止まってを繰り返している。マサキたちの部屋に興味津々のようだ。


「かわいい〜」

「かわいい〜」


 ルナの可愛さに魅了されているデールとドール。腰を低くしながらルナの後ろをついていく。

 そんな愛くるしい様子を見ながらマサキが口を開いた。


「ルナちゃんのトイレとかエサの容器とかはどうすんの? さっきからコロコロのウンチが転がってるんだけど……」


「トイレでしたら確か倉庫の中にあったような気がしますよ」


「ウサギは飼ってないのにトイレだけは持ってるのか」


「はい。おばあちゃんが念のためにって買っておいてくれたものです。私も売った記憶が無いのでまだ残ってると思いますよ。探してきます」


「そんじゃ俺も一緒に探すよ。暗くなってきたし一人だと心細いだろ?」


「はい! 一緒に行きましょー!」


 マサキとネージュ離したばかりの手を再び繋ぎ、ウサギ用のトイレを探すため倉庫へと向かった。

 倉庫は家の外側にあり扉とは真逆の位置にある。部屋の中のキッチンがちょうど隣に位置する。そこの大樹の太い幹の部分を開けると倉庫になっているのだ。

 倉庫の中には、おばあちゃんがネージュのために残してくれた様々な道具がある。マサキが使っていたペンキや無人販売所の商品を包装する袋などもこの中にあったものだ。

 そして兎人族の森アントルメティエで竹のような茶色の木を伐採する時に活躍したノコギリもこの倉庫の中に収納されている。

 倉庫の中に入ると真っ先にマサキが口を開いた。


「久しぶりの稲妻エクレア! いや、こっちはぴょんぴょん丸の方か? 目印でも付けておくべきだった。どっちがどっちかわからん……いつかまた使う時が来るかもしれないからな。その時が来るまで眠っててくれ〜!」


 マサキは久しぶりに見たノコギリに興奮していた。今後も使う予定が無いノコギリなのでこの瞬間だけでも可愛がってあげようと思っているのである。

 マサキがノコギリと戯れている間、ネージュはウサギ用のトイレを探していた。


「やっぱり!」


 そんなネージュの鈴のような音色の声が倉庫に響いた。どうやらウサギ用のトイレを見つけたようだ。


「おっ、すぐに見つかったな!」


「はい! 見つかってよかったです!」


 ネージュが持っている茶色の箱のフタには小さな穴が無数に空いている。この無数に空いたに小さな穴に向かってウサギが糞便をする。そしてコロコロとした小さな糞や尿などが落ちていくのである。

 ウサギ専用に作られたトイレなのだ。


「あー、それがウサギ用のトイレなのか。見たことあるわー。もしかしてこれも妖精が作ったものとか?」


 マサキは箱の色が茶色いことから妖精が作ったのでは無いかと考察した。

 その考察は正しくウサギのトイレは紛れもなく大樹に住む妖精が作った代物である。


「妖精さんが作ったものですよ。匂いや汚れが一切付かずお掃除が簡単になる魔法がかかってます!」


「さ、さすがだな……この世界の全商品作ってると言っても過言じゃないな……というか魔法すげーな。掃除が楽チンじゃん!」


 妖精の魔法の凄さにマサキは驚いていた。

 見た目は日本で販売されているウサギ専用のトイレとほとんど変わらない。しかし性能は魔法の力によって段違いなのである。

 もし日本で売ったのならバカ売れすること間違いなし。それほど魔法と技術が融合した産物は画期的なのである。


「それじゃあトイレも見つかりましたし戻りましょうか」


「そうだな。ルナちゃんにトイレの仕方を教えないとだしな」


 マサキとネージュはウサギ専用のトイレを持って倉庫をから出た。

 そして家の中へと戻るのである。家の扉を開けて閉めた瞬間に二人は手を繋がなくても良くなる。

 再び寂しさを感じながらもマサキとネージュは指と指を絡ませて繋いでいる手を離す。体の一部が離れるそんな感覚に陥りながらもフリーになった手の指を自由に動かし馴染ませている。


「なんか静かだな。寝てるのか?」


「疲れてますし可能性はありますね。それにルナちゃんはもふもふですし触ってるうちに眠くなっちゃいますよ」


「だよなだよな。今日はルナちゃんを抱きしめながら寝よう」


「ずるいですよー。私もルナちゃんを抱きながら寝たいです!」


 そんな会話をしながら部屋へと繋がる短い通路を歩くマサキとネージュ。

 通路から出て部屋に戻った瞬間、二人に衝撃が走った。


 部屋に残っていたクレールとダールそしてデールとドールの四人が、口を大きく開けて唖然としていた。

 彼女らの視線は天井。大樹の木の内側の茶色の天井だ。


 マサキとネージュは視線を上げなくとも彼女らが唖然としている原因が視界に入っている。

 それは空中を大きなウサ耳をパタパタと羽ばたかせ縦横無尽、思うがままに飛んでいるルナがいるのである。


「ンッンッ! ンッンッ!」


 元気に宙を舞うその姿はイングリッシュロップイヤーのみならずウサギという草食動物には有り得ないこと。

 このように飛び回れるのはウサギの姿を借りた幻獣と呼ばれる生物だけだ。


「あ……あっ……ぁ……」


 あまりの衝撃で声が出ないネージュ。開いた口が塞がっていない。

 ネージュは衝撃の光景を目の当たりにして持ってきたウサギ用のトイレを床に落とした。

 その音がルナのウサ耳に届いた。そのまま音が鳴った方を見る。そして漆黒の瞳が全身黒ジャージの青年の姿を捉える。


「ンッ! ンッ!」


 するとルナはマサキに向かって猛スピードで飛んでゆく。


「ル、ルナちゃん! お、落ち着け! 落ち着けー!」


「ンッンッ!」


 ルナはマサキの言葉を聞くことなく、そのままマサキの顔面に激突する。


「ぬぐぅあッ! ル、ルナちゃん!」


「ンッンッ!」


 ルナはマサキの顔をよじ登った。そのまま頭の上まで登り正面を向く。そして短い後ろ足をマサキの肩に乗せてようやくルナは落ち着きを取り戻した。

 ルナは鼻をひくひくとさせて声を漏らしながらマフマフと短い前足をマサキの頭に乗せている。


「ンッンッ!」


「お、俺を探して飛び回ってたのか? いきなりいなくなったから心配したのか?」


「ンッンッ!」


 どうやらマサキを探して飛び回っていたらしい。その証拠にマサキが来た途端に飛ばなくなってしまった。

 しかし問題はそこでは無い。ウサギが飛んだということが問題なのである。


「明日は図書館に行って幻獣について調べるしかないな……」


「そ、そうですね。これでもうルナちゃんは幻獣で確定ですよ……」


「だ、だよな……」


 マサキたちは幻獣について調べるために図書館に行く予定を立てた。

 今日はもう遅いので図書館へ行くのは明日になる。


「す、すごかったんだぞー! クーたちと遊んでたら急に慌てだして……どうしたのかなって思ってたらいきなり飛んだんだぞー!」


「そ、そうッスよ! 何事かと思ったッスよ! やっぱりあの時も飛んでたんッスね。気のせいじゃなかったんッスよ!」


 驚きのあまり声が出なかったクレールとダールだったがやっと声が出たのだ。そして慌てながらマサキとネージュに向かって状況の説明をしたのである。

 それに続いてデールとドールも口を開く。


「パタパターって飛んだんだよー!」


「すごかったよー。鳥さんみたいだったよー!」


 初めて見た空飛ぶウサギにデールとドールは大興奮だった。

 一同を驚かしたウサギは何事もなかったかのようにマサキの頭の上で声を漏らし続けた。


「ンッンッ!」


「そ、そんなに飛び回ってたのか」


「ンッンッ!」


 マサキの言葉に返事をするかのようにルナは声を漏らす。


「なんか頭の上で鳴かれるとゾゾゾってするな。脳が震えてる感じっていうのかな?」


「ンッンッ」


 上機嫌のルナはマサキの頭の上で器用に前足同士を合わせて顔を洗うかのような動作を始めたのだった。

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