87 図書館

 翌朝。

 ルナを抱きながら寝ていたはずのマサキだったが朝、目が覚めるとマサキが抱いていたのは白銀色の髪の兎人族とじんぞくの美少女ネージュだった。どちらかと言えばマサキが抱き枕になっていたのだ。

 絶対に動かないと豪語していたのにも関わらずマサキは寝相の悪さからネージュの方へと無意識に移動していたのである。そのマサキを逃さないためにネージュはしっかりと抱きついている。

 二人はまるで磁石のようにお互いが引き寄せられているのである。


 マサキに抱かれていたはずのイングリッシュロップイヤーのルナはマサキの枕の上で箱座りになり寝ていた。

 その横で可愛らしい子供の寝顔でクレールは寝ていた。


「みんな起きろ〜朝だぞ〜店を営業させて図書館に行くぞ〜」


 マサキはネージュに抱き枕にされながら掠れた声で皆を起こした。

 その声で目を覚ましたネージュはマサキを強く抱きしめていることに気付くが何事もなかったかのようにマサキに抱きついている腕や足を解放する。

 そして顔を赤らめながら平然を保ち体を伸ばした。


 そんな朝を迎えたマサキたちは幻獣について調べるために兎人族の里ガルドマンジェの図書館に向かっていた。

 同行者はネージュとクレールとダールだ。もちろん話題の中心でもあるイングリッシュロップイヤーのルナも一緒だ。

 今回のルナはマサキに抱かれるのではなくマサキの頭の上にいる。マサキの頭に短い前足と大きなマフマフを乗せている。後ろ足はマサキの肩の上だ。

 昨夜、初めてマサキの頭の上に乗ったのだが、居心地が良かったのだろうか。もうそこがルナの定位置になっているのだ。


 ルナが頭の上に乗っているということでマサキの左手はフリーになっている。両手が使えない不自由さから解放されたのである。

 しかし外出中は必ずネージュと手を繋ぐ。手を繋がなければ平常心を保てずに精神崩壊してしまうからである。

 なので左手がフリーになったとしても右手はいつものようにネージュの左手と繋いでいるのだ。


 クレールは外出する際、透明スキルの効果を発動して透明になっている。悪魔が宿るという伝承がある左右非対称のウサ耳が原因だ。

 幻獣を調べるのはもちろんのことなのだが、クレールはこの伝承についても調べようと考えていた。


 ダールは堂々と歩いていた。昨夜マサキに図書館のことを任されたのでやる気に満ち溢れているのだ。

 ダールは飽きやすい性格から図書館のような場所を好まない。しかしマサキに頼まれればそんな図書館へも堂々と迎えるのである。

 そんなダールにはマサキたちは感謝している。なぜならマサキとネージュとクレールの三人だけだったら図書館の中に入るのでさえ一苦労だからだ。


 そして今回もダールの双子の妹デールとドールは同行していない。学舎があるからだ。


「ここが図書館か……」


 マサキが異世界転移してから百二十六日目。図書館に初めて訪れた。


 マサキたちは図書館の前に立っている。

 いつものマサキとネージュなら目的の施設の正面にある大樹の影にでも隠れて入り口の様子を伺いながら小刻みに震えているのだが今日の二人は違う。

 二人はダールの背中にべったりとくっついて隠れているのだ。周りの目を気にしての行動なのだが余計に目立ってしまっている。

 人間不信のマサキと恥ずかしがり屋のネージュは余計に目立っている自分たちの行動に全く気がついていない。


 マサキは図書館の横にあるこの世界の文字で書かれた看板をゆっくりと読み始めた。


「としょ……かん……って図書館の名前もそのまま図書館なのか……」


 図書館の名前はそのまま『図書館』だ。兎人族の里ガルドマンジェの特徴でもある幹が太い大樹の中に図書館があるのだ。

 その広さはマサキたちの家の三倍ほど。ただでさえ大きな大樹だが兎人族の里ガルドマンジェの中でも極めて大きな大樹だ。それほど大昔から生えていたのだろう。


「それじゃあ入るッスよ」


 ダールがマサキたちに声をかけた。

 その声がかかった途端にマサキとネージュは小刻みに震えだしてしまった。


「ガガガッガガガガッガガガッガガッガガガッガガガガガガッガガガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 震えるマサキとネージュからは返事の声はない。そんな二人に慣れたダールは歩きだす。その後ろをマサキとネージュはべったりとくっつきながらついて行った。


 図書館に入るとマサキたちの目に真っ先に映ったのは大樹の内側の壁の全てが本棚になっている迫力のある光景だった。その本棚の周りを傾斜がかった床が螺旋階段のようにぐるぐると囲んでいる。

そして螺旋階段のような床からは梯子はしごのようなものが本棚にかかっており高い段にある本が誰でも取れるようになっているのだ。

そんなどこまで続くかわからないほどの本棚が来館者を出迎える。


そして入り口の扉のすぐ横には受付が設置されていた。まず最初に受付をしなければいけないのだ。

 兎人族の里ガルドマンジェの図書館では入館料などはないものの種族問わずギルドカードを受付で提示しなければ入館を断られるのである。

 マサキとネージュそしてダールはギルドカードを持っているがクレールだけは持っていない。しかし透明のクレールには受付など必要ない。見えないのだがらそのまま入館してしまえばいいのだ。

 入館したあとは姿がバレないようにしていれば問題はないのである。

 ちなみにペットの入館は無料で入館を断るということはない。そこは日本とは違うところだ。


「ギルドカードの提示をお願いします」


 図書館の受付スタッフだ。

 兎人族とじんぞくの女性で黒髪ロングの清楚系。そして長いウサ耳とメガネが特徴的な薄顔の女性だ。

 その長い耳は、大きな声で喋っている来館者の声をすぐに聞くことができる優れたウサ耳なのである。


「アタシのギルドカードはこれッス!」


「はい。ご提示ありがとうございます。入館どうぞ」


 ダールはギルドカードを提示して図書館内に入っていった。

 それに続いてマサキとネージュもギルドカードを提示する。


「ガガガッガガガガッガガガッガガッガガガッガガガガガガッガガガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 ただギルドカードを見せるだけにも関わらず怯えてしまうマサキとネージュ。手を繋いでいることもあって受付スタッフは呆気に取られていた。


「だ、大丈夫でしょうか?」


「ガガガッガガガガッガガガッガガッガガガッガガガガガガッガガガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


「え、えーっと……ご、ご提示ありがとうございます……入館、ど、どうぞ……」


 マサキとネージュはお化け屋敷にでも入るのかというくらい怯えながらお化け屋敷とは真逆の図書館へと入館していった。


「ンッンッ!」


 何も言われることなくイングリッシュロップイヤーのルナも入館することができた。兎人族の常識では動物禁止の施設など存在しないのである。

 これで全員が図書館に入館した。あとはお目当ての絵本を探すだけ。


 図書館にいる来館者の人数は把握できない。なのでマサキたちは他の来館者がいつ姿を現すのかわからない状況に怯えながら本を探すしかないのだ

 お目当ての本を探すために本棚の本に集中しなければならないのだが、人目を気にしてしまうマサキとネージュは、他の来館者にも意識を集中しなくてはならない。なんとも不便な二人である。


怯えながら図書館を回る二人は体が小刻みに震えてしまっている。しかしまだ来館者には出会っていない。なのでそこまで体は震えていないので本探しには支障は出ないレベルの震えで止まっている。


「ダダダダ、ダール、ちょ……ちょっと待ってよ!」


 大声を出せない図書館でマサキは小声で先を歩くダールを呼ぶ。


「歩くのが速かったッスね。すみませんッス」


 ダールも小声で答えマサキとネージュの歩幅に合わせて歩き始めた。

 ダールが急足だった理由は『絵本・神話』と書かれた案内を見つけたからである。そこにお目当ての絵本などが置いてあるのだ。


 異世界の文字がある程度読めるようになったマサキでもその案内に気付いていた。

 しかし図書館という慣れない場所に対する緊張感から足取りが遅れてしまっているのである。

 ゆっくりと歩くマサキだったが突然足を止めてしまった。マサキと手を繋ぐネージュが真っ先にそのことに気付き小声で声をかける。


「マサキさんどうしたんですか? 私たちの目的の絵本はあっちですよ」


「……」


 マサキからは返事がない。

 気になったネージュはマサキの顔を覗く。何かに集中しているような顔をしている。これは慣れない文字を解読するかのように集中して読んでいる時の顔だ。


(気になる本でもあったのでしょうか?)


 マサキが何に集中しているのか気になったネージュはマサキの視線を辿る。


(マ、マサキさん!?)


 マサキの黒瞳が真剣に見つめていたのは兎人族のグラビア雑誌が大量に並んでいる雑誌コーナーの棚だった。

図書館の本棚の最初の部分には最新の本がずらりと並んでいるのである。その中の雑誌コーナーに目がいってしまっているのである。


(み、水着! こ、この世界にもグラビアとかあんのか! やっぱりそういうのはどこの世界も共通なんだな)


 水着を着ていたり肌を露出したりしていて日本のグラビアの表紙とほぼ変わらない。違いがあるとすればウサ耳やウサ尻尾が生えているくらいだ。

 そんな兎人族のグラビアにマサキは見惚れていたのである。


「マ、マサキさん! な、何見てるんですか!」


「あ、え……えーっと、こっちにもこういう雑誌があるんだなって思って……つい……なんか、気になっちゃった……」


「き、気になっちゃったって……ダ、ダメですよ。こ、こういうのは、ダ、ダメなんですよ!」


 ネージュはマサキの視線にグラビア雑誌が映らないように右手を必死に振って隠そうとする。そこまで刺激は強くないものの、ネージュはそういう類のものには慣れていないのだ。

 だから顔を赤らめ恥ずかしそうにしているのである。

 その様子を見ていたダールは、悪巧みを企むような顔付きになりマサキを誘惑するかのように口を開いた。


「兄さん。やっぱりこういうのに興味があるんッスね〜。アタシを襲うんだったら妹たちが寝た時にしてくださいッスよ〜」


「は? な、何言ってんの!? そ、そんなことしないよ! ただ俺は雑誌が気になっただけで! ってからかうなよー!」


「本当ッスか〜? 兄さんだったらアタシは大歓迎ッスよ〜。でもこの雑誌の表紙の兎人、どことなく姉さんに似てるような……こっちはアタシに似てるッスね」


 いつもの冗談でマサキをからかうダール。からかわられたマサキは顔が真っ赤になる。その反応が面白くてダールはついついからかってしまうのだ。


(た、確かにネージュとダールに似てる。よ、余計に見たくなっちまったじゃねーかよ。どうしてくれるんだ!)


 グラビアの表紙を飾っている兎人族の中にネージュとダールにそっくりな水着の美少女がいる。

 その兎人族の美少女が表紙の雑誌の中身をマサキはどうしても見たくなってしまったのだ。


(見たい見たい見たい。ページをめくってじっくりと中身を見たい。もしかしたら兎人族以外にも可愛い種族の子が載ってるかもしれない。やばいぞ……俺って兎人族と人間族しか見たことない。いや、猫人族びょうじんぞくもあるな。でも少なすぎるだろ。だからどんな種族がいるか勉強がてらにこの雑誌を見るのもいいかもしれない)


 マサキは無意識のうちに左手がグラビア雑誌の方へと伸びていった。


(というか本音を言おう。ネージュに似てる兎人めちゃくちゃ可愛い。この表紙だけでもいいから持って帰りたい。いや、でも待てよ。顔だけ見るとネージュの方が可愛いな。ってことはネージュにこの水着とこのポーズをしてもらえばいいってことじゃないか? いやいや落ち着け俺。ネージュがこんな恥ずかしいポーズするわけないだろ。だったらもうこの雑誌を手に取るしかないよな。そうだよな)


 雑誌に手が届きそうになった瞬間、ネージュの右手がマサキの左手を掴んだ。これ以上雑誌に近付くのを阻止したのだ。


 そしてネージュは黙っていなかった。いつもよりも強めの口調で口を開く。


「ダ、ダール! わ、マサキさんをからかわないでくださいよー!」


「私の!? ちょ、ちょっとやりすぎちゃったッス……姉さん許してくださいッス!」


「反省するなら許してあげますけど、もうマサキさんをからかわないでくださいよー」


「はいッス! 反省するッス! もうやらないッス!」


「はい。わかりました。許します!」


 ネージュは怒る時は怒るがいつもすぐに許してしまう優しい美少女なのだ。マサキのラッキースケベの件についても最初は怒るが謝ればすぐに許してくれるのである。

 ネージュは本当に心優しいのだ。言い方を変えればちょろいのだ。ちょろウサギなのだ。


 そんな私語をするネージュたちの声が図書館の受付スタッフの長いウサ耳に届いた。


「そこ! もう少し静かにしてください!」


 それはネージュたちの私語に対する注意だ。その注意を受けたマサキとネージュは体が再び小刻みに震え出し怯え始めてしまった。


「ガガガッガガガガッガガガッガガッガガガッガガガガガガッガガガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


「ご、ごめんなさいッス。次から気を付けるッス!」


 頭を下げて小声で謝るダール。

 このまま三人は『絵本・神話』の案内がある本棚の方へと逃げるように歩いていった。


「まだ怒ってるかな? 怒ってるよな。俺たちうるさかったもんな……絶対俺たちのことマークしてるって……最悪だ……出入り禁止になって里から追い出されるかもしれない……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 人間不信のマサキは少し注意されただけで大袈裟に考え込んでしまう。

 スタッフの視界には映らない場所にいるがネージュの震えは止まらず怯えたままだった。


「兄さん。姉さん。切り替え幻獣の本を探しましょーよ」


 ダールは注意されたことを気にする様子もなく本を探し始めた。

 そんな時、待ってましたと言わんばかりに本がぷかぷかと浮かびマサキたちの目の前で止まった。

 このようなことをできるのはクレールしかいない。クレールが先に幻獣についての本を探していたのだ。

 その本を受け取ったマサキは慣れない異世界の文字をゆっくりと読み始めた。


「しろき……えい……ゆう……」


 クレールが持ってきた本は『白き英雄』という著者アルミラージ・ウェネトの絵本だった。

 アルミラージ・ウェネト。三千年前の兎人族の神様だ。

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