88 白き英雄

 三千年前の兎人族とじんぞくの神様アルミラージ・ウェネトが原案の絵本『白き英雄』。

 この絵本の中にはウサギの幻獣が登場する。


「白き英雄はアルミラージ・ウェネトさんが著者なんですよ」


「アルミラージ・ウェネトって三千年前の兎人族の神様!?」


「しー! マサキさん声が大きいです! また怒られちゃいますよ!」


 マサキは神様が著者の絵本に衝撃を受けていた。そしてついつい大きな声で驚いてしまったのだ。

 そして左手で口を塞ぎ小声で話し始めた。


「ごめんごめん。つい驚いちゃった……」


「でも時代に沿って改変され続けているので当時の絵本の内容と少し異なると思いますよ」


「そ、そうなんだ。でもウサギの幻獣は出てくるんでしょ?」


「はい。出てきますよ。兎人族なら一度は読んだことある有名な絵本なんです」


 兎人族なら誰しも一度は読んだことがある絵本。

 恥ずかしがり屋な性格で学校にも行けてなかったネージュや親に殺されかけて家を飛び出したクレールでさえ読んだことがある絵本だ。

 その絵本のページをめくり目を通すマサキ。文字が多くてすぐに挫折する。


「意外と文字あるんだな……俺、文字読むの遅いから読んでくれる?」


「は、恥ずかしいですよ……」


「じゃあダールが読んでよ」


 恥ずかしがりネージュに無理に読んでもらう必要はない。そう思ったマサキはオレンジ色のボブヘアーの美少女ダールに読んでもらうように頼んだ。


「いいッスよ! 兄さんのためにアタシが読むッス」


 ダールがマサキから絵本を受け取ろうとした瞬間、ネージュが絵本を横から奪い取った。


「わ、私が読みます。恥ずかしいと言いましたが読まないとは言ってません」


 ネージュは無意識に絵本を奪っていた。それは先の件が関係している。

 ダールを許したはずなのに胸が締め付けられるほどのヤキモチを妬いているのだ。それほどネージュはマサキのことが好きなのである。


「一回しか読みませんよ。それに怒られないように小声で読みますから聞き逃さないようにもう少し近づいてください」


 ネージュは手を繋いでいるマサキをさらに近付け密着した。ダールのからかいのおかげもありネージュは少しだけ大胆になっている。

 そして壁側の方へと移動した。他の来館者の通路の妨げにならないように考慮したのだ。

 その時、ネージュに密着しているマサキの腕にマシュマロのように柔らかいものが当たる。


(むにゅって……ネージュのマフマフが俺の腕に当たってるんだが……これはまたラッキースケベってやつか? いや、違う……ただマフマフが大きすぎて当たっただけだ。ラッキースケベでもなんでもない。普通の密着だ。ネージュだって気にしてないしこのままにしておこう)


 マサキはネージュの柔らかいマフマフを腕に感じながら絵本に集中した。絵本に集中しなければマフマフに気がいってしまうからだ。


「それじゃあマサキさんが持っててくださいね。私が読みながらページをめくりますから」


「お、おう」


 マサキが左手で絵本を持ちネージュが右手で絵本のページをめくる作戦だ。


「じゃあアタシは後ろから覗くッス! お、おっと……ひ、引っ張られた……」


 ダールがマサキたちの後ろに回った時に背中を引っ張られるような感覚に襲われた。

 後ろを見れば誰もいない。つまり透明になったクレールがダールの背中を引っ張ったのである。

 なぜ引っ張ったのか。それはクレールも一緒に絵本が見たいからだ。

 低身長のクレールはマサキたちが持っている絵本の高さでは絵本の中身を見ることができない。なのでダールにおんぶしてもらうことによって絵本の中身を見ることができるようになるのである。


「クレールの姉さんも一緒に見るッスよ」


 ダールは透明になっているクレールをおんぶした。クレールをおんぶしたのは無人販売所イースターパーティーに盗賊団が来た時以来である。


 こうして本を読む大勢が整った。

 マサキが絵本を持ちネージュが絵本のページをめくる。その後ろでダールがクレールをおんぶしながら覗き込む。そしてマサキの頭の上には「ンッツンッ」と声を漏らしているルナが漆黒の瞳で絵本を見ている。


「それでは読みますね。白き英雄……」


 ネージュは鈴の音色のような聞き心地の良い声で絵本を読み始めた。

 その声にマサキは、おやすみ前に朗読される絵本を読み聞かされているかのような感覚に陥った。それほどネージュの声は心地良いのである。




 白き英雄

 著者:アルミラージ・ウェネト

 改変・絵:ガルドマンジェ


 白き者は全ての兎人族とじんぞくを愛しました。


 白き者はきたる大戦争に備えて強さを求めました。


 白き者は愛する兎人族を守るため無敗の強さを手に入れたのです。


 そして大戦争の時代が始まりました。


 血を流す者。


 命を落とす者。


 命を奪う者。


 激しい戦いは続きました。


 白き者は愛する兎人族を守るため邪悪な悪魔に立ち向かいました。


 無敗の強さを持つ白き者。


 誰しもが白き者の勝利を確信しました。


 しかし白き者は邪悪な悪魔にやられてしまいます。


 白き者は初めて敗北したのです。


 邪悪な悪魔が世界を呑み込もうとしました。


 その時です。


 白き者の前に幻獣を連れた黒き者が現れました。


 黒き者は白き者に勇気を与えました。


 そして黒き者と白き者は幻獣に乗って邪悪な悪魔に再び立ち向かいました。


 白き者は黒き者のおかげで邪悪な悪魔を討ち取ったのです。


 こうして大戦争は終結しました。


 戦争を終わらせた白き者は兎人族から讃えられました。


 そして白き者は白き英雄となりました。


 しかし共に戦った黒き者は英雄にはなりませんでした。


 黒き者と幻獣は大戦争が終結してすぐに姿を消したのです。


 世界に本当の平和が訪れました。




「めでたしめでたし……」


 ネージュが絵本を閉じた。

 絵本が閉じられた音が耳に残る中、マサキが口を開く。


「めでたしめでたしってこっちでも言うんだな。だったらむかしむかしも入れてほしかった……」


「兄さん良いところに気付いたッスね」


「ん? 何が?」


 ダールは真剣な表情になりながら絵本の本当の意図についての説明を始めた。


「この絵本、実は過去の出来事じゃなくて、これから起きる予言だと言われてるんッスよ。神様が書いただけあって兎人族のみんなは予言の書だと信じてるッス。だから改変されながらもずっと絵本として存在してるッスよ」


「よ、予言の書……俺はてっきり三千年前の亜人戦争のことかと思ったよ。だからむかしむかしがなかったのか……」


「そうッス!」


 ダールはこの絵本を予言の書だと言っている。横にいるネージュも頷いている事から予言の書だと言う噂は本当のようだ。


「でも三千年間戦争なんて起きてないんだろ? 神様でも予言とかできないんじゃないか?」


「それはわからないッスね。今から千年後の予言かもしれないッスからね」


 三千年間戦争など一度も起きていない平和な世界だ。小さな争いはあったとしても絵本に書かれているような大戦争は起きていない。そして起きる気配がない。

 しかし予言はいつの予言など書かれていない。千年後、二千年後の予言かもしれないのだ。


「そんでこの絵本に出てきた幻獣……ルナちゃんに似てるけど二人も背中に乗せれるほど大きくないぞ」

「ンッンッ」


 マサキは絵本の中で見た挿絵を思い出していた。

 挿絵に登場した幻獣はルナのようなイングリッシュロップイヤーだがゾウのようにデカい。そして白き者と黒き者の二人を背中に乗せながら飛んでいるのだ。

 小さな体のルナでは不可能な事である。


「もしかして日に日にデカくなるとかじゃないよな?」

「ンッンッ」


 声を漏らすルナだったが返事ではない。いつものことだ。

 なのでルナがこれから成長して絵本に出てきた幻獣のようにデカくなるかどうかはわからない。


「これだけじゃ幻獣のこと全くわからないよな……それに最後、黒き者が英雄にならなかったのも納得がいかない。なんで英雄にならなかったんだろう?」


「それは私も気になります!」


「この絵本の続きってないの?」


 どうしても続きが気になるマサキは絵本の続編がないのかを問う。


「残念ながらないッスね」


 ダールが答えた。白き英雄の続編はないのである。


「モヤモヤするなぁ……それじゃあ幻獣について書かれた絵本って他にないか?」


「これだけしか知らないッスね」


「ま、マジで?」


「マジッス! でもアタシが知らないだけで他にあるかもしれないッス。だから今から探すッスよ!」


 ダールがそう言うと背中の重みが消えた。クレールがダールの背中から降りたのである。


「そうだなこれだけじゃなんもわからないし幻獣について書かれてる本探すか」


 マサキたちは幻獣についての本を探し始めた。


 手を繋いでいるマサキとネージュは人目を気にながら本を探す。その後ろを透明のクレールがついて行く。

 低身長のクレールは本棚に梯子はしごがかかっているおかげで上の段の本も探すことができる。クレールは小刻みに震えているマサキとネージュに変わって見落としがないように丁寧に探していた。

 そもそも手を繋いでいる時点でマサキとネージュは梯子に登ことが不可能だ。

 そしてオレンジ色のボブヘアーのダールは来た道を戻り図書館のスタッフのところへと向かった。幻獣についての本が他にないか調べてもらうためだ。これが一番手っ取り早く正確に本を探せる方法だ。


 こうしてマサキたちは、一時間ほどかけて図書館を回った。文字通り螺旋階段のような床を歩き回ったのである。

 頂上に着いたとはいえここはゴールではない。折り返し地点だ。なぜなら螺旋状に進んでいくと片側しか本棚を見ることができないからだ。なのでマサキとネージュは図書館の半分の本棚しか目をつけていないのである。

 そして半分の本棚を見た結果、幻獣について書かれていそうな本は『白き英雄』以外一冊も見つけることができなかった。


「やっと行き止まり。頂上だけど折り返し地点なんだよな……疲れた……もう無理」


「幻獣について書かれていそうな本は見つかりませんでしたね。もう足がパンパンです」


「ってかこれだけ本があるのに幻獣についての本があの絵本しかないってマジかよ……」


「幻獣と呼ばれるくらいですからね。珍しすぎるんですよ。でもあと半分ですよ。頑張りましょう」


「ここまで来たらやるしかないよな……エレベーターが欲しい……」


「エレベエタア?」


 マサキは図書館の頂上でため息をこぼして疲れ切っていた。


「ンッンッ」


 そんなマサキを励ますかのように声を漏らすルナ。マサキは左手で頭の上にいるルナの背中を撫でた。


「残りの半分頑張るか……」


「はい。行きましょう」


 マサキとネージュは休むことなく図書館の螺旋階段のような床を下る。反対側の本棚を見ながら下っていくのである。

 その時、マサキは一冊の本に目が止まった。


(奴隷解放の英雄? この世界に奴隷って居るのか!? 知らなかった……というか怖っ! まあ、異世界ならそういうのあってもおかしくないか。いや待てよ。奴隷解放ってことは、もうこの世界には奴隷がいないってことかな? 多分そうだよな。良かった。いつものネガティブ思考から奴隷にされる未来が視えかけてたからな。ははは……って笑い事じゃないよな)


奴隷解放の英雄という本をその瞳に映しながら、一安心するマサキ。

そんなマサキの瞳にさらにもう一冊の本が映る。


(異世界担々麺? へぇー、この世界にも担々麺ってあるのか。著者は……ランセ・ムートン? やっぱり日本人じゃないよな。ちょっと期待した自分がいたわ。って、そんなことよりも幻獣の本! 真面目に探さないと!)


「ん? どうしたんですか? 何か気になる本でもありましたか?」


 ネージュは、視線を一点に集中させていたマサキが気になり声をかけたのである。


「いや。なんでもないよ。幻獣には関係なかった」


「ンッンッ!」


 マサキは頭の上にいるルナを撫でながら、止めていた足を動かし始めた。それに合わせてネージュも歩き出すのである。

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