31 最終準備

 二人にとって最も重要なのは無人販売所で販売する商品だ。

 一文無しのマサキと貧乏兎のネージュの二人は食材を仕入れることすらできない。そのせいで商物などは置けず、自慢の料理を提供するしか方法はない。

 お金がない二人は幸いにも無償でニンジンを収穫する術を知っている。なのでお金がないうちは兎人族の森アントルメティエで採れたニンジンを調理し稼ぐしかなかった。


 二人は賞味期限などを考慮してオープン日の二日前から大量調理することになった。


 今回ネージュが提供するのは得意料理の一つニンジングラッセだ。ネージュが作るニンジングラッセは居酒屋で働いていたマサキが太鼓判を押すほどの絶品。

 その味を一度知ってしまえば誰もがもう一度食べたくなるほどの美味。リピーターができること間違い無しの逸品だ。

 そう考えるとネージュのニンジン料理は無人販売所にピッタリな商品かもしれない。


 そして今回調理をするのはネージュだけではない。黒髪黒色ジャージ男のマサキもだ。

 調理するのはパンの耳を使った菓子パンのラスクだ。

 ポスティングの際、パン屋の前を通ったときに無料でパンの耳が提供されていることに気が付いた。その無料のパンの耳を持ち帰ってラスクを調理しようと考えたのだ。


「パンの耳の料理って言ったらラスクしか思いつかない。ラスクが売れるかどうかはわからないけど、商品が増えるのはありがたいな」


 オーブンレンジなどの便利な家電製品は家には無い。なので雪平鍋で炒めて作るしか調理方法はなかった。


「バターをちょっとだけ使って炒める。そんでパンの耳がカリッとしてきたら最後に砂糖をまぶして試作品の完成だな」


 マサキは知っている知識をフル活用してシュガーラスクを完成させた。


「どれどれ味見っと……」


 何もこだわらずに調理した

 どちらかといえばバターを節約している使っている妥協点があるのでただのシュガーラスクというよりは不完全シュガーラスクとでも言うできだろう。


「……う、う、美味い。バターの量足りないと思ってたけどそんなことなかった。めちゃくちゃ美味い。俺の知ってる限りじゃ一番美味いシュガーラスクなんじゃねーか? これいけるぞ!」


 大絶賛するマサキ。不完全ながらも美味しいシュガーラスクを作ることに成功したのだ。


「マサキさん。なにぶつぶつ言ってるんですか?」


「おっ、いいところに来てくれた。ちょっとこれ食べてみてよ。初めて作った割に良い出来だからさ……」


「どれどれ〜。いただきますね」


 ネージュは細くて長い綺麗な指でマサキが作ったシュガーラスクを一本取った。そして薄桃色のぷるんとした唇を開き口の中へと運ぶ。

 ネージュの口の中で咀嚼されるラスクたちはサクサクと音を鳴らしている。その音だけで美味しさが十分に伝わってくるほどのいい音だ。

 あとは味見をしているネージュの感想を待つのみ。


「ん〜、なるほどなるほど。なるほどですね」


 ネージュはもぐもぐと口を動かしながらマサキのラスクを味わう。

 なかなか感想言わないネージュを見てマサキの顔は緊張でこわばる。


 マサキは居酒屋で働いていた時代、何かと「不味い」「下手くそ」「ゴミ」などと暴言を吐かれることが多かった。それも迷惑な酔っ払いだけでなく職場の先輩からもだ。

 練習として作った料理にはいつもダメ出しを受けていた。それもただマサキをいじめるためだけのダメ出しだ。

 だからマサキは自分の作った料理の感想を直接聞くことに対して少しだけ抵抗もあり恐怖心もあった。けれど味の感想をネージュに聞いてみたかったのだ。


「サックサクで甘くて美味しいですよ。久しぶりのお菓子……感動さえ覚えるほどの美味しさ! これはやみつきになりますね。美味しいです!あ、もう一本いいですか?」


「そんなに喜んでもらえるとは思ってなかった。あ、もう一本どうぞ。いやー、でも本当に良かったよ。誰かに食べてもらって直接目の前で味の感想聞くのめっちゃ緊張したわ」


 天使のような明るい笑顔と共に絶賛の嵐のネージュ。

 こわばっていたマサキの顔が緩みホッとした表情へと変わった。


「俺が今まで食べたラスクの中でも断トツに美味しいって感じたのって、火竜の鱗から出た炎とか、妖精が作った袋に包まれた砂糖とかのおかげなんだろうな……」


 マサキは異世界の便利道具の『魔道具』に感動していた。


「そんで俺のスキル『塩砂糖スキル』の効果が本当に発動するのかやってみたけどスキルの凄さも理解したよ。目を瞑っても砂糖と塩を間違えなかった。何度やっても一回も間違えなかった。スキルも魔道具もすごい」


「これで目を瞑って料理しても安心して砂糖と塩間違えませんね」


「そうだな。想像以上に心に余裕ができてるのがなんか嫌なんだが…………っていうか目を瞑りながら料理なんて普通しないじゃんか。やっぱり役立たないスキルだわ……」


 マサキは塩と砂糖を間違わない『塩砂糖スキル』にぶつぶつと文句を言っていた。

 そんなマサキの様子に「ふふっ」と笑いながら次々にシュガーラスクを食べていくネージュ。口をもぐもぐさせながら夢中で食べ続けていた。


「この際だからシュガーラスクの他にカレーラスク、メイプルラスク、ガーリックラスク、シナモンラスク、調味料がある限りありとあらゆるラスクを作ってやるぜ! 楽しくなってきた!」


 あらゆる味のラスクに挑戦しようとマサキは燃えていた。

 その横でラスクを食べ続けるネージュ。いつの間にか試作品として作ったシュガーラスクは全てネージュの胃の中へと入っていった。


「ところでネージュ……俺の試作品のシュガーラスクがもう無いんだが?」


「ほ、ほんとうですね。い、いつの間に……ど、どこにいったんですかね。あははは……」


 砂糖がついた唇をペロリと妖艶に舐めるネージュ。シュガーラスクがあった浅皿が空っぽになっていることに対しては惚けた顔と下手くそな口笛を吹いて誤魔化している。


(いや、お前が食べたんだろって言いたいけど、こんなにも夢中になって食べたってことは本当に美味しいってことだもんな。それに可愛いし許してあげよう。ネージュの子供みたいなところも見れて俺は満足。もっと食べさせてあげたいが、この調子であげたら全部食われそうで怖い……提供する商品がなくなっちゃうからな……)


 ネージュはおばあちゃんが亡くなってから過酷な貧乏生活を送っていたことをマサキは知っている。否、送っていたのでは無い。今も貧乏生活は続いている。

 だからこそシュガーラスクをもっと食べさせてあげたいという気持ちはあったが、そうしてしまうと商品として提供する分が無くなってしまうとマサキは思った。

 なので今後作る様々なラスクの試食は一本、気持ちもう一本の合計二本だけにしようとマサキは心の中で決めたのだった。


「見たところカレー粉っぽいのは無いけどスパイスみたいなのはたくさんあるからカレーラスクは作れそうだな。それにカレー粉があったとしても味付けの決め手は塩だからな。なんとかなるだろう」


 ぶつぶつとカレーラスクについて独り言を言いながら計画を立てるマサキ。

 そんなマサキの小声をネージュは聞き取った。


「か、完成したら味見させてくださいね。その『カレーラスクもどき』というものを!」


「いつもは色々と聞き逃すくせに、こういう時はしっかりと聞き取れるんだな」


「はい。バッチリ聞こえてますよ。兎人族ですから」


「いや、垂れたウサ耳は聞き取りづらいとかなんとかって言ってなかったか?」


「言いましたが今はバッチリと聞こえたんですよー」


「なんとも都合の良いウサ耳なんだ……」


 ネージュは青く澄んだ瞳コバルトブルーの海のようにキラキラと輝かせながらマサキが作るカレーラスクを心待ちにしている。

 そんなキラキラと瞳を輝かせる美少女を見ながらため息を吐くマサキ。そのため息とともに何かを閃き再びぶつぶつと喋り出した。


「処分する予定のパンの耳が美味しいならニンジンの皮もいけるんじゃないか。魔道具や調味料があればいけるかもしれない。なぁ、ネージュ。ニンジングラッセ作る時、ニンジンの皮をめちゃくちゃ薄く剥いてるじゃん? あれもう少し太めで剥くことできる? 一本分だけでいいから試したいことがあるんだよね」


「いいですけど、ラスクの他に何か作るんですか?」


「う〜ん、これは秘密にしておこう。試作品が美味しかったら教えるよ。あっ、それとニンジンの皮の太さはパンの耳よりも少し薄い感じでいいからね」


「皮の太さはわかりましたが……何を作るのか教えてくれないのはずるいですよ。秘密ってずるいです。私たちの仲なのに秘密だなんて……き、気になって夜も寝れませんよ」


「寝る前には作るから大丈夫。それにネージュには寝てもらわなきゃ体調を……おっとフラグめいた言葉を言うところだったぜ」


「なにをぶつぶつと言ってるんですか? 絶対に寝るまでには教えてくださいよ」


「約束するよ。そんじゃ作業再開しようぜ」


 こうして無人販売所で提供する商品を調理するため二人はそれぞれ作業を再開したのであった。


 マサキは多種多彩なラスク作り。そして先ほど閃いたニンジンの皮料理。

 雪平鍋はネージュが使用するためマサキは大型のアルミ鍋を使用する。ラスクのように全体に均等に火を通す料理ならば大型のアルミ鍋の方が効率よく作ることができる。

 パンの耳をサクサクとした食感にした後にサクサクのパンの耳を分けて様々な味付けをすれば調理時間の短縮にもなる。


 ネージュはニンジングラッセ作りを再開する。

 余ったニンジンの葉は調理せずにそのまま提供するため丁寧に洗い水滴を乾かす。そしてマサキに渡す。


 そんな二人は無人販売所がオープンする直前まで作業を進めた。作業のメインは主に調理だが、容器や袋に移す作業も重要である。

 幸いにも家には容器や袋などが大量にあった。なぜ大量にあったのかは亡くなったネージュのおばあちゃんに聞かないとわからない。

 もし容器や袋の数が足りなくなってもレーヴィルの道具屋にいくつか置いてあることを二人は知っていた。なので問題はない。道具屋というよりはバラエティショップに近い道具店だとマサキたちは最近気付いたのである。


 他に問題があるとすれば金銭問題だけだろう。商品を提供するための袋や容器が買えなければそもそも商売ができない。

 だからネージュの亡くなったおばあちゃんが大量に容器や袋を持っていたことには奇跡のような出来事なのである。


 二人はオープン日に間に合わせるためこの二日間は大量調理に集中していた。

 この二日間の食事は、調理した試作品を食べたり失敗したものや提供できないものなどを食べたりして空腹を紛らわせていた。

 それだけでも貧乏生活を続けていた二人の腹は十分に満たされる。


 途中で時間が足りないことに気付いた二人は睡眠時間を削る。三十分ほどの仮眠を取り何時間も調理して、再び三十分間の仮眠。それを三回。睡眠が取れない二人の体には相当な負担がかかった。

 しかしドレナリンが大量分泌していたのだろうか。そんな二日間でも二人は疲れた様子も見せずに楽しく最終準備を行うことができた。

 マサキとネージュの二人だからこそ楽しくやっていたのかもしれない。


 そんな体を張った最終準備の二日間を二人は無事に乗り越えることができた。

 そして無人販売所イースターパーティーのオープン日がついにやってきた。念願のオープン日だ。

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