30 宣伝チラシ

 次のステップは宣伝用のチラシを作ること。

 ただでさえ兎人族の里ガルドマンジェの中心から離れて人気ひとけのない場所だ。宣伝しなければ客はおろか魔獣すら近付かないかもしれない。なので宣伝は重要なのである。


 生活のためにほとんどの物を売ってしまった家だが幸いにも紙とペンなどの文房具類は大量にあった。

 もちろんのことだが印刷機のような優れた電化製品はこの家にはない。なので二人は何十枚も手書きで宣伝のチラシを書くしかないのだ。

 まずは一枚目を二人で相談し合いながらネージュが書く。


「店名と住所と営業時間、それにオープン日。あとはワンコイン五百ラビってことと地図みたいなのもほしいかな。あとは……ご来店お待ちしております。てきな一言かな」


「無人販売所ってことも書きましょうよ。説明がないと何屋さんなのかよくわからないと思いますよ」


「それもそうだな。結構書くこと多いけど、まあやるしかないか。妥協したくないしな」


 ネージュが一枚目の宣伝チラシを書いているところを後ろでじっと見守るマサキ。


「こんな感じでどうでしょうか。店名、住所と地図、オープン日と営業時間、ワンコイン、無人販売所について軽く説明……という感じです」


 ネージュは全ての要望に答えて宣伝チラシをしっかりと書くことができた。


「うぉ、流石ネージュだ。綺麗な文字ってのだけは文字が読めない俺でもわかる」


「ほ、褒めすぎですよ。では、この紙渡しますので真似して書いてくださいね」


「おっす!」


 この世界の文字が書けないマサキは、完成した一枚目の宣伝チラシを真似して別の紙に書き写していく。

 地道な作業になるがお金がない二人はこれしか方法がない。

 人と接することが得意であれば話術だけでも十分な宣伝効果があるだろう。しかしそれができない二人は宣伝のチラシをひたすら書くしかないのだ。


「ところで里の全員の家に配るとしたらどのくらい書けばいいんだ?」


「んー、そうですね。兎人族の里ガルドマンジェに住む兎人族とじんぞく全員のお家とお店の郵便受けに入れるんでしたら二百くらい必要ですかね」


「に、二百か。田舎だと思ってたけど結構いるもんだな。でも頑張って書くしかないか。宣伝大事だしな」


「はい。頑張りましょう!」


 二人はそれから休むことなく無人販売所の宣伝チラシを書き続けた。

 途中で食事をはさむことなく集中する二人。気が付けば辺りは暗くなり日が変わっていた。


 文字をスラスラと書けるネージュは一日で七十枚。文字を写しながら書くマサキは三十枚。合計百枚書くことができた。


「もう腕がパンパンです」


「マジで今日一日がんばった。お疲れ」


 マサキはニッコリと笑顔を見せながらネージュの頭を優しく撫でた。白銀色の髪と垂れたウサ耳を交互にゆっくりと優しく撫で続ける。

 大胆な行動を平気でするようになったマサキ。これは慣れでもあるが信頼の証でもある


「ちょ、なでなでって、こ、子供じゃないんですから……」


「あっ、ごめん……つい撫でてしまった。嫌だったか?」


「嫌ではありませんよ。でもどんな反応していいかわからないです。恥ずかしい……」


 顔を赤らめ体をもじもじと照れている様子のネージュ。その照れている様子があまりにも可愛くてマサキは撫でるのをやめなかった。


「なんかいいな。動物を撫でてるみたい……可愛いな」


「な、何言ってるんですか。は、恥ずかしい……またそうやってすぐに変なこと言うんですから。もう撫でるの終わりにしてください。恥ずかしいです」


「じゃあじゃあついでに一つだけいい?」


「な、なんですか?」


「その……えーっとね、変な意味じゃないんだ……その、あの〜」


 今度はマサキがもじもじとする。

 マサキも撫でてもらいたいのだろうか。そんなことを想像したネージュはマサキの頭に向かって手を伸ばそうとした。しかしそれは見当違いな想像だった。


「あの〜、その、垂れてるネージュのウサ耳を……」


「耳を……?」


「……立たせたい」


「えぇええ!?」


 何を言い出すかと思えばマサキはネージュの垂れたウサ耳を立たせたいと言ったのだ。

 ロップイヤーのように垂れたウサ耳を見たら人間誰しも立たせたくなるだろう。逆に立っている耳ならば耳を折りたくなるだろう。それが人のさがというものだ。

 もじもじしていたマサキはうずうずとネージュのウサ耳を立たせたくてたまらずにいたのだ。


「もっと恥ずかしいこと要求してきましたね。絶対ダメですよ」


「えぇ、な、なんで? 一回だけでいいからお願い。ネージュのウサ耳を立たせたい。頑張ったご褒美として……お、お願い」


「ダメです。だって耳立たせたらすぐに……その……耳の……あ、穴ですよ。恥ずかしいじゃないですか!」


「でもミエルさんとかレーヴィルさんとかは耳立ってて耳の中見えてるじゃん」


「それはそういう兎人族だからですよ。私みたいに垂れ耳の兎人族は耳の穴を見られるのが恥ずかしいんですよ。裸を見られるくらい恥ずかしいです。だからダメです」


 元から耳が立っている兎人族は耳の穴を見られても恥ずかしいとは思わない。むしろ何も感じない。しかし垂れ耳の兎人族は耳の穴を見られるのが非常に恥ずかしい行為なのだ。

 それは裸を見られるような恥ずかしさ。むしろそれ以上に恥ずかしいのかもしれない。

 さらに重度の恥ずかしがり屋のネージュだ。耳を立たせてくれるはずがない。


「まあしょうがないか。ちょっと残念。いや、すごく残念」


「そんなことよりも早く宣伝のチラシを配りに行きましょう」


「そうだね。行こうか……」


 落ち込むマサキに向かって左手を伸ばすネージュ。その差し伸ばされた雪のように白くて綺麗な左手をマサキは、宣伝チラシを書き続けた筋肉痛が残る右手で握った。

 すると魔法でもかかったのかと思うくらい右手の筋肉痛が和らぐ。そして垂れたウサ耳を立たせられなくて落ち込んでいた気持ちも徐々に晴れていった。


 このまま二人は休むことなく里中の郵便受けにポスティングをするために家を飛び出す。

 寝静まった深夜なら人気ひとけが少ない。むしろ誰も歩いていないだろう。周りを気にしてしまう二人にとっては活動しやすい時間帯だ。


「里の兎人族、全員に認知してもらうくらいじゃなきゃ三食昼寝付きのスローライフなんて夢のまた夢だっ!」


「頑張りましょう。今日配れなかった分の郵便受けがどのくらいあるか数えれば残り何枚書けばいいかわかりますからね」


「おう! 頑張るぞ!」


 二人は無人販売所を成功させるために全力で宣伝をする。そうでなければ一週間という短い期間での宣伝効果が十分に発揮しない。


 ポスティングに関しては作業効率は非常に悪かった。なぜなら二人は手を繋いでいるからだ。

 手分けしたほうが作業効率はぐーんと上がるのだが、ポスティングしている際、繋いだ手は一度も離さない。話せないのだ。

 人気ひとけが少なく暗い深夜でも絶対に手を離すことはなかった。


 二人は太陽の光が昇る前に宣伝チラシ百枚のうち九十七枚のポスティングを終わらせることができた。ポスティングしていない三枚のうち一枚はマサキが文字を写す用に使うため家に置いたままだ。

 そして残りの二枚のうち一枚は、が添えられてレーヴィルの道具屋のボロボロの郵便受けに入れられた。


「レーヴィルさんの道具屋にはお世話になったからな。サービス券も付けてあげよう」


 宣伝チラシに添えてあったのはサービス券だ。お世話になったレーヴィルには感謝音気持ちも込めて特別に『二個無料のサービス券』を添えたのである。


 そして最後の一枚は、これからへ持っていくため大事にポケットにしまった。


「それじゃ最後の一枚を置きに行くか。たまたま会えたら直接渡したいけどね」


「そうですね。行きましょう。兎人族の洞窟ロティスールへ」


 二人が向かったのは兎人族の洞窟ロティスールだ。そこは二人がお世話になった人物が訪れる場所だ。

 その人物はノコギリを作るために必要な鉱石を二人の代わりに採ってきてくれた兎人族の元気なおばあちゃんのロシュ・ミネラルだ。

 ロシュのおかげでノコギリを作ることができたと言っても過言ではないほどの大恩人。その大恩人にも無人販売所に来てもらいたいと二人は思っているのだ。


 二人は仲良く手を繋ぎながら兎人族の洞窟ロティスールに到着した。しかしロシュに会うことはなかった。

 もしかしたら洞窟の中にいるかもしれないが二人は洞窟の中へは入ることができない。


「洞窟の中にいる可能性あるけどまたあの蜘蛛に遭遇すると思うと怖くて入れない……洞窟の入り口に置いとけば気付いてくれるよな」


「はい。きっと気付いてくれると思いますよ」


 マサキはポケットからロシュに渡す宣伝チラシを取り出した。そしてサービス券を添えて洞窟の入り口に置いた。

 サービス券はレーヴィルに渡したものと同じ二個無料のサービス券だ。

 飛ばされないように宣伝チラシの上には大きな石が置かれる。


 二人は宣伝チラシをロシュが拾ってくれることを信じて洞窟に背を向けて家へと向かった。


「さっきまでお腹空いてなかったのにやることが終わった瞬間に腹がめっちゃ減った……」


 二人は仲良く腹を鳴らしていた。しかも同時だ。お腹の虫までも気が合うようだ。


「私もですよ。しっかり食べなきゃオープン日当日に風邪でも引いちゃうかもしれませんね」


「ダメそれ。言ったらフラグになる」


「……フラグ?」


 当日風邪を引いてしまうようなフラグじみた言葉を言ったネージュだったがフラグの意味を知らずに可愛らしく小首を傾げている。

 そんな風邪を引いてしまうフラグを起こさないためにもマサキは話題を変えた。


「残りの宣伝チラシは、だいたい七十枚くらいで良さそうだよね」


「そうですね。二百枚も必要なかったですね。腕がパンパンなので書く量が少しでも減ってよかったです」


 兎人族の里ガルドマンジェで宣伝チラシを配り終えたあとに配れていなかった数を二人は数えていたのだ。その数、七十。

 ネージュの予想していた二百枚からは少しだけ減ったが、その分、宣伝チラシを作る作業が減り他の作業ができるようになる。


「飯食って休んでからまた宣伝チラシを書こうか」


「そうですね。しっかり休まないと当日風邪を……」


「だからそれフラグだって」


「……フラグ?」


 そんな会話をする二人。疲れを感じさせないほど繋いだ二人の手はいつもよりも楽しそうにブンブンと揺れていた。

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