28 おでことおでこ
再び慌てだしてたネージュにマサキは優しく声をかける。
「ネージュ大丈夫か?」
「だだだだだだだだだだだだ大丈夫です! 大丈夫です! お、終わりましたね!」
「そうだな。やっと終わったな。お疲れネージュ」
「おおおおおおおおおおおおお疲れ様でふッ!」
慌て過ぎてネージュは噛んでしまった。
「そんでだな。この体勢のままだと周りからの視線が辛すぎるから……その……左手……左手を出してくれ」
「えっ!? ひ、左手って、も、もう、ゆゆゆゆゆゆ指輪ですか!? ま、まだ返事もしてないのに、はははは早いですよ! いつ指輪なんて買ったんですか!?」
「は? 指輪? さっきから何言ってんの? 早く左手出してよ。もうこの体勢耐えられんのよ。手を繋がせてくれ……」
「あっ、は、はい。て、手を繋ぐんですね。そ、そうですよね。ま、まずは手を繋いで、おおお、落ち着きます」
ネージュの右手の甲に添えているマサキの右手。そのマサキの右手に向かって寂しそうにしていたネージュの左手が近付く。
そのままマサキの右手は近付いてきたネージュの左手を繋ぐ。指と指が相手を求めているかのように絡まり、いつものよう、否、いつも以上に熱く恋人繋ぎをした。
その瞬間、ネージュの顔がポッっと赤くなる。
「そんじゃ周りの視線が本当に痛すぎるからここから立ち去るぞ。もう俺たちのやることは済んだからな」
「ま、周りの視線ですか……?」
振り向こうとするネージュの顎を掴み振り向かせるのをマサキが必死に阻止した。
もしも振り向いてしまったら例え手を繋いでいたとしても視線に耐えられずにネージュが壊れてしまう可能性があるからだ。
「こ、こんなところで……か、顔もち、近い、もしかして誓いのキキキキキキキキキキ、キス!?」
ひそひそ話で会話をしているせいで顔が近い。
そしてマサキの告白じみた言葉のせいで何かとネージュは勘違いを繰り返していたのだった。
「お、落ち着けネージュ。慌てる気持ちはよくわかる。周りの視線なんて直視したら死ぬかもしれないもんな。で、でも俺たちのやるべきことはもう済んだんだ。あとは帰るだけ。だから絶対に振り向かないほうがいい。無駄な精神的ダメージを負う必要はないんだ。だから帰るぞ!」
公共の場で人間族の青年が
冷たい視線を送る者や羨ましいと妬む視線を送る者、微笑ましく思い温かい視線を送る者、マサキとネージュの背後には様々な視線が集中していた。
ただでさえ、『いつも手を繋いでいるカップル』という噂が
「いいか。このまま一気に走るぞ。出口に向かって一直線だ!」
「は、はい!」
ひそひそと会話をする二人は冒険者ギルドの木製の扉を一点に見つめた。そこが出口だ。
出口を見た後、二人は視線をパートナーの目に移し頷く。黒瞳と青く澄んだ瞳が交差する。
そして二人は頷いた。心の準備ができた合図だ。そのまま立ち上がり出口に向かってこの場から逃げるように走った。
二人は無事に冒険者ギルドを出ることに成功した。
「はぁ〜、お幸せに〜。はぁ〜」
嵐のように去っていった二人の背中に向かってミエルが言った。当然ながらその声は届いていない。
しかしため息ばかりのミエルだが
ミエルも乙女だ。少しだけ目の下のクマが薄くなったようにも見える。
冒険者ギルドの出口を飛び出した二人は一直線に走りいつも隠れている正面の大樹の裏に向かった。そして二人は身を潜め呼吸を整え始めた。
「はぁ……はぁ……申請できた。よ、よかった、はぁ……はぁ……もしもダメだったらなんて考えすぎたかもな。意外と簡単にできたし。はぁ……はぁ……本当にお疲れ。ふー」
「マサキさんの、はぁ……はぁ……おかげで、綺麗な字で書けましたよ。はぁ……はぁ……そ、それとさっきの返事なんですが……はぁ……そのさっきの返事なんですが……」
勘違いが大きく膨らんでいるネージュ。どんどん顔が赤くなる。そして顔が赤くなるにつれて声が小さくなっていった。
「どうしたんだネージュ。顔真っ赤だぞ。それに返事? ってなんだ? 確か営業許可証が届くのは一週間くらいって言ってたよな。それまでは食材集めとかするか。あとは夜中とかに郵便受けに宣伝の紙を入れまくろうぜ」
「あ、え、あっ、そ、そうですね、そ、そうですね……」
マサキのいつも通りの態度を不思議に思い挙動不審にくねくねと動き出すネージュ。
(あんなにストレートに好きって言った後なのに、何でこんなにいつも通りに接してくるんでしょうか。普通マサキさんの方が恥ずかしいはずですよね。だってあんなにストレートに……お、思い出すだけでも、は、恥ずかしいです)
「ど、どうしたネージュ? 今度はボーッとしちゃって……大丈夫か? 顔もさっきまで赤かったし熱でもあんのか? それか。こないだみたいに過呼吸とか……」
マサキはネージュの熱を確かめるためにおでこを近付けた。そのままおでことおでこがくっついた。
本来なら手で確認すればいいのだがマサキの右手はネージュの左手をと手を繋いでいて忙しい。
そしてマサキの左手も大樹に寄りかかって重心を支えているので忙しいのだ。なのでおでこが先に出てしまった。
「マママママママママサキさん、ななななな、何やってるんですか!? いきなり顔を近付けてキキキキキキキキキキキキスされるのかと思いましたよ」
「なんでこの状況でキスなんだよ。意味わからんだろ…………って、あっ、ごめんごめん。これはいつものラッキースケベとかとは違うからな。歴とした熱の確認方法で、俺がいた日本ってところはおでことおでこを合わせて熱とか確かめたりするんだよ。ほ、ほんとうだからな?」
いつものラッキースケベと勘違いされてしまったのではないかと思い慌てるマサキ。付けていたおでこを慌てて離した。
そして誤解を解くために必死になっていた。
「わ、わかりましたから、お、落ち着いてください。だ、大丈夫ですから」
「お、怒らないの?」
「怒りませんよ。全然いつものと違うじゃないですか。いつもは私のマフマフを……触ったり……揉んだり……」
「ご、ごめん……」
「それに
「へー、そうなんだ。カルチャーショックだな。やっぱり文化の違いは多いな。気をつけるよ……ってまた顔赤くなってるぞ」
文化の違いに感心しているマサキ。その正面でネージュはタイミングの良すぎるおでこのやりとりで再び告白のことを思い出してしまい顔を赤らめていた。
しかし先ほどからの違和感も感じている。なぜマサキはいつも通りなのか。それを確かめる価値は十分にあった。
「あ、あのー、そのー、さ、さっきの……そのー」
「ん? どうした? さっきって? ネージュさっきからおかしいぞ」
「申請書を書く前の……その、えーっと、あの、言ったじゃないですか……」
「申請書を書く前?」
なんのことかさっぱりわかってない様子で小首を傾げるマサキ。
ネージュは恥ずかしがりながらも必死に伝えようとしている。
「マサキさんがその、いろいろ言ってくれて……それで手の震えが止まって、そ、その時の……その言葉って……」
「あぁ、ごめん俺なんて言ったっけ? あの後、後ろから抱きついてるみたいな体勢になっていろいろとパニックになって全然覚えてないわ。てか、また俺、変なこと言ってた?」
焦りだすマサキ。本当に何を言ったのか覚えてない様子だ。
「むー。も、もういいです。やっぱりマサキさんはマサキさんですね」
「何それ。てかなんで怒ってんの? やっぱり変なこと言ってたのか。ご、ごめん……」
「そーですね。
告白のような言葉を覚えていないマサキに頬を膨らませてムスッとするネージュ。
マサキはそんなネージュの表情に反省した様子で口を開く。
「マジでごめん。あん時は一生懸命なネージュが、その……」
「……なんですか?」
「なんていうか……昔の俺と重なって見えて……だから応援というか励ますというか……心の底から気持ちを伝えたくなっちゃって…………いろいろと
マサキはネージュを怒らせてしまったのだと感じ正直に謝罪をする。
ネージュの前だといつも正直なマサキ。人間不信とは思えないほど取り繕うことなく心から謝っている。
しかしマサキは不安に心が支配されそうになっている。
なぜなら頑張ってるネージュが過去の自分と重なって見えたからだ。ネージュに対してなら酷い言葉も傷付けるような言葉も絶対に言わないだろう。しかし自分自身に対してはどうだろうか。
自分自身に対してなら残酷で無慈悲な言葉をかけるかもしれない。だから過去の自分と重なって見えてしまったネージュに言ってしまったのではないかとマサキは思ったのだ。
「一つだけ確認いいですか?」
「な、なんでもどうぞ……」
「本心……本音だったんですよね」
「あ、はい、そうです……酷いこと言ってしまったのなら本当にごめん。申し訳ございませんでした。これからは二度とこのような……」
「うふふっ」
マサキの謝罪の最中に笑い出すネージュ。その表情は先ほどまで頬を膨らませムスッとしていた美少女には見えないほどの笑顔。雪の溶かす太陽のような満面の笑みだ。
「ん? え? どうしたの? 今度はご機嫌な様子で……」
「なんでもないです。聞きたいことが聞けたので満足です」
「え? そ、そうか……それならよかった」
「だからもう謝らないでくださいね。それに謝る必要はありませんよ」
鼻歌を歌いながら上機嫌な様子のネージュ。マサキと手を繋いでいる左手も犬が喜んでいるかのように尻尾をブンブンと振っている。
恥ずかしがったり照れたり怒ったり喜んだり情緒不安定に見えるが最終的に行き着いた情緒が喜びだったのでマサキはほっと一息ついた。
「なんかよくわかんないけど上機嫌になってくれてよかったよ」
「はい。心がぴょんぴょんします。申請書も書けましたし、いい事も聞けたので今日は豪華にご馳走にしましょう。マサキさんの大好きなニンジングラッセを作りますね」
「おっ。マジで? ネージュのニンジングラッセめちゃくちゃ美味いからな。嬉しい」
二人は立ち上がり歩き出した。心弾ませながら家へと向かっていく。
誰も見ていないところでは慣れないスキップを踏むほど二人の心は踊っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます