26 営業許可証を申請しよう

 マサキとネージュは無人販売所の内装、外装そして看板を完成させた。二人でできることは全てやったつもりだ。

 あとは営業許可証やその他もろもろの申請さえすれば無人販売所を営業することができる。


 二人は朝から手を繋ぎなぎ冒険者ギルドの正面にある大樹の裏に隠れていた。その大樹の裏からからじーっと冒険者ギルドを見つめている。


「内装、外装、看板、店名その他もろもろ立ち塞がる壁を突破した。そして冒険者ギルドあそこが無人販売所を営業するための最後の壁…………」


「は、はい。そ、そうですね。き、緊張で、ふ、震えてきましたよ。は、吐き気もします……」


 緊張からか顔色が悪い二人。

 二人が冒険者ギルドに来た理由は、無人販売所を経営するために必要な『営業許可証』の申請をするためだ。

 無人販売所を営業するためには兎人族の里ガルドマンジェが許可した営業許可証が必要。その営業許可証は冒険者ギルドで申請して受け取ることができる。


「そろそろ行くか。ここにいても緊張して気持ち悪くなる一方だからな。最後だから頑張ろう」


「そ、そうですね。さ、最後ですもんね……い、行きましょう。で、でも緊張で入れなかったら、日、引き返しましょう。あ、あと、吐きそうになっても引き返しますからね……」


「お、俺も吐きそうになってきた……このままだと入った瞬間に吐くかもしれない……やばい……も、もう手遅れか? いや、最後だから頑張るぞ……気合と根性でなんとかする……」


 緊張で今にも吐きそうな二人は大きく深呼吸をしてから同時に歩き出した。手を繋いだままゆっくり、ゆっくりと冒険者ギルドの入り口へと向かっていく。

 一歩進む足音よりも心臓の鼓動の方が二倍も三倍も早く音を鳴らす。手を繋ぐ相手の鼓動がその手から伝わるほど互いの緊張感もひしひしと伝わる。

 そんな二人は無数の視線を感じていた。


「あらね」

「いや、だろ」

「手を繋いで仲が良いんですね」

「あの人たちいつも手を繋いでるよねー」

「ラブラブで羨ましいですわ」

「他種族との恋愛。実にうらやましい」


 無数の視線の正体は兎人族の里ガルドマンジェに住む兎人族とじんぞくたちだ。ゆっくりと歩く二人の耳にひそひそ話が聞こえてくる。

 そのひそひそ話と視線が気になったマサキは冒険者ギルドと冒険者ギルドの正面の大樹の間にある『兎人族の神様の銅像』の前に隠れるように座り込んだ。

 そしてマサキもネージュの垂れたウサ耳に口元を近付けてひそひそ話を始める。


「……なあ、ネージュ。なんかひそひそ話が聞こえるんだが気のせいか?」


「いいえ。気のせいじゃありません。垂れ耳の私でも聞こえてます。最近の私たちは兎人族の里ガルドマンジェを通ることが多くなったので噂になってしまったんでしょうね。は、恥ずかしいです……」


「なんで噂なんかに……」


「一つ目の理由はマサキさんが人間族で珍しいからですよ。こんな田舎に兎人族以外の種族が来るのは滅多にありませんからね」


「マ、マジで? って確かに兎人族以外の種族見たことないな……人間すら見たことなかった……」


 兎人族以外の種族がいることは珍しいこと。当然のことだが視線は集まる。


「二つ目の理由は私たちのことをカップルだと思って微笑ましく見ているんですよ……は、恥ずかしいです」


 人間族と兎人族の珍しいカップルを里中の兎人たちは微笑ましく見ていたのだ。そして瞬く間に里中に二人のことが噂になり密かに里の有名カップルにまでなっていた。


「なんだよそのデマ情報。誰が流したんだ……でもまあ、わからんでもない。手を繋いでるからそう見えたんだろうな。ちょうど良い年齢の男女が手を繋ぐってカップル以外に考えられないからな。でも悪い噂じゃないみたいだしこればかりは仕方がないか……」


 ひそひそ話について解決した二人はそこから避難するかのように冒険者ギルドへと走った。そして引き返すことも吐くこともなく扉を開けて中へと入ったのだった。

 結果的に緊張で中に入れなかった二人を里中の兎人族たちの視線とひそひそ話が背中を押してくれた形になったのだった。


「はぁ……はぁ……どうにか入れた。外の視線よりはマシかもな……はぁ……はぁ」

「そ、そうですね……はぁ……はぁ……走ったおかげで……ちょっと緊張がほぐれたかもしれません。ふー……」


 息を荒げ呼吸を整えるマサキとネージュ。そんな二人の耳に聞き覚えがあるため息が届いた。


「はぁ〜、今日はなんのご用件で? はぁ〜」


 ため息を吐きながら近付いてきたのはフォーマルスーツ姿の女性の兎人族。

 低身長で小さな茶色いウサ耳がちょこんと立っている。髪の色はウサ耳と同じ茶色で肌は褐色。目の下に大きなクマとため息が特徴的な冒険者ギルドのスタッフ、キュイエーラ・ミエルだ。


 マサキとネージュはミエルが来たことによって小刻みに震え出した。


「ガガッガッガッガガガガガガガッガガガガッガガッガ……」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」


 小刻みに震えるマサキはポケットから白い紙を取り出してミエルに渡した。

 白い紙に書かれている内容は『営業許可証の申請』についてだ。


「え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、いぎょ………………し、し、しょ……」


 震えながらもマサキは用件を伝えた。震えてしまい喋れなかったあの頃のマサキとは違うというところをネージュに見せたかったのだ。

 そんなマサキの勇姿と少しの成長を見たネージュは小刻みに震えながらもマサキの方に向かって自分の肩を激しくぶつけている。

『よくやりましたね』と、表現しているのだろう。


「はぁ〜、えーっと、営業許可証の申請ね。はぁ〜。それじゃギルドカードを用意して、はぁ〜、これ持って、はぁ〜、空いてる席で待ってて。はぁ〜」


 マサキの震える言葉ではなく渡された白い紙で冒険者ギルドに来た理由を理解したミエル。

 彼女はため息を吐きながら番号札と渡された白い紙をマサキに渡して業務に戻った。

 渡された番号札を見て二人は目を合わして安堵する。


 二人は緊張で呼吸を忘れていたのか体が酸素を求めている感覚に陥った。二人は大きく息を吸って肺を膨らませる。そして吸った同等の量を吐いてまた呼吸をする。

 それを繰り返していき体に酸素を巡らせた。


 二人の近くには席が何席か空いていたが二人はその席を素通りする。そして一番奥の人気ひとけが少ない席に座った。

 この席は二人が初めて冒険者ギルドに訪れた時に座った木製の椅子だ。


 人間不信のマサキは歪んだ性格からいつもと同じ場所じゃないと落ち着かない謎の変なクセがある。

 例えば駐車場。大型デパートの広い駐車場でも毎回同じ場所に駐車しないと気が済まない。

 そして別のところに駐車してしまったら最後、車が気になって買い物に集中できなくなってしまう。

 さらには車上荒らしに遭っていないか、事件事後に巻き込まれていないか、停め方は大丈夫だったか、鍵は閉めたか、などネガティブ思考になってしまいそればかり考えてしまうのだ。

 他にもコンビニはいつもと同じコンビニ。外食もいつもと同じ飲食店。そしていつもと同じ席、いつもと同じ商品ではないと落ち着かない。

 歪んだ性格やネガティブ思考がマサキをいつも苦しめているのだ。


 ネージュもマサキと少し似ている。恥ずかしがり屋な性格からなるべく目立たない場所を選ぶ傾向がある。

 それは声をかけられる心配をしなくて済んだり人目を気にしなくていいからである。

 そして一度選んで何事もない安全な場所だとわかれば尚更その場所を選ぶ。

 ネージュにとってその場所以外の未知の場所はあり得ないのだ。まさに今がその状況である。

 一度座ったことがある席。そこはどんな席よりも安心できる。そして人気ひとけが少なく目立たない席。恥ずかしがり屋のネージュは今座るこの席が一番安全で安心する席なのである。もうこの席以外には座れないのだ。


 二人はお気に入りの席に座り自分たちが持つ番号札に書かれている番号が呼ばれるのを待った。

 待っている間、二人は何気ない会話で時間を潰す。


「…………や、やっぱり俺たちってルとか夫婦に見られてるのかな?」


「そ、そうですね。オシャレなコーヒーとか買ってみたいです。それで優雅なコーヒータイムを送りたいですね」


「そういや麺とかこの世界にないよな。久しぶりに麺食べたいわ。ヒキニートの必需品だからな。お腹空いてきた……」


「人間族でいうところのFぐらいだと思いますよ。兎人族からしたら普通のサイズですけど…………って何言わせるんですか」


「えぇ? なんで俺叩かれた?」


「変なこと聞くからですよ」


「えぇ? カップ麺の話そんなにダメだった!?」


 二人は緊張しているせいで全く話が噛み合っていなかった。

 そんな噛み合わない話が続くこと一時間。ようやく渡された番号札と同じ番号が呼ばれる。


「よ、呼ばれたぞ。い、行くぞ」


「は、はい。い、行きましょう」


 二人の緊張はさらに高まる。これで営業許可証が貰えなければ元も子もないのだから緊張してしまうのも当然だ。

 小刻みに震えながら番号札と同じ百三十二番と書かれている窓口へと向かった。そこの窓口には褐色肌で小さな茶色い耳のギルドスタッフのミエルが待っていた。

 二人は同時に椅子を引き椅子の前に移動して同時に座った。そして同時にテーブルに近付くため椅子を引いた。精密な機械のような見事な阿吽の呼吸だ。


「はぁ〜、その姿デジャブ。はぁ〜、お待たせ。はぁ〜、営業許可証の申請書。これを書いて。はぁ〜、あとギルドカード出して。はぁ〜」


 ミエルに言われた通り二人はギルドカードを出した。

 ミエルはギルドカードを受け取り、画面とキーボードが付いているパソコンのような電子機器に入力を始めた。


 ネージュはガタガタと手を震わせながら渡された申請書を書き始める。


(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。また担当がミエルさんでよかったけど、やっぱり文字を書く姿を見られるのは恥ずかしいです。今はギルドカードの情報を入力してるから私のことは見てないと思いますが、それでも恥ずかしいです。それに緊張で手の震えも止まらないです。営業許可証の申請書ってすごい大事ですから余計に意識しちゃって震えが止まらないです。このままだと震えてて書けないです……)


 ネージュは考えれば考えるほど手の震えが大きくなってしまっている。

 前回、マサキのギルドカードを作り際も手は震えていた。しかし震えた手でもなんとか文字を書くことはできた。

 その時に書いた文字はガタガタで書類に書くような文字ではなかったがそれでもかけたのだ。


 しかし今回はそうはいかない。営業許可証の申請書という大事な書類だ。

 そのことを意識しすぎてしまい震えが大きくなっている。震えが大きくなればなるほど書類に文字を書くことが不可能になってしまう。


(やばいな。営業許可証っていう大事な書類の前で未だかつてないほどネージュの手が震えてる。お、俺がなんとかしないと……で、でもどうする。こういう時はなんて声をかければいいんだ? 『頑張れ』なんて言葉はダメだよな。こんなにも頑張ってるネージュにかける言葉じゃない。じゃあどんな言葉をかければ、どうやったらネージュは落ち着きを取り戻してくれるんだ…………)


 震えて一文字を書けていないネージュにどんな言葉をかけるべきか頭を悩ませるマサキ。

 気休め程度にしかならない言葉はネージュの心には響かないことはわかっている。なぜならマサキ自身がそうだからだ。


 この壁を乗り越えない限り二人は無人販売所を営業することはできない。

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