25 店名は?
マサキは見違えるほど変わった家の内装を見て心の底から喜びの感情が込み上がっていた。
「やっとだ。やっと……やっと……完成したんだな……」
「マサキさん。やりましたね。ついに完成ですね」
二人は両手でお互いの手を握った。そして嬉しさのあまりウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
マサキが異世界転移してから五十三日目。二人の目標である無人販売所の内装がついに完成したのだ。
壁が完成してからの三日間は料金箱を作っていた。そして客が入れるように清掃を行ったのだ。
「あとは営業許可証だよな。あ、店の名前も考えないと。ネージュ、店名は考えてあるか?」
「一応無人販売所をやるって決めてから毎日のように考えましたよ。候補がいくつかあるので選んでください」
「お、さすがネージュ。んで、どんな名前?」
マサキはネージュが考えていた店名が気になりじーっとネージュを見つめた。そして胸を躍らせワクワクしながら店名の発表を待ったのだ。
ネージュの透き通った薄桃色の唇がぷるんと動く。ついにネージュが考えた店名の候補が明かされるのだ。
「まず一つ目はですね、『無人販売所ぴょんぴょん屋』です。やっぱり可愛い名前が良いなと思いまして……それで二つ目はですね、『無人販売所マサキとネージュ』。二人の名前を入れた最高の店名です。最後に三つ目、『無人販売所ぴょんぴょん亭』です。どうですか? どれが良いですか?」
青く澄んだ瞳をキラキラと輝かせながらマサキに迫り寄るネージュ。
マサキはこの時、デジャブを感じていた。それはノコギリの名前を『ぴょんぴょん丸』と名付けた時のデジャブだ。
ぴょんぴょんという言葉を気に入っているのだろか。今回も三つの候補の名前のうち二つにぴょんぴょんという言葉が入っている命名。
「三択になってんのはすんごくありがたいんだが、候補一と候補三がほぼ一緒ですでに二択になったんだけど……」
ぴょんぴょん屋とぴょんぴょん亭。屋か亭かの違いでメインとなる『ぴょんぴょん』の部分は変わらない。
そしてぴょんぴょんと付く店名にするのか、自分たちの名前が入った店名にするのかの二択になった。だが、マサキはどちらにも首を振って拒否した。
「ダメだシンプルすぎるしハッキリ言うとダサい。店名は店の看板。命そのもの。なのでせっかく考えてくれたんだけど全部却下だな。残念ながら不採用だ」
「そ、そんな…………それじゃ『無人販売所おいでぴょん』とか『無人販売所マサキさん』とかはどうですか?」
「いや、さっきとそんな変わってなくね? 却下だ。不採用」
首を横に大きく振るマサキ。さらには両腕でバツを作るほど断固拒否している。
「うぅ……そ、そんなに言うんでしたらマサキさんはどんな店名を考えたんですか?」
「ふふふっ、聞いて驚くなよ。俺が考えた店名は『無人販売所ラビッ塔』だ!
マサキが考えた店名を聞いたネージュは鼻で笑った。
「ふんっ。全くダメダメですね。マサキさん」
「なんで鼻で笑った……それよりもどこがダメなんだ? 兎人族なんだからウサギの名前を使いたいだろ。まさか俺がネージュの名前を却下したからって俺のもダメって言ってるんじゃないだろうな?」
「そんなことしませんよ。でもマサキさんはわかってませんね。兎人族に対してウサギの名前を店名にするのはおかしな事なんですよ」
「なんでおかしいんだ? ウサギとか付けるの可愛いだろ」
「チッチッチ。例えばですけど人間族が『ニンゲンハウス』とか『ニンゲン亭』って店名でお店を開きませんよね? それと全く同じ事なんですよ。どうですか? なんか気持ち悪くありませんか? 私は気持ち悪いと思いますよ」
(た、確かに…………人間がニンゲンなんちゃらって名付ける飲食店とか違和感がすごい。それにネージュが言ったように気持ち悪い…………ネージュの意見にぐうの音も出ない……)
ネージュの正論にマサキはぐうの音も出なかった。
それからしばらくの間、二人は店名をどうするかで頭を悩ませていた。考えれば考えるほど浮かばないものだ。
店名は店の看板。商品や味よりも大事な場合があり真剣に店名を考えなければならない。
「そうだ。ネージュの好きなものってなんだ?」
「どうしたんですか、突然」
「好きなものから名前を付けるのはどうかなって思ってさ」
「なるほどですね。う〜ん、私の好きなものですか……」
手に顎を乗せて考えるネージュ。好きなものが全く浮かばないのか、言葉が一向に出てこない。
「う〜ん、う〜ん。いざ好きなものを聞かれると答えるのって難しいですね。う〜ん……」
「そんな悩まなくても良いんだよ。パッと出たやつどんどん言ってってよ」
「そうですか。でしたらニンジンさん。おばあちゃん。布団さん。枕さん。
ネージュは指を折り数えながら思い浮かんだ好きなものを言っていった。
「なんだ結構出てくんじゃん……って俺の名前も聞こえた気がしたが気のせいか? 気のせいじゃなかったら嬉しい。って今はそんなことよりも店名だ。えーっと、月とか使えそうじゃないか? 月関連の名前とかさ三日月でクロワッサンみたいな名前とか!」
「でも無人販売所で月って意味わからなくないですか?」
「いや、ぴょんぴょん屋よりはいいと思うけど……」
「そうですかね。あ、今、いいの浮かんできました! ぴょんぴょん星とかはどうですか?」
「それ星じゃん……しかもまたぴょんぴょんって……もう聞きすぎて良いなって思ってきちゃった。俺のセンス麻痺してきた……」
ネージュの好きなものから関連した名前を店名にする作戦は失敗に終わった。そして再び頭を悩ます二人。
するとマサキは何かを思い出したかのように口を開いた。
「そんじゃウェネトなんて店名はどう? エジプトってところの神話でウサギの神様だか女神だかの名前なんだけど流石にこっちの世界でこの名前はないだろ? 結局ウサギ関連になっちゃったけどどう?」
「残念ですけどウェネトって兎人族の神様の名前ですよ。
「マ、マジかよ、こっちにもウェネトっていたのかよ。しかもあの髭やら髪やらがモジャモジャの銅像がウェネトで兎人族の神様だっとは。そ、それじゃアルミラージは? これも神話とかでよく聞くウサギの名前なんだけど」
「あ、あの、残念ですが、兎人族の神様ウェネトさんのフルネームはアルミラージ・ウェネトです。これは兎人族にとっては常識ですよ」
「おいおいマジかよ。ウサギの神様と神話に登場するウサギの名前を両方使ってんのか。どんだけ欲張りてんこ盛りなウサじいさんなんだよ……」
ことごとくマサキの案が三千年前の兎人族の神様アルミラージ・ウェネトに消されていった。
神様の姿を銅像でしか見たことないマサキだったが、その神様がモジャモジャな髭を触りながらマサキの頭の中で『フォッフォフォフォ』と高笑いしていた。
「頭の中でウサじいさんが笑ってやがる……あー、もう店名考えるの疲れた。なんか思い付いたやつ言っていくから気になったのあったらストップかけてー」
「そういうのいいですね。それじゃどんどん言ってください」
「えーっと、まずは『イースターパーティー』次は〜」
「イ、イースターパーティー…………ス、ストップ!」
ネージュは一発目からストップをかけた。
「は、早すぎ。まだ一発目だぞ。また神様の名前とか兎人族の何かの名前とかだったのか? こんなに店名考えるの難しいとは思ってなかったわ……」
「いいえ。マサキさん。すごいですよ。最高です! 響きもいいですしなんか可愛らしくて楽しそうです。意味は全くわかりませんが、なんだかワクワクします」
「へ? マ、マジで? イースターって言葉聞いたことないの?」
「イースターって言葉は聞いたことないですよ。でもイースターパーティーってさっき聞いた時、これだって思いました。こんなにワクワクドキドキする響きは初めてです」
イースターという言葉の響き、それにパーティーが付いた『イースターパーティー』という言葉にネージュは青く澄んだ瞳を輝かせ胸を踊らせていた。
そんなネージュはグイグイとマサキに迫って質問をする。
「イースターパーティーってどういう意味なんですか? こんなにワクワクドキドキ楽しくなるような言葉の意味が知りたいです!」
「あ、あ、えーっとだな……イースターパーティーというのはだな……」
「は、はい。なんですか?」
「そのだな……んーっと、確かなんかの復活祭とかそんな感じだったような……」
グイグイ迫ってくるネージュに困惑して言葉が詰まったのではない。マサキはイースターの意味をよく分かってなかったのだ。
「復活祭ですか……つまり私たちの社会復帰にかけてつけた名前なんですね。さすがマサキさんです」
「あはは、そ、そういう感じ。俺がいた日本ってところだと春になるとよく見かける言葉なんだよ。んでなんでかわからないけどウサギがタマゴとかに囲まれて楽しそうにしてる。その時期だけ訳もわからずウキウキワクワクした気持ちになるんだよな。今のネージュみたいに……マジで謎の言葉。いや、魔法の言葉だ」
「魔法の言葉ですか。確かに魔法の言葉ですね。店名は『イースターパーティー』にしましょう。きっと兎人族の間で流行ると思いますよ!」
「ネージュがそこまで言うなら決まりだな。俺たちの無人販売所の店名は『イースターパーティー』だ!」
あれだけ悩んでいた店名だったがマサキの何気ない一言であっさりと決まった。
(なんか気に入ってくれたみたいでよかった。こんなにネージュがはしゃいでるの見たことないからなんか嬉しいな。イースターパーティー……俺にとってはシンプルな名前だけどネージュのはしゃいでる姿を見たら俺まで気に入ってきちゃった。本当に魔法の言葉だな。うん。良い名前だ)
店名が決まり用意していた木の板に店名を書こうとする二人。もちろんペンキが付いた筆を持っているのはネージュだ。
異世界転移してから五十三日が経ったがマサキだが読み書きできる異世界文字は、自分の名前『セトヤ・マサキ』だけだった。
ちなみに今はパートナーでもある兎人族の美少女『フロコン・ド・ネージュ』を書けるようにと練習中だ。
ネージュは木の板に店名の『イースターパーティー』を書き始めた。丁寧に、慎重に、ゆっくりと筆が進む。
一文字目、おそらくイースターパーティーの『イ』が書き終えた時、マサキはネージュの背中に向かって声をかけた。
「別の板があれば『店内全品ワンコイン。五百ラビ』って書いてくれる? 『全品五百ラビ』だけでも良いけど」
日本の通貨『円』とほぼレートが変わらない『ラビ』。そして五百円がワンコインということも同じだった。
ここの世界では硬貨が四種類存在する。聖金貨、金貨、銀貨、銅貨だ。五百ラビはちょうど銀貨一枚分。つまり日本と同じでワンコインが適用される。
そんな安すぎる価格設定にネージュは驚いていた。
「ご、ご、ご、ご、五百ラビって安すぎませんか? 調理した品を提供するんですよね? 流石に田舎の
「高すぎると逆に客が来ないぞ。それに商売って焦ってやるもんじゃないからな。地道に稼ぐのが一番の近道なんだよ。安いほうが誰だって嬉しいだろ? 話題にもなるだろうしな」
「た、確かにそうですね。さすがマサキさんです。すごく良い考え方ですね」
安すぎる価格設定に驚いていたネージュだったがその驚きは別のものに対する驚きに変わった。それはマサキの考え方だ。地道に稼ぐという考え方をしたマサキに驚いている。
「すぐには夢の三食昼寝付きのスローライフを送れそうになりけど地道にやっていこうぜ。ネージュ」
マサキは右手を差し伸ばした。これは握手を求めている手だ。
その右手にネージュは左手を出して手を繋ぎそうになったが、すぐに握手だと気付き右手を出して握手を交わした。
「そうですね。頑張りましょう。マサキさん」
握手を交わすマサキとネージュ。二人の絆がさらに深まった一日。そして店名が決まった一日だった。
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