14 ギルドカード

 席で待つように言われた二人は周りの目線を気にしていた。そして体は勝手にガタガタと小刻みに震えている。

 二人は息苦しい状況の中、渡された番号札の番号が呼ばれるのを待っていた。


「なあ、ネージュ。果物のオレンジと色のオレンジってどっちが先に名付けられたんだと思う?」


「果物はバナナが好きですよ。小さい頃食べたことあります。マサキさんは好きな果物なんですか?」


「バナナが好きな動物はサルだろ。いや、ゴリラも好きか……」


「そうですね。小動物なら飼ってみたいです」


 緊張からか二人の会話は全く噛み合っていなかった。しかし手を繋いでいるおかげもあって会話するだけの気力は残されていた。


 そんな二人が呼ばれたのは席についてから約二時間後だった。


 先ほど入り口で対応してくれた低身長でウサ耳も小さく褐色肌のギルドスタッフが二百七番と表示された窓口で二人を呼んでいる。


「はぁ〜、二百七番。はぁ〜、二百七番。はぁ〜」


 呼んでいると言っても小さな声だ。しかもため息も吐いている。

 マサキが渡された番号札にも同じく二百七番と書かれているので、呼ばれているのはマサキたちで間違いない。


「よ、呼ばれたぞ。やばい。この待ち時間でギルドカードについて一切喋ってねー。準備不足で悪口とか言われないか? それか里を追放されたりしないか? 追放ものなんて絶対に嫌だぞ」


「だ、大丈夫ですよ。そんなことになったら誰もいないところで暮らしましょう。そしたら私は周りを気にして恥ずかしがることもなくなるので」


「それって一緒に里を出てくれるってことかよ。どんだけ優しいんだネージュは……」


 二人は無駄な心配をしながら席を立った。その心配のおかげで二人の心の距離は少しだけ近付いた。

 そのまま手を繋ぎ震えながらもギルドスタッフが待つ窓口へと向かっていく。

 そして同時に椅子を引き、椅子と椅子の間をマサキが先に入り次にネージュが入った。そして同時に座った。さらに同時にテーブルに近付くため椅子を引いた。

 あまりにも同時すぎる動きにギルドスタッフは呆気にとられている。


「はぁ〜、阿吽あうんの呼吸ってやつだね。はぁ〜。長い間お待たせ。はぁ〜。入り口でも対応したキュイエーラ・ミエルだよ。はぁ〜。早速ギルドカードを作るよ。はぁ〜」


 ミエルは自己紹介を手早く済ましギルドカードを申請するための用紙を二人の目の前に置いた。

 マサキは異世界文字が読めない。そして書けない。なのでこの手のことはネージュに任せるしかない。

 ネージュはマサキに言われるまでもなく自ら進んで申請書を手に取った。手は繋がったままだがネージュは右利き。繋いでいる手は左手なので文字を書くのに支障はない。

 しかしミエルに見られながら文字を書くことに対して緊張してしまい右手は信じられないほど震え上がっていた。


(は、恥ずかしい。わ、私が文字を書いてるところを見られちゃいます。もしも書き順とか間違ってたらどうしましょう。そもそも書き間違えたらどうしましょう。は、恥ずかしい。手の震えも止まリませんしこれじゃ書けないかもしれません……どどどどうしましょう)


 カタカタ震える右手で茶色いペンを持つネージュ。震えは一向に収まる様子がなく文字を書くことができない。


「……で、でも、マサキさんのために書かなきゃ」


 ネージュはマサキのために手を震わせながらもギルドカードの申請書を書き始めた。

 最初は名前の欄だ。以前にフルネームを一度だけ聞いていたネージュは名前を覚えていた。


「名前は、セトヤ・マサキ……」


 異世界語で書かれたマサキの名前。口にしながら書かれたことによってマサキは自分の名前が書かれた事がわかる。


(これが異世界語で書かれた俺の名前。すんごい震えた文字だからハッキリとは分からないけどなんかかっこいいな。外国の人が日本名をもらう感覚ってこんな感じなのだろうか。そんなことよりも頑張れネージュ。始まったばかりだがあと少しの辛抱だ)


 異世界語で書かれた自分の名前に感動しているマサキ。そんなマサキにネージュは申請書に書かれている質問を始めた。


「マサキさん。お誕生日は?」


「十二月二十日」


「年齢は?」


「二十四歳」


 二人は交互に耳打ちをしながら会話をしている。そうでもしないとまともに喋れないからだ。

 そんな二人の姿をため息を吐きながら見ていたミエルは進行スピードの遅さに睡魔に襲われてしまった。そして睡魔に勝てず座ったまま眠り始めた。


「ぐがー、はぁ〜、ぐがー、はぁ〜」


 口癖のようになっていたため息が呼吸するかのようにいびきと交互に鳴り響く。それほど激務に追われているのであろう。

 そんなミエルの姿に気が付いた元社畜のマサキは、少しでもこの時間に休んでほしいと切に願った。

 そしてミエルが寝たということで見られる緊張が解けネージュの右手の震えが少しだけおさまった。


「やっと震えが治まってきて先ほどよりは綺麗に書けるようになりました」


「そんじゃ俺の名前だけもう少し丁寧に書いてくれる? 文字まで震えてんのは流石に笑える」


「新しい用紙をもらわなきゃいけないので無理です。このままいきましょう。いいえ。これがマサキさんの名前ですよ。ちゃんと書けるように覚えてくださいね」


「家に帰ったらちゃんとした文字教えてもらうからな」


 小声だが耳打ちせずにしっかりと会話する二人。見られていないとわかり二人だけの空間になった瞬間に軽口を叩けるほど気持ちが落ち着いたのだ。

 これも繋いでいる手のおかげなのかもしれない。

 そして異世界文字を知らないマサキに震えている文字が正しいとネージュは言い張るが、異世界文字がわからないマサキでも震えすぎている文字には騙されなかったのだ。


「次は住所……」


 ネージュはマサキに聞かずに住所をスラスラと書き始めた。


「俺の住所もしかしてネージュの家の住所書いてくれてるのか?」


「もちろんですよ。他にどこか書くところあるんですか?」


「いいや、ない。でもいいのか? 一応住むとは言ったけどギルドカードに書いたら……」


 言葉を言い切る前にマサキの口を白くて細長いネージュの指が止めた。突然の出来事にマサキの口が止まった。


「はい。大丈夫ですよ。私とマサキさんはもう家族同然です」


 先ほどまで怯え震えて顔が真っ青になっていた人物とは思えないほどネージュは笑顔をマサキにぶつけた。雪の結晶のように輝いた笑顔だ。

 そんな笑顔をぶつけたネージュは体が熱くなる。マサキはネージュの熱を繋いだ手から感じていた。

 そしてネージュの中では、ビジネスパートナーを通り越して家族のような存在にまで昇格していたのだ。それほど二人は相性が良いのだろう。運命の出会いと言っても過言ではない。


「でもその代わり無人販売所を成功させましょうね。そうじゃないと一生私の召使いですからね」


「おいおい。今感動で泣きそうになったところだったのに召使いって……でもネージュの召使なら悪くないな。でも無人販売所は絶対成功させてみせるよ。いや一緒に成功させようぜ!」


「ふふっ。期待してますよ」


 ギルドカードを書きながら二人の目標を改めて再確認する事ができた。

 その後はチェックを入れる項目がいくつか続いた。アレルギーや重大な病気、犯罪履歴があるかどうかの確認がほとんどだ。ネージュは一つずつマサキに質問をして該当するかどうかチェックを入れる。


 ミエルが眠ったことによってスムーズに申請書を書き終える事ができた二人。あとは目の前のいびきとため息を繰り返すミエルを起こすだけ。


「ど、どうやって起こすよ。起こした瞬間恨まれたりしないよな。睡眠の邪魔されたとか言って申請書破り捨てたりしないよな……」


「それは流石に考えすぎですよ。一応ここのスタッフなんですからそこはしっかりしてるはずです」


「しっかりしてるって……この人、一回も敬語使ってない気がするんだが……それに客の前なのに平気でため息を……」


「た、確かにそうですね」


 人間不信のマサキはミエルが一度も敬語を使っていなかったことに気が付いていた。人間不信だからこそ相手を注意深く観察していて細かいところに気付く事ができるのだ。

 しかし極度の人間不信なので考えすぎてしまう性格が痛いところ。


「でも起こすしかないよな。起きた瞬間、俺たち震えるんだろうな。もう重症すぎて嫌になるわ……」


「仕方ないです。私たちはそういう生き物なんですよ。ではこのペンで突いて起こします」


 ネージュはペンの芯が出ていない方で眠っているミエルを突いた。


「ぐがー、はぁ〜、ぐ、ぐああ? また、仕事中寝ちゃってた。はぁ〜。ん? 書き終わった? はぁ〜」


「か、か、か、か、かきおおおお、ましあああ……」


 マサキが言った通りミエルが起きた瞬間に小刻みに震え始まった。ガタガタ震えながらもミエルに申請書を渡すネージュ。

 ミエルは申請書を確認してすぐに承認印を押印した。その後、暑さ十センチほどのプレートをテーブルの下から取り出した。


「はぁ〜、それじゃあここに右手をかざして終わりだよ。はぁ〜」


 ミエルのその言葉にマサキとネージュは困った顔をしながら目を合わせた。黒瞳と青く澄んだ瞳が交差する。


「ん? どうしたの? はぁ〜。右手だよ右手。はぁ〜」


 マサキは右手を出す事ができない。なぜならマサキの右手はネージュの左手と繋いでいるからだ。

 ここまで一度も繋いだ手を離していない。離してしまったら平常心を保てず今以上に不安と恐怖と緊張が二人を支配してしまうからだ。

 そうなってしまったら二人はどうなるか想像がつかない。最悪の場合死ぬかもしれない。そう思うほど繋がれた手を離すわけにはいかないのだ。


「はぁ〜、手を繋いでないとダメなのね。はぁ〜。繋ぐ手を変えることはできないの? はぁ〜」


 解決方法はあっという間にやってきた。繋いだ手を変えればいいだけだ。さすがギルドスタッフ。たくさんの人を対応しているだけはある。


 繋いだ手を離さなければいけないという恐怖で二人は頭が回らずこんな簡単な解決方法にすら気が付かなかったのだ。

 二人はミエルに言われた通り繋ぐ手を変えた。今はマサキの左手とネージュの右手が繋がれている。

 数時間ぶりに繋がれた手が解放されて血が通る感覚を味わう。そして軽く指の筋肉が張っていた。どんなことがあっても離さないためにがっしりと繋いでいたせいだろう。

 しかし手を離したことによって寂しさも感じていたのだ。


「はぁ〜、じゃあ右手をかざして。はぁ〜」


 ミエルに促されマサキは震える右手をプレートにかざした。その直後プレートから激しい光が放たれた。


「うあ!?」


 声を上げて驚いてしまうほどの激しい光だ。その光は数秒で消えた。同時に厚さ十センチほどあったプレートが免許証サイズにまで収縮した。


「はぁ〜、これでギルドカードの完成。はぁ〜、おつかれ〜」


 この免許証サイズに収縮したプレートこそマサキのギルドカードだ。

 ギルドカードが完成した瞬間、ミエルは立ち上がり別の業務へと向かっていった。

 そんなミエルの社畜な後ろ姿に軽く会釈をする二人。


 マサキは完成したギルドカードを手に取り感銘を受けた。


「うぉお、これが俺のギルドカード! 俺だけのギルドカード!」


 異世界に転移してから三日目。マサキはギルドカードを手に入れたのだった。

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