15 スキル判明
マサキのギルドカードを作る事ができたが、マサキとネージュの二人は落ち着かない様子で席に座り続けていた。
もじもじそわそわと痒いところに手が届かない。そんな感覚を二人は味わっている。
「マサキさん……あ、あの〜、そ、その〜、ですね……」
「……ネージュ、まさかとは思うがお前もか」
「多分、多分ですけど……同じこと考えてますよね」
お互いの顔を見合って理解した。二人は同じ気持ちで同じことを考えているのだと。
二人がもじもじそわそわと落ち着かない様子でいる理由は繋いでいる手が逆の手になってしまったからだ。
マサキのギルドカードを作る際に右手をプレートにかざさなければならなかった。そのため繋いでいる手を変えてしまい二人は落ち着かなくなってしまったのだ。
繋ぐ手を元に戻せばいいだけの話だがなかなか言い出せなかった二人。しかしお互いが同じ気持ちなら話が早い。
繋いでいる手を離さずに反対の手を繋ぐ。そして繋いでいた方の手を離す。これで一件落着だ。
「やっぱりこっちの手だよな。ジャストフィット。表すのならパズルが完成したような感覚? 歯車が噛み合った感覚? いや〜、こっちで繋ぐと落ち着く。落ち着く」
「ふふっ。こっちの手じゃないとダメだなんてお互い重症ですね。可笑しいです」
「でもさ、この手を繋いでなかったらブラックハウジングにもここにも来れなかったんだぜ? 俺たち良い薬を見つけたんじゃないか? これぞ特効薬!」
二人は繋ぎ戻した手を挙げ、その手を見ながら微笑んだ。そして手を繋ぐ際にテーブルの上に置いたマサキのギルドカードをネージュが取った。
「問題ないと思いますが、一応記載ミスがないか確認しますね」
「おう。よろしく頼む」
この世界の文字が読めないマサキは名前や住所など記載された情報が間違っていないか確認することすらできない。
そもそもネージュの家の住所もわかっていないので文字が読めたとしても確認する意味がない。なのでネージュが確認するのは必然。マサキはネージュに任せるしかないのだ。
「名前も住所も問題ありませんね。
「おぉ、それはよかった。じゃあネージュのギルドカードを更新して帰るか…………って今なんて言った?」
マサキにとって重要な言葉が耳に入りそれを聞き逃さなかった。それはマサキが異世界転移して最も望んだもの。日本にいた頃、喉から手が出るほど欲していたもの。そう。それはスキルだ。
異世界ものの定番といえばチートスキルやお役立ちスキル。日本にいた頃ではありえないような力を発揮する事ができる能力のことだ。
「なんて言ったって……問題ありませんって言いましたよ。正しく書かれているから大丈夫ですと」
「そ、それじゃなくて、そのあとだよ。そのあと。なんか聞き逃しちゃいけない単語がものすごい速さで過ぎ去ったんだが……」
「あー、スキルのことですか? そう言えばマサキさん自分のスキルを知りたいとか言ってましたね。マサキさんのスキルはしっかりとギルドカードに書かれてますよ」
「マジで? マジで? 俺スキル持ってるの? 読めないから教えて! 教えて!」
胸を躍らせ黒瞳を輝かせるマサキだったがネージュの平然としている様子に若干だが嫌な予感を感じていた。
(チートスキルならもう少し驚いてもいいはずだよな。ってことはチートスキルじゃないのか。異世界転移者なのにちょっと残念。だったらお役立ちスキルか? でもネージュなら「すごいです」とか一言あってもおかしくないはずだ。俺のスキルはなんなんだ。なんで無関心そうな顔で俺のギルドカードを見てるんだよ……)
ゴクリと生唾を飲み、ネージュがスキル名を教えてくれるのをじーっと待つマサキ。
ネージュの薄桃色に透き通ったぷるんと柔らかそうな唇が動き、その時はすぐにやって来た。
「マサキさんのスキルはですね……」
「……ゴクリ」
マサキに緊張が走る。待望のスキル。待ち望んでいたスキル。喉から手が出るほど欲していたスキル。そのスキルが明かされる瞬間だ。
「二つあります」
「ふ、二つも!?」
スキルは二つあるらしい。それが珍しいことなのか当たり前のことなのかマサキにはわからない。そして多いのか少ないのかもわからない。
ただ待ち望んでいたスキルが二つもあることにマサキはさらに高揚してしまう。ハズレスキルの可能性を忘れるほどに。
「まず一つ目ですが『ひとふりスキル』です」
「ひとふり……それって剣とか
スキル名を聞いた瞬間、繋いでいない方の左手で力強くガッツポーズを取った。
三千年前に戦争が終結し平和になった世界では意味のないスキルだがマサキはチートスキルを手に入れたことに喜びを隠せないでいたのだ。
しかしそれもこの一瞬のみ。直後、ネージュの口からスキルの詳細が明かされるまでのほんの一瞬だけのぬか喜びだった。
「いいえ。その一振りではなくて
「そ、そのひとふりかよ……紛らわしいスキル名だな。お役立ちスキルなのに意味ねー。いらないスキルでマジショック……」
マサキの一つ目のスキルは『ひとふりスキル』。調理の過程で調味料などをひとふりする際に適正量を入れる事ができるスキルだ。
ちなみに『ひとつまみ』や『少々』ではこのスキルは発揮しない。あくまで『ひとふり』限定のスキルだ。
「で、でも俺にはもう一つスキルがあるんだよな。そっちを聞かせてくれ! ひとふりスキルよりもマシなはずだ」
ぬか喜びで落ち込んでいたマサキはもう一つのスキルに期待した。期待すれば期待するほどショックが大きくなることをマサキは知っているがそれでも期待するしかなかった。
それほどまでにマサキにとってスキルは魅力的な武器の一つなのだ。
「もう一つのスキルはですね。『塩砂糖スキル』です」
「あ、もういいです。これ以上は何も言わないでください。俺の心をこれ以上えぐらないでください」
スキル名を聞いただけでスキルの詳細を聞くのを辞めた。
マサキは塩砂糖スキルと聞いて想像したのは、塩と砂糖を間違えないという効果のスキルだ。
「塩と砂糖を間違えないスキルです」
「やめてくれー」
塩砂糖スキルは、マサキが想像した通り塩と砂糖を間違えない効果だった。
耳を塞ぎネージュの言葉を聞かないようにしていたマサキだったが手を繋いでいる影響で片耳しか塞げなかった。なので塩砂糖スキルの効果がハッキリと耳を通り脳を刺激し心をえぐった。
「でもマサキさん。無人販売所で料理を提供するなら必要なスキルですよ!」
「た、確かにそうだけど、励ましになってない。それくらいのスキルは居酒屋で働いてたときに身につけた……」
「……イザカヤ?」
「ところでネージュはどんなスキル持ってるんだよ。ネージュのスキル聞いたことないぞ」
ネージュがスキルを言おうとした瞬間、二人の前に戻ってきたミエルが声をかけてきた。
「はぁ〜、あの〜、次が待ってるから
二人だけの世界に入っていたせいで周りが見えていなかった。そして二人だけの世界に入っていた二人をイチャイチャしているように思われてしまっていたのだ。
そんな二人の後ろには次の客が待っていた。
「すすすすすすす、すみませんでしたー!」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
後ろで待っている客に気付いたマサキは謝りながらネージュを引っ張り勢いよくその場から立ち去った。ネージュは恥ずかしさのあまり小刻みに震えてしまっていた。
そのままギルドカードを更新する機械の前まで逃げてきたのだった。
「はぁはぁ……恥ずかしかった……です。はぁはぁ……早く更新して
「ぜぇぜぇ……そ、そうだな。
ネージュは早く帰りたいという一心でブラウン色のロリータファッションのポケットに入っているギルドカードを勢いよく取り出した。
そしてギルドカードの更新専用機の挿入口にギルドカードを差し込んで右手をかざす。
マサキがギルドカードを作った時と同じように更新機の挿入口に入っているネージュのギルドカードが数秒間、光り輝いた。
光が消えた瞬間、ギルドカードが挿入口からゆっくりと出てくる。これでギルドカードの更新が完了したのだ。
出てきたギルドカードをすぐさまネージュが取り出しもともとギルドカードを入れていたポケットに閉まった。そして二人は冒険者ギルドから逃げるよう外へと出たのだった。
そのまま二人は走る。里外れにある家に向かってひたすら走る。走り続ける。
そしてお互いの顔を見合わせた。黒瞳と青く澄んだ瞳が交差する。
二人は繋がれていない方の手でハイタッチをした。息の合ったハイタッチだ。
「はぁはぁ……やっと終わったな。ふー……不動産だけだと思ったけどまさか冒険者ギルドという名の役所にまで行くことになるなんてな……はぁはぁ。おかげでかなり疲れたわ」
「はぁはぁ……そ、そうですね。やっと緊迫した状況から解放されましたね……ふー。マサキさんお疲れ様です」
心身ともに疲れているはずの二人だがその達成感に笑顔が溢れる。そして呼吸が整うまで一休み。冒険者ギルドで途中だったネージュのスキルについての話の続きを始めた。
「さっき聞きそびれたネージュのスキルを教えてくれよ」
「そうでしたね。私のスキルは『盛り付けスキル』の一つだけです。盛り付けが上手になる効果があるんですよ」
「ちょっと、ちょっと待って、この世界って料理関係のスキルしかないの? 初めて会ったときスキルを悪用しないでくださいとか言ってなかった? その時からとんでもないスキルがあると思って期待してたんだけど……」
ネージュのスキルを聞いてさらに肩を落とすマサキ。そんなマサキを励まそうとネージュは言葉を続けた。
「いいえ。他にも魔法の威力や剣の技術を上げるスキル、幸運をもたらしたり身体能力が上昇するスキルとかもありますよ」
「あぁ、それ励ましになってない。余計に落ち込むやつ。ちゃんとしたスキルあるのかよ……」
マサキは余計に落ち込んでしまったが結果は結果。自分のスキルを受け入れるしかない。
「でも一つしかスキルがないネージュよりは………………ってあれ? 二つスキルあるのに俺のスキルの方がショボくないか?」
マサキは気付いてしまった。己のスキルの無能さを。
塩と砂糖を間違えないのは誰でもできる。調味料のひとふりも適正量じゃない方が美味しくなる時がある。
それに比べてネージュの盛り付けスキルは料理の見栄えを良くするものだ。料理の第一印象は味ではなく見た目。見た目の重要さは居酒屋で働いていた社畜時代に痛いほど叩き込まれている。
だからマサキは己の無能スキルではネージュの盛り付けスキルに勝てないと思ったのだ。
「……だからネージュが作る料理は盛り付けが豪華に見えたんだな。スキルとは関係ない味も百点満点だけど……」
「ふふっ。ありがとうございます。マサキさんのスキルはきっといつか役に立つ時が来ますよ」
「そんな時が来るといいな……」
マサキは雲一つない青い空を見上げながら呟いたのだった。
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