3 兎人族の里ガルドマンジェ
「ここが兎人族の里。ガルドマンジェです」
ジャジャーンっと大きく腕を広げてラタン製のバスケットを振り回しながら
彼女は雪のように白い肌と白銀色の髪。そして垂れたウサ耳が特徴的な兎人族のネージュだ。
「すんげー、でっけー木がいっぱいだ。どっかのテーマパークみたい!」
その光景にマサキはテーマパークに訪れた子供のようにテンションが上がる。
しかし二人はなぜか
なかには、大きな看板がかけられイルミネーションのように激しい装飾が施されている大樹もある。
「ネージュと会話できるから大丈夫だと思っていたが、看板の文字読めねー。異世界文字ってやつか……これは苦労しそうだ……」
マサキは看板に書かれた異世界文字が読めずに困惑しため息を吐いた。
言葉は話せるが文字は異世界文字のまま。いわゆる異世界ものあるあるというものだ。しかしその中にはスキルや魔法などで簡単に読めたりするものもある。マサキにはそんなスキルや魔法は与えられなかったという事だ。
ではなぜ兎人族のネージュと会話ができたのだろうか。それは、この世界のなんらかの魔法の影響で言葉が翻訳されているのだろう。これも異世界ものあるあるだ。
首を傾け異世界文字を見ていたマサキの視線の先、服を泥だらけにした兎人族の子供が一本の大樹の扉に手をかけた。
扉が開いた先、大樹の中には、暖かい家庭の光が照らし出されているのをマサキは見た。
その光景を見た瞬間、何十本も立ち並ぶ大樹は兎人族たちの家なのだと理解する。
よく見ると扉の隣にはマサキが読めない異世界文字で書かれた表札がある。そして木製でできた郵便受けのようなものもあった。
「つまりデッカイ看板で激しい装飾があんのはお店。んで、小さい表札と郵便受けがあんのは家ってところだな」
「そうですよ。マサキさん本当に何も知らないんですね。これも常識ですよ」
無知なマサキに微笑みかけるネージュ。それは母親が子供に向けるような優しい笑顔だとマサキは感じた。
「そうだ。ネージュのご両親は? いきなり俺みたいなのが押し掛けても大丈夫なの?」
暖かい家庭の光。そして母親のように優しい笑顔のネージュを見てネージュの両親のことが気になった。
いくら戦争が終結した平和な世界だとしても種族が違う見ず知らずの男を泊めてくれるのだろうか。
ネージュが説得してくれて泊めてくれたとしても一文無しのマサキにはその恩返しができない。
そして森の中で倒れているマサキを助けてくれたネージュへの恩返しすらまだできていない。
しかし、そんな不安や懸念はネージュの言葉によって一瞬で消え去った。
「私、一人暮らしなんです。小さい時に両親を亡くしてまして……両親の記憶はほとんどないです。でも両親の代わりに私はおばあちゃんに育てられてずっと一緒に暮らしてました。ですけど……おばあちゃんは……一年前に亡くなりまして……月へいってしまいました……ぅぅ……だから私は一人暮らしなので……心配しないでください……」
「そ、そうだったんだ。なんか、その……ごめん」
一瞬で凍りつくような気まずい空気になってしまった。知らなかったとはいえマサキは質問したことを後悔する。
そんな気まずい空気を変えるためにマサキは別の質問をして話題を変えようとする。
「えーっと、そ、そうだ、友達とかは? どんな友達がいるの? ネージュの友達知りたいな!」
「……私、友達もいなんですよ……」
「ぁ……ご、ごめん」
より一層、気まずい空気になってしまった。
再び話題を変えようと脳をフル回転させるマサキだったが、何を話しても余計に気まずくなる一方だと思い、これ以上の質問をやめて口を閉じた。
そんな中、ネージュは言葉を続けた。
「私、人恥ずかしがり屋なんです。だから友達とかできなくて……」
「ネージュが恥ずかしがり屋? 俺と話してる感じだとそんな風には見えないけど……」
「なんでですかね。マサキさんの前だと普通に喋れるんですよ。その……緊張しないというか、恥ずかしくないというか、気を使わなくていいというんでしょうかね?」
マサキが感じたネージュの印象はお人好しで礼儀正しい、そして優しいくてよく喋る子だ。あと胸がデカくて肌が白くて可愛い。恥ずかしがり屋になんて全く見えない。
そしてマサキもネージュからしたら人間不信には見えないだろう。それはお互い様だ。
マサキが克服したい人間不信。ネージュが直したい恥ずかしがり屋な性格。そのコンプレックスともいえる二人の悪い部分が全く気にならないほど、二人は気が合ったということなのであろ。
「不思議だけどなんとなくわかる。半年以上誰とも喋ってないコミュニケーション力ゼロの俺だけどネージュとなら自然に話せた。なんでだろうな」
「なんか私たち気が合うみたいですね」
「そうみたいだね」
気まずい空気が一気に変わるほどネージュの笑顔は眩しく、光に反射した雪の結晶のようだった。そして人を信じられなくなったマサキの心の病を吹き飛ばしてくれる気がした。
もしかしたらマサキの心の病はネージュと出会った時、すでに吹き飛ばされたのかもしれない。
それくらいマサキは黒く塗りつぶされた心のパレットがきれいに洗い流された気がしたのだった。
「ところでネージュの家はどこ? なんか大樹の家の中に入るとかすんげーワクワクするんだが」
マサキは、元の世界では体験できない大樹の家に入ることに、胸を高鳴らせワクワクさせていた。
「あ、あまり期待しないでください。期待するとガッカリしますよ」
ネージュは垂れたウサ耳をさらに垂らして遠慮がちに言った。
そんなネージュの主張しないさまを見たマサキは、随分と謙虚なんだなと、心の中で思った。
ここでようやく
恥ずかしがり屋なネージュと人間不信のマサキだ。周りを警戒する事が自然と心に染みついているのだ。
二人は
ネージュの家は賑やかだった里の中心からかなり離れた場所にあり、一本の大樹がポツンと立っているだけの何もない場所だ。
里の中心から離れているせいで賑やかだった暖かい街灯や兎人族たちの楽しげな声はネージュの家には届いていない。その結果スマホの明かりや懐中電灯をつけたくなるほど辺りは暗かった。
家の大きさは里で見た幹の太い大樹とはなんら変わらないが、表札がボロボロになっていたり曲がっていたりするのが気になる。
そして木製の郵便受けからは直接草が生えていて年季が入っていのがわかる。
「おばあちゃんもそのまたおばあちゃんも恥ずかしがり屋でした。なので里の中心から少し離れてるんですよ」
「先祖代々恥ずかしがり屋って、恥ずかしがり屋にも程があるだろ。途中でさっきの森に引き返したのかと思ったぞ」
賑やかだった里の中心から離れた時点でマサキは不安に駆られていた。そしてネージュの家に到着しその不安が的中し想像以上の光景に衝撃を受けたのだった。
「ウサギって寂しいと死んじゃうって聞いたことあるんだが、ネージュは一人で大丈夫なのか?」
「おばあちゃんがいなくなった時はさすがに寂しくて死にそうでしたよ。でも今は一人でも全然寂しくありません。変な友達や変な知り合いもいませんので楽ですね。それにウサギじゃなくて兎人族です。一緒にしないでください」
「一人の方が楽って気持ちはすんごいわかる。人間関係って大変だしな。ちょっとのことでも気になるし相手の気持ちなんてわかんねーし」
マサキが人間不信になった原因はもちろんのことだが人間関係にある。
居酒屋時代の職場の上司や先輩には厳しく怒鳴られ、過重労働を強いられる毎日。いわゆるパワハラを受けていたのだ。そして接客のためホールに出れば迷惑な酔っ払いに絡まれ散々な目に遭わされていた。
なので一人の方が楽というネージュの言葉は痛いほど伝わる。そして同情するように共感できる。
「暗いですしお家に着いたんですから中に入りましょう。マサキさんも疲れてるはずですし」
ネージュはそう言うと大樹の中央にある玄関に鍵のようなものを刺して扉を開けた。気遣いも出来る優しい兎人族だ。
開いた扉からは、先ほどマサキが見た暖かい家庭の光は一切無く、それとは正反対の真っ暗で寂しい暗闇が手招きしていた。
一人暮らしと言っていたので仕方がないのかもしれないが、さすがに寂しすぎる。
「お、お邪魔します」
「中もあまり期待しないでくださいね。何もありませんから」
「お、おう」
元いた世界では靴を脱ぐ文化と靴を脱がない文化があった。兎人族の文化はどうなのだろうか。マサキは真っ先にそのことが頭に浮かんだ。
兎人族のネージュは裸足ではなく人間と同じように靴を履いている。なのでマサキはネージュが靴を脱いだかどうか確認する。
ネージュは靴のまま家の中へと上がって行ったので、マサキもネージュを真似て靴のまま上がることにした。土足で踏み入れる罪悪感そしてカルチャーショックをマサキは感じた。
異世界転移して初めての宿泊。それも可愛い可愛い兎人族の女の子の家だ。
マサキは緊張と興奮が入り混じった変な感情を抱きネージュの家に上がったのだった。
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