2 ウサ耳を垂らした美少女
目が覚めたら知らない森の中。ウサ耳とウサ尻尾を付けた美少女。マフマフや
全ての観点から黒いジャージ姿の青年マサキが導き出した答えは異世界転移だった。
どうやって異世界転移したのか不明だ。もちろん元の世界への帰り方も不明。
「いや、帰り方がわかったとしても、あんな世界には帰りたくないけどな……」
「ぅひ……なんか言いましたか? ぁひ……」
「いいや、ただの独り言だよ。キミ、足痺れてんだろ。だったら治るまで少し大人しくしてろよ」
足の痺れが治らないウサ耳の美少女をマサキは引き止める。
マサキにとって彼女は第一村人のような存在だ。右も左もわからない異世界で助けてくれた親切な彼女をみすみす見過ごすわけにはいかないのだ。
「足の痺れが治るまでですからね。また変なことしたら怒りますから……それ以上は近付かないでくださいよ」
痺れる足の痛みに耐えられずウサ耳の美少女は渋々立ち上がるのをやめて、マサキの言う通りに痺れを治すのに専念する。
細長い足を白くて細長い腕でマッサージを始める。優しく優しく揉み
「わかってるって変な事しないって……」
「それ変なことする人が言うセリフですよね」
「じゃあなんて答えればいいんだよ……」
言葉で伝わらないのなら態度で示すしかない。
マサキはその場に座りあぐらをかいた。手を出さない。近付かない。という意思表示だ。
その姿を見て警戒していたウサ耳の美少女も若干であるが警戒を解いた。足の痺れを庇いながら細長い足をぴーんっと伸ばして座っている。
足の痺れを早く治すのなら座って揉み解すのが効果的だろう。
警戒を少しでも解いてくれたとわかったマサキは嬉しさで頬が緩んだ。そして再び質問を開始する。
「えーっと、質問してもいい?」
「なんですか?」
「ここはどこ?」
冷静になったマサキは先ほどのような質問攻めを止めて一つずつ丁寧に質問をするように心がけた。
まず気になったのはこの森。マサキが異世界転移したこの森だ。
もしかしたらマサキでも知っている有名な名所の可能性がある。その場合は異世界転移の説が消えてしまうがマサキはこの森、そしてこの世界がどこでどんな世界なのか知りたかったのだ。
「
「アントル……なんだって?」
「
「知らん。だって気付いたらここにいたからさ……」
森の名前はアントルメティエ。そしてこの森は兎人族の森だという事も判明した。
ここがどこなのか根本的なものはわかっていないが森の名前そしてどの種族の森なのかだけは理解した。
けれどまだ聞きたいことは山ほどある。なのでウサ耳の美少女の足の痺れが治る前に次の質問を繰り出さなければならない。
時間は永遠ではない。タイムリミットは足の痺れが治るまでなのだから。
「次の質問。えーっと、その獣耳って本物?」
マサキはウサ耳の美少女の白銀色で垂れたウサ耳を指差し本物かどうか質問をした。
「
ウサ耳の美少女は自分のウサ耳を引っ張ったり動かしたりして本物だという事を証明する。
「マジだ……す、すげー。獣耳、いや、ウサ耳だ。か、かわいい……触りたい……」
「そんなことよりもアナタは兎人族も知らないんですか!? 今までどうやって生きてきたんですか!?」
初めての兎人族との出会いに感動するマサキ。また変態呼ばわりされるかもしれないが心の声が漏れている。
そんな無知なマサキに興味が湧いてしまうウサ耳の美少女。
この世界で生きている全ての人間族、非人間族なら
元の世界で動物のウサギや富士山を知らないのと同等のレベルだと考えた方が良いだろう。
ただマサキは異世界転移してきたばかりの右も左もわからないひよっこ異世界人だ。知らなくて当然なのである。
「あとあとあと、この世界には人間とかキミのような
ウサ耳の美少女は種族名を指折り数えながら答える。
「他の種族ですか。もちろんいますよ。
「マジかそんなにいんのか。すげーな。見てみたい。ってさりげなく軽口叩いたな。俺を変態呼ばわりするな」
変態さんと答える際にはマサキのことをジト目になりながら見ていたのでマサキはすぐに自分のことだと気が付いたのだ。
「あとは……そうだな……この世界って戦争とかある? 種族同士の争いとか。魔王と勇者の戦いとか。これ異世界ファンタジーものの定番だからさ」
「イセカイファンタジー?」
「い、いや、こっちの話。で、戦争とかあるの?」
「大きな戦争は三千年前で終わりましたよ。最後の戦争は亜人戦争ですね。種族が違うだけで争うなんて今ではあり得ないですよ。そんなことできないように世界で掟がありますからね。これも常識じゃないですか」
「……常識か。ということは俺は戦わなくて済むのか。それだけは本当によかった。異世界転移って気付いて最初に頭に浮かんだのは魔王討伐とかだったからな……本当に良かった……」
マサキは異世界転移した瞬間、自分が知っているありとあらゆる異世界ファンタジーものの知識を頭の中の引き出しから出していた。
その中で真っ先に気になったのが戦争だ。異世界ファンタジーものには戦いが付き物。それも異世界へ召喚、転生、転移した者が勇者となって魔王を討伐する過酷なものが多い。
しかしウサ耳の美少女の話によるとそんな戦争はとっくの昔に終結。今では大きな争いは非常識とされるほどだ。
そしてマサキは頭の中の引き出しからもう一つ気になるものを見つけた。
「スキルとか魔法とかって存在する世界だったりする?」
異世界ものの定番中の定番。スキルそして魔法。
異世界転移した者はチートスキルやオリジナルの魔法を転移した際に授かることが多い。または後に入手することもある。
戦争がない世界だがスキルや魔法くらいは存在するだろうとマサキは考えたのだ。否、あってほしいと願っている。
「それも常識ですよ」
ウサ耳の美少女の答えはどちらにも解釈できるような答えだった。
「それは
「ありますよって常識です。スキルや魔法は生活のために使うものですよ。変なことに使用したらダメですからね。これも常識です」
「よっしゃー! 戦争は終結していてスキルと魔法はある世界か。最高の世界じゃんか! って変なことに使わねーから。もう変態呼ばわりするのやめてくれ。それくらいの常識はある」
「……私のマフマフ揉んだくせに」
「まだ根に持ってるのか。あれは不可抗力からのラッキースケベ。俺は何も悪くない」
膨れっ面でマフマフと称する胸を隠すウサ耳の美少女。そして決して自分は悪くないと主張するマサキ。
それから二人は質疑応答を繰り返した。
時に常識知らずの人間族にウサ耳の美少女から質問することもあったのだ。
そんな時間が続き、二人が談笑する森の中に夕刻を告げる鐘の音が響き渡る。
「え!? な、なんの音。鐘の音? っていつの間にか暗くなってるし!」
マサキは突然鳴り響いた鐘の音に辺りが薄暗くなっていた事に気付かされた。
元の世界でも夕刻を告げるチャイムがあったようにこの世界でもそれと似たようなものがあるのだ。
「ほ、本当ですね。いつの間にかこんなに話し込んでしまいました……」
「そうだな。そういえば足の痺れが治るまでとか言ってなかったか?」
「言いましたけど、アナタの話が面白かったというか。人間族と話した事がなかったので……その……色々と知らない話が聞けて楽しくなったというか……と、とにかくアナタの知らないことをたくさん話して人間族にマウントをとりたかっただけですよ。ついでに楽しかったというだけです」
美白がかった頬を真っ赤に染め、膨れっ面になるウサ耳の美少女は、照れ隠しのため素直に答えなかった。
話していくうちに二人は打ち解けていき心の距離が急激に近くなった。時間を忘れるほどに楽しくなってしまったのだ。
「素直じゃねーな。俺はキミと話せて楽しかったぞ。久しぶりに誰かと話をするって楽しいもんだな」
「そ、そうですか。そ、それじゃ私は暗くなる前にお家に帰ります。足の痺れも治りましたので……で、では、またどこかで……」
立ち上がったウサ耳の美少女の表情はどこか寂しげだった。まるでマサキとの別れを惜しむかのように。
立ち上がるウサ耳の美少女に釣られたかのようにマサキも同じタイミングで立ち上がった。
そして立ち去ろうとするウサ耳の美少女の背中に向かってマサキは言葉を発する。
「それじゃ最後に質問していいかな? 大事な質問するの忘れてたわ。というか、なんで聞かなかったのか不思議に思うくらい大事な質問」
家に帰ろうとするウサ耳の美少女は、大事な質問と言われ歩き出した足を止めその場で立ち止まった。そして振り向き可愛らしく小首を傾げた。
「なんですか大事な質問って?
すっかり打ち解けてしまったウサ耳の美少女は、
その広い心に甘えてマサキは大事な質問を口にする。
「えーっと、俺の名前は
大事な質問とは名前のことだった。
自己紹介は常識中の常識。時間どころか自己紹介すら忘れて談笑していたのだ。
人間不信になり人と関わることが無くなったマサキはコミュニケーション力が著しく低下し自己紹介という常識を忘れていたのだ。否、忘れかけていたところを最後に思い出したのだ。
「そういえば名乗ってなかったですね。私の名前はフロコン・ド・ネージュ。ネージュでいいですよ。えーっと」
「マサキでいいよ」
「はい。じゃあマサキさん!」
ウサ耳の美少女ネージュは笑顔で答えた。
その笑顔は薄暗い森の中でも輝いて見えるほど。まるで雪の結晶のようだった。
「ネージュ。めちゃくちゃいい名前だな」
「ほ、褒めても何も出ませんよ」
「褒めたら赤くなる」
「か、からかわないでください」
長時間の談笑で褒めたりからかったりすると雪のように真っ白な頬が赤くなることをマサキは知った。
なので人間の
「あ、あともう一つだけいい? こっちの方が大事だった。というか命に関わる重要案件」
「い、命!? 本当に重要案件じゃないですか? なんですか?」
「俺をキミのお家に泊めてください」
「へ?」
マサキは丁寧に頭を下げた。否、土下座をして自分を助けてくれた親切で可愛い兎人族の美少女に
異世界転移したばかりで右も左もわからないマサキは今晩を
さらには一文無しときた。宿に泊まるための金も持っていないのだ。
いくら戦争が終結した平和な世界だからといって知らない土地で野宿などできたものではない。
マサキは頭を下げてしまったせいでネージュの表情が見えなくなってしまった。
返事までの間が長い。否、長く感じているのかもしれない。
いくら心が打ち解けたからといっても見も知らずの人間。さらには異性だ。泊めてくれるはずもない。
諦めかけたその時、ネージュは口を開いた。
「いいですよ」
「へ?」
あっさりとした返事に今度はマサキが呆気に取られたよう表情で情けない声を出す。
「その代わり変なことしたらダメですよ」
「は、はい。よ、よろしくお願いします
「なんで敬語なんですか? それになんで様を? なんか寒気がするんでやめてください」
「助けてくれた恩人に敬意を表しただけだぞ。そんなゴミを見るような目で見ないでくれ」
ゴミを見るような目で見ているネージュだがどうやらマサキのことを気に入ったらしい。
ネージュはスキップのように軽く飛び跳ねながら進んだ。まるでウサギが飛び跳ねているように。そして鼻歌まじりで
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