4 人間不信と恥ずかしがり屋のコンビ
幹の太い大樹の中にあるネージュの家の間取りはワンルームだ。居室とキッチンには扉のような区切りはない。そしてトイレとお風呂もしっかりと完備されている。
ワンルームは部屋全体が広々と感じるメリットがある。そして太い幹の大樹でできた家だ。一人暮らしのネージュにとっては広すぎるぐらいの家だ。
そして広すぎる要因はそれ以外にもあった。
「何もないって言ってたけど、さすがに何もなさすぎじゃないか?」
ネージュの家の中に入ったマサキが真っ先に言った言葉だ。広すぎる部屋への感動よりも、物が少なすぎることに驚いている。
生活できるのかどうか心配になるくらいネージュの家の中には物がなかったのである。
「そ、それがですね。ほとんど売ってしまい硬貨に変えてしまいました」
「マジか。それって生活が苦しいってこと? 働いてねーの?」
「先ほども話しましたが私、恥ずかしがり屋で……」
「あー、なんとなく察した。そして痛いほどわかる……」
ネージュの言葉を皆まで聞かずにマサキは察した。恥ずかしがり屋なネージュは、その性格から働けずにいたのだと。
働けないということはお金を稼ぐことができないということ。
おばあちゃんが生きていた頃は、どうにか生活はできていたのだろう。そしておばあちゃんが亡くなってしまってから約一年で貯金が底を尽き生活が苦しくなった。
そして貯金が底を尽きてしまったネージュは生活をするために家にあるものを売ってなんとかその場
「だから一人で森の中にいたのか……」
マサキはネージュが大事そうに持っていたラタン製のバスケットを見ながら呟いた。
そしてネージュが一人で
ラタン製のバスケットの中身は、生活に必要な物が入っているのだろうと。おそらく食べ物だ。
今夜を凌ぐための食べ物を調達するために森の中に入っていたに違いない。
そんな想像をした直後、マサキはやるせない気持ちに駆られた。
「恥ずかしがり屋で仕事ができない……か。俺も人間不信で仕事ができなくなったからな。気持ちはわかる。似た物同士って感じか。だから俺たちは気が合うのかもしれないな」
呟くマサキ。広いネージュの家には小すぎる声だ。ネージュの耳元に届く前に音は消えていく。
「なんか言いました?」
「なんでもない。というか
ウサギは聴力に優れていて周波数の幅も広い。それならばウサギの血筋を持つ兎人族も聴力に優れているはずだとマサキは思ったのだ。
「私、耳が垂れてるじゃないですか。なので小さい声は聞き取りにくいんですよね」
「あ、そういう理由なの!?」
垂れたウサ耳を立たせ再び垂らす可愛らしい仕草を繰り返すネージュ。
小さい声が聞き取り辛い理由は、広い部屋の他に垂れたウサ耳が原因という意外なものだった。
「とにかくだ。俺は見ての通り一文無し。もちろん仕事もしてないしこの世界……いや、アントルなんちゃらっていう兎人族の里の常識も全く知らん。無知な人間だ」
「どうしたんですかいきなり。そんなこと自分で言ってて恥ずかしいと思わないんですか。私だったら恥ずかしくて死んじゃいます。それに
いきなり熱く語り出すマサキに困惑の瞳で見つめるネージュ。
「地名は後ほど覚えるよ。そんで心優しいウサギちゃんは、その純粋無垢な心で見ず知らずの一文無しの俺を助けた。天使のように!」
「そ、そうですけど、ウサギちゃんって……」
「しかーし、恥ずかしがり屋のウサギちゃんはその性格から働くことができず生活に困っている。挙げ句の果て家にある物を売ってなんとかその場凌ぎを繰り返しているときた」
マサキはそこで言葉を区切りまじまじとネージュを見つめた。足元からウサ耳の毛先までまでまじまじとだ。
「わ、わかってますよ。って何で私の体をじーっと見てるんですか。体は絶対に売ったりしませんよ。マフマフだって触らせませんよ!」
雪のように真っ白な顔を赤らめながら豊満な胸を隠すネージュ。
しかしネージュが考えているようないやらしい想像をマサキはしていなかった。
マサキは自分が異世界転移した意味に気が付いたのだ。否、そうだと勝手に思い込むようにしたのだ。
それは働くことができず困っている同じ境遇の兎人族の美少女ネージュを助けるためなのだと。
「俺は人間不信で働けなくなった。でもネージュ、お前となら働ける気がする。いや、きっと働ける。根拠はないがそんな気がする!」
「で、でも私はマサキさんと一緒に働けたとしても他の兎人がいたら無理ですよ。喋ることすらできないですし、仕事は失敗しかしません。それどころか職場にも行けないと思います」
堂々と言い張ったネージュ。どうやらマサキの想像以上に極度の恥ずかしがり屋らしい。
その証拠に家の中のものをほとんど売ってしまい空っぽだ。そこまでして働きたくないということだろう。
その原因は、やはり恥ずかしがり屋という性格にある。
性格を直せばいいと簡単に言う人がいるだろうが、一度負ってしまった心の傷や長年体と心に染みついた性格はそう簡単には直らない。
それならば恥ずかしがり屋な性格が出てしまうことがない仕事をすればいいではないか。
マサキも今はネージュと普通に喋っているが本来のマサキの性格は人間不信だ。目も合わせるどころか会話すらまともにできない臆病者だ。
ネージュ以外の兎人族や他の種族と交流する自身は到底ない。むしろ見てみたい気持ちはあるが話す気はないといった感じである。
だからこそマサキは考えに考えた。そして答えにたどり着いていた。
「人間不信の俺と恥ずかしがり屋のネージュが働ける何も気にせずに働けるそんな仕事をしたらいいんだよ」
「簡単に言いますがそんな仕事あるんですか? あったらとっくにやってますよ。というかそれを
この異世界にあるかどうかは不明だが元の世界にあって二人にピッタリな職業をマサキは知っている。否、最近知ったのだ。それは……
「ネージュよ。無人販売所って知ってるか?」
「ムジンハンバイジョ? なんですかそれ。聞いたことありませんね」
物知りなネージュの反応からして無人販売所はこの世界にはまだ存在していないらしい。
これぞ現代知識。時に現代知識は異世界を救う鍵になるのだ。今は二人の無職を救う鍵だが。現代知識は異世界では役に立つ。これも異世界物あるあるだろう。
「俺もいつか働かなきゃいけないって思ってた。そんでこれからここで暮らすんだったらなおさら仕事は必要だ。だから俺たちができる無人販売所をやればいい。それに戦争が終結した世界で平和が確約されてるなら無人販売所はこの世界にピッタリ。俺たちにピッタリな仕事だよ!」
「だからムジンハンバイジョってなんですか? それにちゃっかり共同生活すること前提に話を進めてるじゃないですか」
「え? だって俺帰るところないんだよ。それにネージュだって今は一人だろ。俺たち気が合うみたいだしさ。助け合いながら生きていこう」
マサキは当たり前のように座りだした。森で助けてもらい、これからも助けてもらうというのに図々しい。
そんなマサキに対して、一人を好んでいたネージュだったが否定の言葉も拒否する言葉もスッと出てこなかった。
そして今まで芽生えてこなかった不思議な感情がネージュに芽生えたのだ。
「助け合い……ですか。そ、そうですね。でもその前にムジンハンバイジョっていう仕事を教えてくださいよ。話が進みすぎていてよく分からないです」
信頼と仲間意識。それがネージュの芽生えた不思議な感情だ。
恥ずかしがり屋なネージュが出会ったばかりのマサキに芽生えるはずのない不思議な感情。
「そうだよな。悪い悪い。無人販売所っては俺たちにしかできない仕事。いや、
一緒なら成功できる。と、マサキは自身に満ち溢れていたのだ。
そしてマサキは右手をネージュに向けて差し出した。握手を求めているのだ。
この世界に握手という文化があるかどうかは不明だ。そして違う意味に捉えられる可能性だってあり得る。
しかしマサキは
差し出された右手に向かってネージュは深いため息をこぼした。
「もう。さっきから答えになってませんよ。でもいいですよ。ムジンハンバイジョっていう仕事は夢のような仕事なんですね。だったら信じますよ。マサキさん。アナタのビジネスパートナーになってあげます」
ネージュはマサキの右手をとり握手を交わした。そして上下に軽く二回ほど揺さぶった。
「指ほっそ! というか本当にいいの? 何も疑わないとかどんだけお人好しなんだよ。というか戦争が終結した平和な世界がネージュをそうさせたのか? 絶対悪い人に騙されるぞ。気をつけた方がいい」
「なんとなくですよ。なんとなく手をとったほうが良いと思ったんです。それにすでに悪い人に……マサキさんに騙されてますから不要な心配です」
なぜか威張りだしたネージュ。しかし威張りきれていない可愛らしい姿にマサキの口元が緩くなった。
その間、固く交わした握手は解かれなかった。
「そんじゃこれからビジネスパートナーとしてよろしくな。ネージュ」
「はい。マサキさん。よろしくお願いしますね。変なことだけは絶対にしないでくださいよ」
「だから変なことなんてしないって……」
こうして人間不信のマサキと恥ずかしがり屋のネージュのコンビが誕生したのだった。
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