16.未踏の迷宮・1
一通の手紙を読んで、クロムは戦慄していた。
「金属が採れない……だと!?」
送り主はとある商人からだった。
主に鉱山から発掘される金属や宝石といった商品を取り扱っている商人だ。
鍛治師としては武器の元になる金属が必要不可欠なため、俺はその商人と契約を結んで手頃な価格で金属を譲ってもらっていたのだが、今朝方届いた手紙に記された内容はあまりにも衝撃的だった。
曰く「鉱山の一部が崩落したことにより、しばらくの間発掘作業が困難になった」とのこと。
幸い死傷者は出なかったそうだが、鍛冶屋兼武具店を経営する側としてはかなり致命的な事態だ。
「金属の在庫どれくらいあったっけ……いやまずは営業休止すべきか……?」
今受注している依頼だけなら何とかなりそうだが、金属の入荷が見込めない状態で営業し続けるのは流石に無謀だ。
迷宮や遺跡で見つかることが多い
急な難題に頭を悩ませていると、ふと入り口の扉が開いた。
「おはようクロム!」
元気良く店に訪れたのは一人の少女。
揺れる金髪。特徴的な緑のリボン。腰には鞘に収まった片手剣。
彼女は無邪気な笑顔で小さく手を振る。
名はマリナ=リュミエール。
つい先日知り合ったばかりの冒険者だ。
マリナはあれから何度か店に足を運んでくれるようになり、同い年だったこともあってすぐに打ち解けた。
今では貴重な常連客の一人であり、友人でもある。
「おはようマリナ。今日はまた随分と早いんだな」
「うん、今日は迷宮に行ってみようと思って!」
カウンター越しの椅子に座るマリナ。
俺は彼女から受け取った剣を当たり前のように点検していく。
「ここら辺の迷宮っていうとほとんど攻略されてるんじゃないか? ほら、アストリアは冒険者の国って言われるぐらいだし」
アストリア王国はその規模も施設も、他の都市と比較してかなり発展しているため、多くの冒険者がここを拠点として活動している。
それ故についた別名が“冒険者の国”。
「多分まだ誰も攻略してないと思うよ? 入り口はすっごく見つけ辛いとこに隠してあったし、誰かが入った痕跡もなかったから」
「ってことは未踏の迷宮か。よく見つけられたな?」
「ふふっ、私、目は良いからね!」
──迷宮。
人々を魅了し、訪れた者を惑わせる領域。
その奥底には数々の宝物が眠っているとされているが、それに比例して多くの魔物、大量の罠が設置されている。
神によって築かれたという説や人の手によって地道に作られたという説もあるが、どれも確証には至らない。
確かなのは命を落とす危険性がある場所だということだけだ。
「じゃあしっかり準備していかないとだな。『迷宮行くなら食料は最低3日分持ってけ』って俺も昔に言われたことあるし」
「昔……? もしかしてクロムも冒険者だったの?」
「あぁ、活動してたのは1年ぐらいだけど。その時期は何度か迷宮に行ったこともあったよ。隠された宝を探し出すあの高揚感は未だに忘れられないな……」
「だよね! 私も隠し部屋とか見つけるとワクワクする!」
「わかる! でも宝箱だと思って油断して罠に引っかかったこともあったなぁ」
迷宮の話題で盛り上がる俺とマリナ。
そんな話をしていたからか、冒険者時代の思い出が一つ、また一つと蘇ってくる。
当時は剣士の少年と治癒術師の少女と共に、3人で色々な迷宮に挑んでいたものだ。
運良く2時間程度で攻略できた時もあれば、
迷宮内で3日間近く彷徨ったこともあった。
割と洒落にならない窮地だったが、今思い返してみれば良い思い出だ。
あれからもう1年近く経つのだと思うと感慨深い。
「そうだ、クロムも一緒に行かない? 迷宮探索!」
「ごめん、せっかくの誘いだけど俺には店が……」
そこまで言ってふと大切なことを思い出した。
鉱山の崩落、金属の不足。
これらの要因から当面の間、店が営業できそうにないということを。
(それなら店にいてもしょうがないか……)
幸い予約済みの仕事はほとんど片付いている。
店にとどまってもやれることは少ない。
ならばマリナの探索に同行しても何も問題は無いだろう。
決して仕事をサボりたいだとか、マリナと出かけたいだとか、そういった意図は無い。
「そっか、クロムにはお店があるもんね」
「いや、やっぱり行くよ。しばらく店は休業するつもりだったし」
「え……じゃあもう私の剣、研いでくれないの……?」
マリナは上目遣いでこちらを見つめた。
その宝石のような潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。
どうやら本気で悲しんでくれているようだ。
「と、研ぐくらいなら大丈夫だよ。今はちょっと金属が不足してて、新たに武器を作るのが難しくなったってだけだから」
「そっか、良かったぁ……」
マリナはホッと胸を撫で下ろす。
実際のところ、マリナが店に来てくれなくなると俺も少し寂しい。
このところ仕事で忙しく、ギルドにも顔を出せていなかったため、彼女以外に気楽に話ができる相手がいなかったのだ。
「そうと決まればまずは買い出しだな。入念な準備は冒険の鉄則だ!」
久々の冒険、久々の迷宮に胸が高鳴る。
冒険者らしい活動をするのはそれこそ1年ぶりだが、不思議と恐怖や不安は無い。
これもマリナの明るさのおかげだろう。
「うん、じゃあ今日一日よろしくねクロム!」
「こっちこそよろしく! これでも元冒険者だからな。足を引っ張らないように頑張るよ」
微笑むマリナと握手を交わし、俺達は迷宮探索に備えるべく城下町へと買い出しに向かった。
***
仄暗い通路に走る剣閃。
光を反射する刃が、迫り来る人形の腕を斬り飛ばした。
剣を振るったのは自分と同い年の少女。
煌めく金髪を揺らし、閃光が如き速さで手首を返す。
速さだけではない。力強さと正確さを兼ね備えたその剣技は、瞬く間に人形の肢体を分解していく。
個体名【スレンダー・クレイドール】。
迷宮や古い遺跡で見られる人形の魔物。
細身な人型を模しているが、その身体は灰色の岩石で構成されている。
クレイドールは言葉を話すことはない。生物特有の食事や睡眠も必要としない。
魔力を糧に、視界に入った者を攻撃する兵器でしかないからだ。
意思なき人形は目の前の敵を排除するため堅牢な腕を振り下ろすが、その剣士には掠りもしなかった。
容易く攻撃を躱した少女は、鋭い眼光で人形の肢体を捉える。
「──ッ!」
少女が短く気勢を吐くと同時に、剣が三度振るわれた。
一度目は上から下へ縦一直線の真向斬り。
二度目は左上へ跳ね上がる逆袈裟斬り。
三度目は右への強烈な一閃。
時間にして僅か1秒。
左腕、左脚、腰部、右腕、右脚、胸郭と頭部。
流れるように六分割された人形は、間も無くその動作を停止し、バラバラと音を立てて呆気なく崩れ去った。
「意外と多かったね! ちょっとだけ疲れちゃった」
「お、おう……」
「どうかしたの?」
「いや、マリナって結構強いんだな」
「そうかな?」とマリナは少し照れ気味に笑う。
剣の素振りを見た日から普通の女の子では無いなと薄々勘づいてはいたが、正直ここまでとは思っていなかった。
普段のふわふわとした雰囲気から一転。
剣を抜いた彼女の姿は、それこそ熟練の剣士そのものだった。
「もう動かないとは思うけど、念のため“核”は潰しておこう」
クレイドール系の魔物は、体内のどこかに動力源である核を保有している。
その核から周囲の魔力を取り込むことで、長期的な稼働を可能にしているのだ。
俺は弱々しく動いている人形の胸辺りを剣先で突き刺す。
パリンという小気味良い音と共に核は砕け、その活動は今度こそ停止した。
「にしても、よくあんな硬そうなヤツ斬れたな。クレイドールは打撃武器か魔術で倒すのが正攻法のはずなんだけど」
床に散らばる人形の残骸、その一つに触れてみる。
表面は岩なのでゴツゴツとした手触りだが、その切断面は驚くほどに滑らかだ。
鉄製の剣一本でこれを成し遂げるには、かなりの技術が必要になるだろう。
「脆いところを狙わないといけないけど、やってみたら意外と簡単だよ? クロムにも教えてあげる!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
アストリア王国を出て1時間ほど北西方面に歩くと【サリスの森】と呼ばれる森林地帯に辿り着く。
迷宮の入り口、地下深くへと続く長い階段はそこに隠されていた。
地下に広がっていたのはヒビ割れた天井、所々に窪みのある床。
薄汚れた灰色の石壁には一定の間隔で松明に似た魔道具が灯っている。
暗くはないが、それほど明るくもない。そんな微妙な明るさだ。
迷宮はある程度進むと道が分岐していたので俺とマリナは真新しい紙に道を記しながら、ひとまず勘で進んできた。
何度か戦闘はあったが俺とマリナは何なく突破し、現在は迷宮内を歩きながら地道に地図を埋め続けている。
「あんまり変化がないね。違う道進んじゃったのかな?」
「まぁ行き止まりだったとしても地図に描き残してはいるから、そのうち正しいルートに入れると思うよ。必要以上に時間をかけるつもりは無いけど、なるべく慎重に行こう」
結局、こういう類の迷路はしらみ潰しに回る方が確実なのだ。
焦れば焦るほど余計に時間と体力を消費してしまう。
冷静な判断力こそが生き残る秘訣だとベテランの冒険者もよく言っていた。
「クロムってどうして冒険者を辞めちゃったの? こんなに頼りになるのに」
「元々武具店を建てるのが夢だったんだ。冒険者をやってたのはその資金を集めるためで」
「へぇ〜あの店ってクロムが買ったものだったんだ! すごいね!」
「結構な金額だったけどな。おかげで最初の頃は極貧生活だったよ……」
あの頃を思い出すと未だに寒気がする。
近くの料理店で一番安いメニューを注文し、寝る間を惜しんで武具の作成に励む毎日。
もう少し貯金をしてから店を買うという選択肢もあっただろうに。
当時の自分は無鉄砲過ぎる。
「そういうマリナはどうして冒険者になろうと思ったんだ?」
ふと気になった疑問を投げかけてみる。
マリナは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに口を開いた。
「──私、いなくなったお姉ちゃんを探してるんだ。……もう3年ぐらい会ってないんだけど、旅をすればいつか見つけられるんじゃないかって思って」
同じく姉を持つ身としては胸が締め付けられるような話だった。
家族が行方不明になったら、そう考えただけで背筋が凍る。
マリナはそんな不安を抱えながら3年という長い時間を歩んできたのだろう。
その苦悩は計り知れない。
「冒険者になったのは成り行きかな。ほら、ライセンスがあると入国の手続きが楽になったりするでしょ? それにたくさん依頼をこなして有名になればお姉ちゃんの耳にも届くかもしれないし!」
そう言ってマリナは笑う。
冒険者時代、無理して笑顔を取り繕う友人をずっと側で見てきたからこそわかった。
彼女も本当は不安でいっぱいで、辛いのをずっと我慢しているのだということを。
「お姉さん、見つかるといいな。俺に手伝えることがあったら何でも言って欲しい。力になるよ」
「うん、ありがとう!」
それからはお互いの姉の話で盛り上がった。
我が姉であり、神童と呼ばれたセレン=ファルクのこと。
マリナの姉であり、彼女に剣術を教えた一人の剣士のこと。
優秀な姉を持つ者同士、共感できるところは非常に多かった。
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、変わり映えしなかった視界にも変化が訪れた。
「あっ、クロム、あそこに何かあるよ」
マリナの指が示す先には開けた部屋。
そこにはポツンと寂しげな石碑が存在していた。
明らかに読んでくださいと言わんばかりの圧を放っている。
ようやく現れた最初の手がかりだ。どちらにせよ、読んで損はないだろう。
「えーと……『闇を恐れるな。さすれば望む場所へと辿り着く』か。意外と単純だな」
そこから先は通路が3つに分かれていた。
そのうちの一つ、右側の通路は他二つと比べて明らかに薄暗い。
「暗い方に進むってこと?」
「そういうことだと思う。罠の可能性も否定出来ないけど……」
迷宮としての難易度が低いだけなのか、それとも素直に従った者を陥れる狡猾な罠なのか。
経験上、迷宮の攻略に法則は無い。
ものによっては一本道でひたすら魔物と戦わされるような迷宮や、あえて助言に逆らうことで前に進める迷宮もある。
結局のところ運次第だ。
「じゃあ罠だったら引き返そっか!」
「意外と勇気あるよな、マリナ」
考えていても仕方がない。
いざとなったらマリナの手を取って全力で走ろう。
(多分マリナの方が足速いけど)
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