15.出会い

 鍛治師。

 それは武器を作り、武器を直す職人。


 剣、槍、弓矢、盾、鎧。

 文明の発達と共に生まれたそれらの道具は、現代では魔物への有効的な攻撃手段の一つとして数えられている。


 冒険者にとって武器とは仕事道具であり、それと同時に生命線ともいえるものだ。

 

 ほんの些細な歪み、不具合が戦闘に支障をきたし、そのまま命を落とした冒険者だっている。


 故に鍛治師はただの武器職人ではない。

 彼らの半身ともいえる武具を鍛え上げる、責任ある役職だ。


 握った時の感覚、適切な重量、得意距離に合わせたリーチ。


 名工と呼ばれる優秀な鍛治師は、使い手一人一人の特徴と癖を把握した上であらゆる場面を想定し、繊細な調整をおこなっていく。




──そして、そんな名工を目指して鍛冶屋を営む少年がここにもいる。


 名はクロム=ファルク。15歳。


 最北の地で生まれた少年は、おとぎ話に出てくるような神秘的な武器に強い憧れを抱いた。


「いつかそんな武器を作りたい」その想いが少年を鍛治師の道へと進ませた。




 少年はまず鍛治師の老人の元に弟子入りした。

 修行はとても過酷なものだったが、それ以上に毎日が楽しかった。


 それから3年が経ち、師に認められてようやく鍛治師になった少年は、次に自分の店を建てるための資金稼ぎを始めた。

 ギルドと呼ばれる冒険者組合に所属し、魔物討伐の依頼をこなして必死にお金を貯め続けた。




 1年後、目標の金額を達成した少年は、仲間に惜しまれつつもギルドを脱退。


 こうして元冒険者、現在は鍛治師という異例経歴を持つ少年は、15歳という若さで自分の店を持つに至ったのだ。






「こちらがご注文の品になります」


「いや〜仕事が早くて助かるよ」


 革の鞘に収まった長剣を丁寧に手渡す。

 これは今朝方、点検を終えたばかりのものだ。


 受け取ったのは30代程に見える冒険者の男。渋めの装いがよく似合っている。


 早速彼は鞘から剣を抜き放ち、何度か軽く素振りをして慣らしている。

 武具店を経営している身としては、この瞬間が一番胸が高鳴る。


「うん、やっぱり君に頼んで正解だった。今度友人達にも紹介しておくよ」


「ありがとうございます! またのご利用お待ちしてます」


 長剣を受け取った冒険者は、修理代の銀貨10枚を置いていくと満足そうに店を後にした。


 やはり利用客が武器を受け取って喜んでくれた時の達成感、幸福感は格別だ。

 仕事を苦に感じたことはないが、こういった反応を見せてくれると、どこからともなくやる気がみなぎってくる。

 これが俗に言う“やりがい”というものなのだろう。




 静まり帰った店内。俺は細長く息を吐いて、椅子に腰掛ける。


「もうすぐ1年か……」


 魔物討伐の仕事を中心とする武闘派ギルド【千獣の覇者ベスティア】を脱退し、この武具店を始めてから早1年が経とうとしている。


 最初の頃は客足もほとんど伸びず、冒険者時代の知り合いが利用してくれて、やっとのことで生活ができていた。


 だが、それでも武具店の経営を諦めるという選択肢は無かった。

 どれだけ時間が経とうとも武器に対する情熱が冷めることは無かったからだ。


 そんな諦めの悪さが功を成したのか、今では少しずつ固定客も増え始め、ベスティアでも“おすすめ鍛冶屋”として紹介してもらっている。


 こうして鍛治師としての生活ができているのは決して俺一人の力ではない。

 様々な人物に助けられたこそ今がある。

 いずれその恩も返していかなければ。


「休んでる場合じゃないな……次の仕事に取り掛からないと」


 ありがたいことに最近は武器作成に関する特注の依頼が多い。

 点検だけならどこの武具店、鍛冶屋でも結果が大きく変わることはないが、特注品となると話は別だ。


 文字通り使い手専用の世界で一つだけの特別な武器を作るのだから、鍛治師として余程の信頼がなければ任せてもらえない。


 俺は近くのテーブルの上にまとめられた書類を一つ手に取る。


「えーっと……戦闘用の槍の作成、穂先は三叉、柄は太め……」


 脳内に具体的な構造を思い浮かべ、依頼内容に合わせてその形に少しずつ変化を加えていく。


「こんにちは〜」


「三叉ってことは主な用途は刺突目的。となると引き抜きやすい形状の方がいいな……」


「……あれ? こ、こんにちは!」


「刺したり抜いたりを繰り返すならそれなりに力もいるだろうし、持ち手には滑りにくい素材を使おう」


「あの〜……」


「あとは使う金属だな。柄全体を太くすると重量も洒落にならないし、なるべく軽めの金属にした方が……」




「──ねぇ、聴こえてる?」


「っ!?」


 突然何者かに耳元で囁かれ、俺は驚いた拍子に椅子から転げ落ちてしまった。

 どうやら熱中し過ぎて来店していた客に気づかなかったらしい。


「だ、大丈夫……?」


 そう言って手を差し伸べてくれたのは、天使だった。




 日の光を受けて煌めく流麗な金髪。肩ほどの長さのそれを後ろで結わえている緑のリボンが特徴的だ。


 顔立ちはやや幼さを残しており、薄い緑の大きな瞳は宝石のように透き通っている。




 一瞬、本気で天からのお迎えが来たのかと思い込んでしまうほどに、目の前の少女は美しかった。


「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……」


「いや、すいませんでした。考え事してて……」


 少女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


 徐々に落ち着いてきた。

 これに関しては没頭し過ぎた俺に非がある。

 集中してしまうとそれ以外頭に入らなくなってしまうのは昔から治らない悪い癖だった。


「えーと、店主のクロムです」


「私はマリナ、よろしくね!」


 そう言ってマリナと名乗った少女は無邪気に笑う。

 その笑顔は太陽のようで、気を抜くと見惚れてしまいそうだ。


「マリナ……さんは、今回はどんな要件で?」


「マリナでいいよ〜。多分年も近い気がするし」


「まぁ、そういうことなら……」


 不思議な女の子だ。出会ったばかりだというのになんだか親近感が湧く。

 愛らしい笑顔もそうだが、明るい雰囲気のおかげで喋りやすい。


「今日はこの剣を直して欲しくて来たんだ」


 テーブルの上に置かれたのは一本の剣。

 長さは大体1メートルぐらいなので、片手剣に類するものだ。


 両手で慎重に持ち上げる。

 見た目より重い。女の子がここまで持ってくるにはさぞ骨が折れたことだろう。


「重いな……持ち主はお父さんとか?」


「ううん、私のだよ」


「そっか。……え?」


 思い寄らぬ返答に間抜けな声が出る。

 マリナは今、これを自分のものだと言ったのだ。

 その言葉が真実なら目の前の少女がこの剣を振り回しているということになる。


「どうかした?」


「いや、何でも。それはそうと、使ってて違和感とかないか?」


「うーん、なんて言ったらいいのかな……その、振るたびに揺れる感覚? みたいなものがあって」


「なるほど、大体わかった」


 鞘から剣を抜き、軽く動かしてみる。

 ゆっくりと上下左右に。時には勢いをつけて。

 その一連の動作で予感は確信へと変わった。


「やっぱりそうだ。刀身と柄を繋ぐ接合部が緩んでる。これならすぐにでも直せるよ」


 マリナは「ホントに!?」と子供のように目を輝かせた。


(大切にされてきたんだな)


 剣の状態を見て思う。刀身には激しい戦闘の痕跡があるが、しっかりと手入れがされていた。

 柄に巻かれた革も所々が擦り切れ、主人との歩みが感じられる。

 いくつもの修羅場を共に潜り抜けてきたのだろう。

 目には見えずとも、主人と武器の間には確かな“絆”があった。


「少し待っててくれ」


 それだけ伝えると俺はいくつかの工具を取り出し、剣の分解にかかる。




 こういった両刃のロングソードの分解は少し手間がかかるが、慣れれば至って簡単な作業だ。

 まず柄頭に刺された釘を小型の鎚で慎重に取り除く。

 次に持ち手に巻かれた革を捲り、刀身の茎部分を固定している釘をまた同じように外す。


 あとは力入れることなく柄、鍔、刀身と各部分が外れていくので、緩んでいた原因である歪んだ釘を交換して逆の手順で接合していくだけ。




 3分と経たずに修理は完了した。

 茎そのものが歪んでいたらかなり重傷だったが、固定するための釘だけならどうということはない。


 すっかり元の姿を取り戻した剣を持ち主であるマリナに手渡す。


「念のため確かめてくれ」


 マリナはコクリと頷き、少し距離を取って素振りを始めた。


「うん、しっくりくる!」


 凄まじい光景に思わず息を飲む。

 疾風が如き速度で刃が軌跡を描いている。

 ビュンビュンという風を切る音がここまで聞こえて来るほどだ。


 そこそこ重い剣だったはずだが、マリナはそれを軽々と振るっていた。

 あの細腕のどこにそんな腕力があるのか。


(俺も腕、鍛えよう……)


「今日はありがとう! また来てもいいかな?」


「もちろん。いつでも来てくれ」




 これが彼女との出会いだった。

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