12.初陣

 クロム達が一夜を過ごした巣穴から2キロメートル程離れた地点。

 そこには一際大きなウィルダーネスリザードの生活圏がある。


 昨日見つけた小さな巣穴は、リザード達が乾燥した土を積み上げたものに穴を開けたものだが、今回のそれは規模が違う。


 まず地面そのものが不自然に凹んでいる。

 直径50メートル程の範囲が丸ごと抉られたように窪んでいた。

 深さは2メートル程なので降りるのは容易いが、掴める場所は無いので登るのは困難。

 侵入者を逃さないリザードの性質が伝わってくる構造だ。


 そして窪んだ地形の下には昨日と同様の巣穴が十数個存在している。

 一つの巣穴を家と例えるなら、これはもはや村や街といってもいい。


 巣一つあたりに5体が暮らしていると仮定すると、最低でもこの窪地には50体以上のリザードがいることになる。


 まさしくリザード達の領土。食料を保管し繁殖するための拠点。


 そんな敵の心臓とも呼べるような場所で、一人の鬼人が刃を振るっている。


「おらああッ!!」


 白銀の刃がリザードの頭と身体を両断する。

 力任せ、だがそれでいてどこか華麗さを残す剣裁き。

 鬼神族の少年イブキ=トウショウは仲間2人を置いて、ただ一人で無数のリザード達と交戦していた。


「いいぜ、もっと来やがれェ!!」


 獰猛な笑みを浮かべ、イブキは再び長刀を構えた。


 戦禍の中でありながら、戦いを心から楽しんでいる。

 狂気地味たその姿を目にした者達は、いつしかイブキを狂犬などと呼ぶようになった。




 東方に位置する鬼達が統べる国タイカ。

 少年はその国で生まれた。


 その家の家訓は「力こそが全て」だった。

 素手でも武器を使っても何でも構わない。

 強き者こそが正しい。強き者こそが大衆の上に君臨する。


 幼い頃からそんな呪いのような教えを刻み込まれ、地獄のような鍛錬を強制される毎日。


 少年の価値観が歪んでいくのにそう時間はかからなかった。




「Gaaa!」


 飛び掛かってくるリザード。

 イブキはもう何度目かの一太刀を浴びせる。

 白銀の刃はリザードの腹部を深く斬り裂いたが、惜しくも絶命までは持っていくことができなかったようだ。


 リザードはその勢いのままイブキの右肩に噛み付く。


「──ぐッ……!」


 鋭利な牙が肉に食い込み、白い装束に血が滲んでいく。

 苦痛に顔を歪ませながらも、イブキは力任せにリザードを肩から引き剥がした。

 身の丈近くあるリザードの身体を放り捨て、魔物は今度こそ息絶える。


「くそがッ……!」


 牙は思っていたよりも深くまで届いていた。

 腕を持ち上げただけで僅かに痛みが走る。


 それからもリザード達はどこからともなく無尽蔵に現れ続けた。

 四足歩行の竜が少しずつにじり寄って来る。


 鬼人族は人より身体能力が高いが、不死身では無い。

 血を流せば力は失われるし、骨が折れれば剣も握れなくなる。


 それでもイブキは尚も獰猛な笑みを浮かべ、痺れの残る右腕で刀で掴んだ。




 刹那、イブキの後方から三本の剣が飛来した。






***




 


「──間に合った!」


 イブキの匂いを辿り、荒野を全力で駆け抜けてきた俺とラミィ。

 十分ほどかかってしまったがこれでも結構頑張った方だ。

 ぜいぜいと息を荒げるラミィの隣で、眼前に広がる大きな窪地を覗き込む。


(多過ぎだろ……!)


 窪地に築かれた多くの巣穴を見て思わず息を飲む。

 先程まで眠っていた巣穴などまだかわいいものだ。

 大小様々な巣穴からは次々と四足歩行の魔物が這い出て来る。

 間違いない。ここがウィルダーネスリザードの本拠地だ。


「はぁ、はぁ……クロムくん、あっち見てください!」


 ラミィの指さした先には一際リザード達が密集していた。

 その集団の中心に一つの人影がある。

 白銀の長刀を振り回す白髪の少年、イブキだ。


 距離は少し離れている。

 助太刀に入ろうにも、先に周辺のリザードを蹴散らさなければ踏み込めない。




 あくまで“近接武器しかなければ”の話だが。




 腰のポーチから小瓶を取り出す。

 中には銀の液体。俺は蓋を開け、それを一息に振り撒いた。


 そして右の掌を突き出し、父ジンクより受け継いだ錬金術、その式句を紡ぐ。


銀よ、剣となりソード・シェイプ──刺せスティング!!」


 空中で形成された三本の剣は、主人の「刺せ」という命令を実行すべく飛翔する。


 それらは銀の軌跡を描き、イブキの近くにいたリザード達に命中。

 それぞれ頭部や腕部に突き刺さり、後続の牽制に成功する。


「ラミィ、防御魔術はどこまで守れる?」


「私を中心に半径2メートルぐらいまでなら守れます! でもそこまで近付けるかどうか……」


 深く息を吸い込み、愛剣を引き抜いた。

 剣を振るうのは久しぶりだが、いつまでも弱気でいるつもりは毛頭無い。




「──大丈夫、俺が道を作る!」

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