13.最初の一歩

 愛剣を中段に構える。

 最初に狙うのは目の前にいる二体のリザード。


 荒地に溶け込むような焦げ茶の皮膚は硬そうにも見えるが、天降金属から作られたこの剣ならばきっと断てるはず。


 意を決し、地を蹴った。

 体勢を低くして加速、その勢いを乗せて刃を振るう。


「はああッ!」


 一太刀目は右から左へ向かっての水平斬り。

 深々と肉を裂いた手応えを無視し、間髪入れずに手首を返す。

 今度は左から右への水平斬り。

 硬い骨にぶつかった感触があったが、それすらも切断する。


 駆け抜けた頃には両断されたリザード達は絶命し、生々しい音を立てて4つの肉塊へと変わっていた。


(──よし、やれる!)


 その後は後ろのラミィを守りつつ、順調にイブキとの距離を詰めていった。


「お前……何のつもりだ!」


「こっちの台詞だよ! 一人で動くなって言っただろ!」


 互いに刃を振るいながら、背中越しに口論が始まる。

 どうやらイブキは右肩を負傷しているようだった。

 噛みつかれたような跡から今も尚、血が滲み出ている。


守りたまえプロテクション!」


 杖を掲げたラミィが式句を唱える。

 直後、薄い緑の障壁が広がっていく。


 半球状に展開されたそれはラミィを中心におよそ半径2メートルの空間を覆った。

 

「イブキくん、今すぐ治療します!」


「余計なことを……!」


「じっとしてくださいっ!」


 イブキは嫌そうな顔をしていたが、ラミィは無理やり治癒魔術を施し始めた。


 障壁の周りには徐々にリザード達が集まってきている。

 仮にイブキの治療が終わったとしても、これでは障壁を解いた瞬間に食い尽くされてしまうだろう。


 この未来を回避するためには、障壁が消えるのと同時に広範囲をまとめて吹き飛ばさなければならない。


「もういい、腕は上がる。……一応、礼は言っといてやる」


 意外と素直な一面を見せるイブキ。

 しかし今はそんなことよりも目の前の状況をどう打開するかを考えなければ。


「防御魔術、もう保ちそうにないです! どうしよぉ……」


 泣き出しそうになるラミィ。

 薄い緑の障壁にも徐々にヒビが入り始めており、残された時間が少ないことは明白だった。


 水銀の入った小瓶はあと2つ。

 錬金術でありったけの刃を生成しても、俺一人では半分を抑えるのが限界だ。


「イブキ、そっち側をまとめて蹴散らせるか?」


「命令すんな。オレは勝手にやる」


「そっか、まぁ出来る訳ないよな……」


 それもそうだろう。

 刀一本で十数体をまとめて仕留めるなど、普通に考えて無理に決まっている。


(何か別の策は……)




「──オメー、今何て言った?」


 静かな口調でイブキは問う。

 俺は不思議に思いつつ返答する。


「いや、刀一本じゃ流石に無理だよなって」


 気がつくとイブキの眼には先程まではなかった何かが宿っている。

 それは“怒り”だ。形はどうあれ自分を見下されたことに対する怒り。

 窮地の中、燃え上がるような激情が彼を駆り立てた。


「ハハハッ! いいぜ、やってやろうじゃねェか!」


 狂気地味た笑い声と共に、鬼人はその長刀を構え直した。

 あまりの気迫にリザード達も怖気付いたのか、障壁を攻撃する手が僅かに緩まり、低く唸る。


 イブキはこの緊迫した状況ですら愉しんでいた。


 障壁に一際大きな亀裂が入る。

 逃げ場はない。ここで押し返さなければ3人まとめて命を落とす。

 

「兎女、伏せてろ」


「うさぎおんなって私のことですか!?」と驚きながらも、ラミィはイブキに言われた通り頭を伏せて体勢を低くした。


 ラミィを間に挟み、背中越しにイブキの存在を感じる。

 もはや言葉は要らない。互いに己の刃を研ぎ澄まし、ただその刻を待つ。




 数秒後、硝子が割れるような破砕音と共に、障壁は跡形もなく崩れ去った。

 それと同時に二人の剣士が刃を振るう。


銀よ、剣となりソード・シェイプ──降り注げフォール!」


 生成されたいくつもの短剣が、雨のようにリザード達へと降り注ぐ。

 仕留めるには至らなかったものの、手足に刺さったそれらはリザードの動きを鈍らせるには充分だった。


 そして、反対側では鬼人が絶技を放つ。




「トウショウ流──風雪フウセツ!」


 上段から振り下ろされた刀。

 流麗な軌跡を描いた袈裟斬り。


 そこから放たれた斬撃は極寒の吹雪と化して魔物達を襲う。

 あるものは吹き飛ばされ、あるものは切り口から凍りつく。

 まるで最北の地で発生する嵐が如き光景。


 冷気がここまで伝わってくる。

 どういう原理か、彼の振るった刃には魔力が宿っていた。




 そこから先はあっという間に過ぎていった。

 背後にいるラミィを意識しつつ、俺は冷静に一体ずつ仕留めていく。


 対するイブキは悪魔のようにリザードの群れを蹂躙していった。


 斬って、斬って、斬って……

 もう何体倒したのかもわからなくなってきた頃、気がつけばリザードだった肉塊がそこらじゅうに転がっていた。


 辺りを注意深く観察する。

 視界にはもう動いている魔物は一匹もいなかった。


 安堵により急な脱力感に襲われ、俺は荒野に仰向けで倒れ込む。


「あーつっかれた……」

 

「私も、もう無理ですぅ……」


 ラミィはギリギリまで防御魔術を保持し、更には治癒魔術で支援もしてくれていた。

 流石に魔力が底をついたのか、彼女もゆっくりと座り込む。


「どうだ、オレは34匹やったぞ!」


(ちゃんと数えてたのか……)


 未だ興奮状態のイブキがやってやったとばかりに叫ぶ。

 それを見ていたら不思議と叱る気も失せてしまった。


「イブキ、頼むからもう一人で行かないでくれ。……勝手に死なれたら悲しい」


 刀を納めたイブキは黙り込む。

 ここからだと顔が見えないので、何を考えているのかは読み取れない。

 やがてイブキは口を開いた。


「……従うつもりはねぇ。組むっていうんならオメーらが従者だ」


 一応、仲間として認めて貰えたということだろう。


 無論、従ってやるつもりなどないのだが。

 

「いや、リーダーは俺だ。お前に任せたら命がいくつあっても足らない」


「んだと!?」


 お互い傷だらけだというのに、子供のようないがみ合いが始まる。

 そんな俺達を見てラミィが困ったように苦笑した。




 その後、俺達は1年間に渡って【歓迎されぬ者アウトサイダー】というチーム名で活動していく。

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