10.チーム
女神歴994年4月21日
アストリア近郊クレド荒野
アストリア王国に辿り着いてから一夜明けた。
長旅のせいか昨夜は疲れがどっと押し寄せてきて、気づいたらたっぷり9時間も熟睡してしまった。
ひとまず俺とイブキ、ラミィの3人は即席のチームとして登録され、翌日ジェラルドに集められた。
「お前らにはクレド荒野に巣食うリザードの群れを討伐して貰う」
個体名は【ウィルダーネスリザード】。
見た目は翼の無い竜のような姿で、荒地に小さな山のような巣を作って生活している。
近頃はその数も地道に増え始め、商人達が襲われるという被害も何件か出ているんだとか。
今俺たちはそのリザードを討伐をするため、アストリア王国のすぐ南にあるクレド荒野へと足を運んでいる。
「なるほど、じゃあクロムくんはお店を建てるために王国に来たんですね」
「うん、一時はライセンス代が足らなくてどうなることかと思ったけど……」
隣を歩くのは兎耳の少女ラミィ。
獣人族と呼ばれる種族で、兎のような長い耳と小さな尻尾が特徴だ。
木製の杖を持っており、何が入ってるの気になるぐらい大きな鞄を肩からかけている。
ある程度の間隔を空けて、前方を歩いているのは刀を背負った少年イブキ。
ジェラルドから聞いた話によると、彼は鬼人族と呼ばれる種族で、額から突き出た二本角が特徴的だ。
その足取りは速く、こちらに合わせる気は全く感じられない。
昨日の発言通り、馴れ合うつもりは無さそうだ。
「それにしても良い刀だな……」
イブキの背後にピッタリとくっついて、目の前にあるそれを凝視する。
白い鞘に収まった長刀。東の国タイカの伝統工芸品でもあるこの武器は、そのしなやかな造形が特徴的だ。
柄は鮫皮と呼ばれる下地の上に細い紐が幾重にも巻かれており、花弁を彷彿とされる金の鍔には細かな装飾が加えられている。
最も美しいとされる刀身が隠れているのが残念だが、持ち手の部分だけでも職人の絶技が見て取れた。
「おわっ!?何だオメー、近づくな!」
「頼む、刀身を見せてくれ!」
「うるせぇ!触ったらブッた斬るからな!」
やはりかなりの名刀なのだろう。
イブキは怒り心頭といった様子で、即座に俺から距離を取った。
流石にこれ以上しつこく懇願すると更に嫌われかねないので、俺は大人しくラミィの隣にまで戻る。
「クロムくんって怖いもの知らずですね……」
ラミィはどこか遠いものを見るように目を細めていた。
刀の話でならイブキも盛り上がると思ったのだが、どうやら失敗だったようだ。
余計に心の距離が空いてしまった気がする。
「イブキってずっと前からああなのか?」
「どうでしょう……? 私はイブキくんより後にベスティアに入ったので、それより前のことはちょっとわからないです。少なくとも誰かと一緒にいるところは見たことないですねぇ」
それを聞いて少しだけ安心した。どうやら俺だけが嫌われている訳ではないらしい。
反面、ラミィは少し天然なところはあるが、友好的で優しい女の子だ。
ここまでの道中で彼女についてわかったことは多い。
まずかなりの天然だということ。
昨日初めて会った時もそうだが、何も無いところでつまづいたり、今朝は鳥に朝食を奪われたりと、割とロクな目にあっていない。
注意力が足らないのか、あるいは運が悪いだけなのか。
そしてもう一つ、ラミィは魔術師である。
と言っても彼女が扱うのは火の玉を放ったり、雷を落としたりするような攻撃的なものではない。
むしろその逆、味方を助ける支援の魔術が得意なんだそうだ。
「ラミィは支援魔術が得意だって言ってたけど、具体的にはどんな魔術が使えるんだ?」
「えーっと……よく使うのは傷を癒す治癒魔術と、障壁を張る防御魔術ですね。あまり広範囲には展開できませんけど」
障壁というと、父のジンクが村全体に張っていた結界と似たようなものだろうか。
そうだとしたら中々に強力な魔術だ。
「いや充分だよ。すごく助かる」
俺が使う武器は片手剣。
イブキはおそらく背中に背負った長刀。
3人中、前衛2人というこの編成において、彼女の存在は非常に心強い。
「クロムくんは魔物との戦闘には慣れてるんですか?」
「いや、全然。まともに戦ったことがあるのはトレントっていう樹の魔物だけだよ」
確か正式名称は【ウィザー・トレント】だったか。
手足の生えた樹木のような魔物。
自然を主な生命力とするトレントは、気温の低い地域ではやや弱体化する。
具体的には動きが大雑把になり、手足は乾燥しているため比較的斬りやすくなる。
訓練としてはこれ以上無い相手だったが、ホワイトウルフのような素早い魔物と遭遇した時、俺は同じように戦えるかどうかわからない。
今回の仕事でその辺りの感覚を掴めればいいのだが。
「そういえばラミィは獣人族の割に姿はほとんど人間に近いよな。何か理由があるのか?」
入国してすぐ視界に入った獣人達は、どちらかと言うと人間に獣の要素を足したというより、獣が人間寄りの体格になっているような印象を抱いた。
「あ、私、人と獣人のクォーターなんですよ。だから獣人族の血が薄くて。鼻は利きますけど、獣としての特徴はそれこそ耳と尻尾ぐらいしか残ってないんです」
ラミィの感情に応じてピクピクと動く長い耳は何とも愛らしい。
野性味を残す獣人達の姿は中々に格好良かったが、ラミィのように身体の一部だけが獣の要素を残しているというのも親近感があって良い。
今度耳を触らせてもらおう。
軽い雑談をしながらも先へ進む。
視界に広がっているのは荒れた大地。
凹凸のある地面には雑草や低木といったものが点在している。
見晴らしは良いので魔物から奇襲を受けることは無さそうだが、逆に遮蔽物がほとんど無いため身を隠し辛い。戦闘時は特に注意しなくては。
「あ! あれじゃないですか?」
2時間ほど歩いたところ、ようやくリザードの巣と思しきものが目に入った。
距離にしておよそ30メートル程先。
ラミィが指差した先には、乾燥した土で築かれた小さな山のような巣穴がある。
「みたいだな。よし、警戒しつつ少しずつ距離を……」
距離を詰めよう、そう口にしようと思ったその時には、既にイブキが地を蹴っていた。
気づけば10メートル以上も先行している。
このままだとイブキ一人で敵地へと到達してしまういかねない。
俺は慌ててその背中を追いかける。
「イブキ、もう少し下がろう! 規模は小さいけど、中に何匹いるかわからない!」
「命令すんな。オレ一人でやる」
「アホか!少しは考えて行動しろ!」
「なんだとッ!?」
聞き分けの無いイブキに思わず声を荒げてしまう。
俺だけならともかく、このまま突撃してしまうと後衛のラミィと連携がとれなくなる可能性が高い。
だがイブキの足は止まることはない。
あと5秒もすれば俺達二人は巣の入り口まで到達してしまう。
「やるしかないか……!」
愛剣の柄を掴み、一息に引き抜く。
それは師匠から課せられた最後の試練にて、俺がたった一人で作り上げた剣。
装飾は一切無いが、光を反射する刀身は元になった天製金属を彷彿とさせる。
銘は【プルミエ】。
“始まり”を意味するその剣を握り締め、俺は巣の入り口へと飛び込んだ。
しかし目の前には予想外というか、拍子抜けな光景が広がっていた。
「いない……?」
巣の中には人が三人余裕を持って入れそうな空間が広がっていた。
ただ、そこに残っているのは小さな骨と堅そうな果実の殻のみ。
リザードはおろか、魔物一匹も見当たらなかった。
「チッ……ハズレか」
イブキは不愉快そうに舌を鳴らす。
遅れてやってきたラミィは息をきらしながら不思議そうに首を傾げた。
「はぁ、はぁ……たまたまお留守だったんでしょうか……?」
「いや、リザードは常に何匹か巣に残るって聞いてる。多分棲家を移したんだ」
リザードの群れは食料を調達する集団と巣を守る集団に分かれている。
今よりも暮らしやすい場所を見つけた場合は、一匹残らずそこに移動するらしい。
ジェラルドから詳しく話を聞いておいて良かった。
「そうなるとまた振り出しに戻っちゃいましたね……」
周囲に同じような巣穴は無かったので、また数十分ほど移動して捜索しなければならないだろう。
時間測定の魔道具は17時を指している。
日の沈み加減を考慮するとこれ以上の探索は危険かもしれない。
「もうすぐ日も沈みそうだな……今日のところはここで野営しないか?」
「えぇー!? ここでですか!? リザードたちが戻ってきたらどうするんですか!」
「俺が朝まで見張るよ。二人は休んで」
「休むなら勝手に休んでろ。オレは行く」
(こいつ……!)
依然としてイブキからは協調性の欠片も感じられなかった。
この先も身勝手に動かれるようだと困る。
正直なところ俺だけではラミィを守り通せるかわからない。
一瞬のうちに思考を張り巡らせ、イブキを引き止められそうな言葉を口にしてみる。
「あ……そうだ、ジェラルドさんが言ってたんだけど、今回は単独行動したら報酬抜きらしい」
「なっ!?」
苦し紛れに出たその発言はかなり効果的だった。
流石にそれは困るのか、イブキはここにきて初めて焦った顔を見せる。
どうやら金銭的に困ってるのは俺だけでは無かったらしい。
なんとかしてイブキを引き止め、怖がるラミィを説得し、俺達はそのまま巣穴の跡地で一夜を過ごすことになった。
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