9.千獣の覇者

 咆哮する獅子と大剣。


 それが目の前のギルドを象徴する紋章だった。

 大きく掲げられた看板には【千獣の覇者ベスティア】と書かれている。


 名前からして歴戦の猛者達が集う場所に違いない。

 もしかしたらまだ見ぬ武器や防具を拝めるのかも。


 好奇心を抑えつつ、俺は恐る恐る扉を押し開けた。


「失礼しまーす……」


「こんにちは!初めての方ですよね、お仕事をお探しですか?」


 明るく声をかけてくれたのは入ってすぐの正面窓口に立つ女性。

 後ろで結えた綺麗な茶色の髪、化粧は薄いが唇には淡い紅を刺しており、柔らかな笑顔も相まって美人が際立っている。


「あ、はい。ここなら仕事が貰えるって聞いたので」


「そうでしたか。では一度、冒険者ライセンスを拝見させて頂いてもよろしいですか?」


「ら、らいせんす……?」


 聞いたことのない単語に一瞬頭が真っ白になる。

 生憎と田舎から出てきたばかりの少年は、冒険者という職に関して無知過ぎた。


「もしかしてお持ちではないですか……?」


「持って無いですね……」


「でしたら、銀貨5枚でお作りすることも出来ますよ!」


(やばい、足りない……)


 確か今の全財産は銀貨3枚と銅貨数枚だったはず。これではライセンスとやらを作ることが出来ない。


 所持品を売れば銀貨3枚分ぐらいにはなるかもしれないが、この剣も師匠から貰った鎚も命と同じくらい大切なものだ。質屋に入れるつもりは毛頭無い。


 受付嬢の女性はニコニコと微笑みながら俺の返答を待ってくれている。

 悩んでいる場合では無い。冒険者として仕事をするのは諦めて、一旦別の仕事を探そう。


 そう決心した直後、背後から大きな足音が聴こえてきた。


「あーやっと帰ってこれたぜ」


 野太い声と共に誰かが近づいてくる。

 ゆっくり振り返ると、そこには大柄な男が立っていた。


 2メートルに達するかどうかという高身長。隆起する筋肉。

 一目で見ただけで強靭な肉体であることがわかる。


 金茶色の髪は獅子のように逆立ち、その眼光には獣のような獰猛な鋭さがある。


 俺は迫力のあるその出立ちに気圧されていた。


「あ、おかえりなさいジェラルドさん。会議の方は無事に終わりました?」


「おう、なんとかな。ったく、椅子に座って話し合うってのはやっぱ性に合わねぇ」


 ジェラルドと呼ばれた男は苦虫を噛み潰したような顔で愚痴を溢す。


 ガリウスとはまた違った風格を感じさせるその容貌を見ていると、その鋭い視線が自分へと向けられた。


「見ない顔だな。新入りか?」


「──いえ、ライセンスを作る金額が足りなかったので、別の仕事を探そうかなと思ってたところです」


 ジェラルドは顎に手を当てると、訝しむように俺の全身を見た。

 視線は足のつま先から膝、膝から腰へ、そして視線は剣帯に吊るされた鞘へと向けられる。


「へぇ……お前、戦闘の経験はあるのか?」


「一応、あります。剣は少しだけ習ってたので。あくまで護身用ですけど」


 師匠の元で修行していた頃、稽古の一環として動く枯れ木のような魔物を相手にしたことがある。


 動き自体は単調なので訓練の相手としては申し分無かったが、あそこで培った技がどこでも通用するとは思えない。

 言葉通り、あくまで自分の身を守れる程度の腕前だ。


「なぁ、一つ提案があるんだが。もしそれに乗ってくれるんならライセンス代は俺が出してやってもいい」


「え、いいんですか?」


 予想外の提案に目を丸くしてしまう。

 正直、金銭面が苦しいので銀貨5枚を肩代わりして貰えるのはかなり大きい。


 問題はその提案とやらの内容だ。


「あぁ、今うちのギルドにお前と同じくらいの年のやつらがいてな。ちぃとばかりそいつらとチームを組んでやって欲しい」


「俺も一人で仕事するのは心細かったので、むしろ仲間がいてくれるなら頼もしいです!」


「そうか、じゃあ異論は無いってことでいいな?」


 ジェラルドの最終確認に強く頷く。


 すると大きな掌が差し出されたので、こちらも同じように右手を差し出し固く握手を交わした。


「よろしく頼むぜ、俺はジェラルドってもんだ。肩書きとしちゃあ一応ここのギルドマスターってことになってる」


「ギルドマスター……?」


「はい。ジェラルドさんはこのギルド、千獣の覇者ベスティアを設立した最高責任者です。それに王国から直接お呼びがかかるぐらい冒険者としての評価も高いんです。こう見えて実はすごい方なんですよ」


 受付嬢の補足で納得がいった。確かにジェラルドが放つ雰囲気は見るからに只者ではなかった。


 加えて背中に背負った大剣。

 装飾は控えめだが、分厚い刃はその細部までが精妙に研がれており、刀身の輝きは天降金属てんこうきんぞくのそれに酷似している。


 これまで見てきたどんな武器よりも完成度が高い。

 大剣にじっくり30秒ほど見惚れてから、ふと我に帰る。


 そういえばまだ自分の名前すら名乗っていなかった。


「あ、クロム=ファルクです。剣の腕に自信は無いですけど、できる限り頑張ります」


 その後、約束通りジェラルドはライセンス作成にかかる費用を全額負担してくれた。

 ギルドマスターに支払わせるという罪悪感はすごかったが、それは今後の働きで返していくとしよう。


「さて、そうと決まりゃ早速顔合わせと行くか。着いてこい」


 ジェラルドの後を追って建物の奥へと進んでいく。

 ギルド内には依頼を選ぶ掲示板や、食事を取る空間、道具の販売所など便利な設備が揃っており、とても賑やかだ。


 中には昼間から酒を嗜む大人達もいて、冒険者という職業の自由奔放さが垣間見える。


 だが、やはり一番気になるのはジェラルドの背中に吊られている大剣だった。


「あの、その大剣って天降金属から作られたものですよね」


「お、ご名答。こいつはドミニオン・インゴットっていう金属で作られた剣でな。これ結構金かかったんだぜ?」


 自慢げに大剣を揺らすジェラルド。

 ドミニオン・インゴットは確か第四階級に位置する金属だったはずだ。


 第六階級より上の天降金属は鍛治師も手を焼くといわれているので、この大剣を作った人物はさぞ優秀な職人なのだろう。いつか会ってみたいものだ。


「お、いたな」


 立ち止まったジェラルドは大きな柱の方を見つめている。

 俺も釣られるようにそちらへと視線を向けた。


 木製の太い柱、よく見るとその向こう側から何かが飛び出している。


「耳……?」


 それは人間のものではなく、獣のそれに近かった。

 桃色の毛に包まれた兎のような耳が柱の影から伸びている。


「お前ら、こっち来い」


 ジェラルドの声に反応して耳がビクッと震える。


 やがて観念したかのように柱の影から小柄な少女が歩み出てきた。


「今日からチームを組んでもらう奴だ。ほら、挨拶しとけ」


「は、はじめまし……わわっ!?」


 突如、少女は目の前で盛大にすっ転んだ。

 痛々しい音を立てて顔面から倒れ込む。


 長い耳は痙攣するかのようにビクビクと震えているので、思わず手を差し出した。


「だ、大丈夫?」


「ありがとうございますぅ……」


 そう言って少女は恥ずかしそうに笑った。

 ふわふわとした桃色の髪、少し眠たげにも見える垂れ目は愛らしい。


 特徴的なのはやはりその耳。髪の間から伸びる二本の長い耳は何とも触り心地が良さそうだ。


 手を取って立ち上がらせると、少女はコホンとわざとらしく咳をして仕切り直す。


「ら、ラミィ=シュガーロップっていいます。お見苦しいところを見せちゃいましたね……」


「怪我が無さそうで良かった。あれ……確かもう一人いるんでしたよね?」


「おう、お前の後ろにいるぜ」


 ジェラルドの言う通り、振り返るとそこには白髪の少年がいた。


 白い装束に身を包み、背には細長い鞘に収まった長刀を背負っている。

 端正な顔立ちだが、額からは見慣れないものが二つ、突き出していた。


(あれは、角……?)


 鋭利に尖った二本の白い角。

 兎耳のラミィと同様、彼も純粋な人間では無さそうだ。


「フン……」


「いつまで人見知りしてんだ。お前も名乗っとけ」


 ジェラルドに諭されるも、角の生えた少年は不愉快そうにこちらを睨んでいた。


 やがてため息混じりに口を開く。


「……イブキ=トウショウだ。言っておくがオレは馴れ合うつもりはねぇからな」


 理由はわからないが第一印象は最悪だ。

 イブキと名乗った少年は俺は知らんとばかりにそっぽを向いてしまう。


 先が思いやられるが、ひとまず自分も名乗らねば始まらない。


「俺はクロム=ファルク。武具の点検とかは得意だから、その時は遠慮なく頼って欲しい。よろしく」




 こうして即席のチームが結成された。


 ラミィという少女はともかく、イブキという少年からの好感度はあまり良くない。


 しかし、ライセンス代を払って貰ったからには無理ですとは言えない。

 これから三人で仕事をする中で、少しずつ仲を深めていこう。俺はそう決心した。




 だが、この時の俺は知らなかった。

 この二人が千獣の覇者ベスティアで一位、二位を争う問題児だということを。

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