6.日記
女神歴994年 3月
鍛治師ガリウスの工房
師の元で迎えた4度目の春。鍛治師ガリウスの元に弟子入りして早3年の月日が経っていた。
俺、クロム=ファルクは13歳になった。
以前に比べて背丈も少し伸び、身体はやや細身なものの、筋肉はしっかりとついてきているのが自分でもわかる。
そんな俺は今、ちょうど鋼の仕分け作業を終えてひと段落ついたところだ。
「師匠、仕分け終わりました」
工房の一角、二枚の布の上には鋼の破片がそれぞれ小さな山のように積み上げられている。
片方は不純物の少ない破片、もう片方がそうでない破片積み上げたものになる。
一見地味な作業だが、この破片はこれから先作られる武具の元になるもの。故にこれは最終的な出来栄えを左右する大切な作業でもある。
「見せてみろ」
ガリウスは仕分け後の破片を丁寧に掴み、鋭い眼光でじっと睨む。
数秒後、ガリウスは小さく頷いた。
「フン……頃合いか。少し待っていろ、すぐに戻る」
そういうや否や、突然ガリウスはどこかへと向かってしまう。
不思議に思いつつ大人しく待っていると、ガリウスは数分と経たずに戻ってきた。
その手には布に包まれた何かが握られている。
「何ですか、それ?」
「受け取れ」
布ごと押し付けられたそれを丁寧に受け取る。
見た目以上に重い。
ゆっくりと布を取ると、露わになったのは直方体の形をした白銀の金属だった。
(これ、なんかすごいやつだ)
鍛治師歴の浅い自分でも何となくわかる。
鮮やかな光沢も、重厚な質感も、普通の金属とはどこか違う。
「そいつは遠い昔に天から降り注いだ遺産。
「天降金属……」
その名前には見覚えがあった。
天降金属。それは神聖な輝きを帯びるという特殊な金属。
その大半は迷宮や遺跡といった地域でしか見つけることができない希少な代物。
鉄や銅といった一般的な金属よりも優れた点が多く、その真価は武具の加工に用いられることで発揮されるという。
「お前も一人で剣が打てるまでに成長した。まだまだ一人前とは言えんが、ひとまずこれがお前に課す最後の試練だ。それを使ってお前一人で剣を鍛え上げろ」
「俺が、一人で……」
「そうだ。できないとは言わんな?」
まるで試すかのように、挑発するかのように目の前の師は悪い笑みを浮かべる。
ここまでお膳立てされて、応えない訳が無かった。
「はい!」
「よし、ならば早速……」
刹那、異変に気づく。
違和感の出どころは目の前の師だ。
ガリウスは何かを堪えるように、ほんの一瞬だけ眉間に皺を寄せる。
「師匠……どうかしました?」
「……問題無い。それより忘れ物をしたから代わりに儂の部屋から指南書を取ってきてくれ。【天降金属の加工法】という本だ」
結局違和感の正体を暴くことはできず、俺は仕方なくガリウスの部屋へと向かった。
***
「えーっと……天降金属の加工法、だっけ」
初めて入るガリウスの部屋は思ったより狭かった。
というより、物が多いため必然的に狭く感じるのだと思う。
鍛治の道具が入っているのであろう木製の棚、壁際の本棚にはぎっしりと多種多様な書物が詰め込まれている。
どれもこれも武具に関する文献ばかりだ。
こんな宝の山が身近にあったとは。
(もっと早く教えてくれても良かったのに)
そんなことを思いながらも、俺は目的の書物を見つけて引っ張り出す。
だが、ついでに余計なものまで落ちてきてしまった。
「いてっ……」
頭に落下してきたそれを手に取る。
やけに古めかしい書物だ。
紙の部分は所々破けており、紙を束ねて固定している紐の結び目も心なしか緩い。
「何だ、これ?」
表紙に書かれている文字は生憎と掠れていて読み取れない。
俺は謎の書物に好奇心をそそられ、ゆっくりと表紙を捲る。
そこにはある人物の日常が綴られていた。
『王国歴281年 4月 7日
突然だとは思うが、今日から日記をつけてみようと思う。
きっかけは母から貰ったこの紙の束だ。
退屈な日々を過ごす僕を見かねて、近くの街で買ってきてくれたらしい。
あまり字を書く習慣は無いのだが、せっかく母から貰ったものを無駄にするのはどうにも気が引ける。
ひとまず何でもいい。色んなことを書いていこう。
その日嬉しいと感じた出来事を、美しいと感じた風景を、いつでも思い出せるように』
『王国歴281年 4月 8日
今日は一日中寝たきりだった。
せっかくだから僕と、僕の身体のことについて少し記そうと思う。
名前はユリウス=ローグラント。15歳。
ごく普通の家に生まれた長男で、北の外れの小さな村で両親と3人で暮らしている。
僕は生まれつき身体が弱い。なんでも手の施しようがない未知の病に蝕まれているのだそうだ。
だから他の子供達と比べて体力は無いし、野原を走り回ったりすることも出来ない。
医者からは1日のうち半分の時間は安静に過ごさなければならないと言われている。
退屈と言えば退屈だが、15年もこんな生活をしているともう慣れてしまった。
運動は苦手だが、せめて知識だけはつけようと寝台の上で毎日勉学に励んでいる。
でも、この知識が役立つ日は果たして来るのだろうか』
「ユリウス=ローグラント……」
どこか聴き覚えのある響きを含んだ名前だ。
日記はどうやらこのユリウスという人物のものらしい。
文字はかろうじて読めるが、王国歴という名称に覚えはない。
一体いつ頃書かれたものなのだろうか。
ひとまずその疑問は放っておいて、引き続き頁を捲る。
『王国歴281年 4月 9日
今日は身体の調子が良かったので久しぶりに外に出てみた。
空気がとても美味しい。
青い空、緑の樹木。強い日差し。
簡素な自室とはまるで別の世界のようだ。
しばらく草原を歩いて疲れたので木の幹によりかかって休んでいたのだが、そこで一人の女の子に出会った。
栗色の髪で、瞳は大きく、笑顔は愛らしい。
お淑やかなようで元気、自由奔放でいて真面目、そんな不思議な子だった。
名前はエーテラというらしい。
彼女とは年が近かかったこともあってすぐに打ち解けた。
そうして、どれくらい話していたんだろう。
気がついたら日が暮れそうになっていた。
また明日、と言ってエーテラは去っていった。
叶うなら、どうか明日も満足に身体が動かせるといいな』
それからしばらくはユリウスという少年とエーテラという少女の甘酸っぱい日々が綴られていた。
森で木に登ったエーテラが降りられなくなったり、泥遊びをして二人して怒られたり、木陰で肩を並べて本を読んだり。
基本的には内気なユリウスを活発なエーテラが振り回すという構図だが、ユリウスの記述はどこか嬉しそうにも感じられた。
俺は引き続き頁を捲る。
『王国歴281年 7月 20日
エーテラはすごい。彼女は天才だ。
自然に干渉し、世界の理だと思っていた現象を意のままに操ってしまう。
これを奇跡と呼ばずして何と呼ぼう。
彼女はその力を使って、ある夢を成し遂げたいのだと語った。
それは僕らのような人間だけじゃなく全ての種族が手を取り合って誰もが平等に、幸せに生きていける世界。
そんな世界を作りたいのだと。
心優しい彼女らしい、とても素敵な夢だ。
僕に何が出来るのかはわからないけれど、できることなら彼女の力になりたい。
でもこの身体ではきっとまた迷惑をかけてしまうだろう。
あぁ、満足に動かないこの肢体が憎い』
「自然に干渉、奇跡……ひょっとして魔術のことかな?」
現代では自然に干渉する魔術は珍しく無い。
俺が学んでいる錬金術も、金属に干渉して原理を変え、命令を与えているに過ぎない。あくまで自然の一環を利用した魔術だ。
そうなると、この日記の時系列は必然的に、魔術がまだ普及していなかった時代の話になるのだが。
「これ、一体いつ頃の話なんだ……?」
途方も無い大昔の話に少し頭が困惑する。
そうこうしているうちに、日記も終わりの方に差し掛かってきた。
ここまでの内容をまとめると、エーテラは争いの絶えない多くの種族を止めるために、奇跡と称される力を行使した。
それにより世界は順調にまとまっていき、やがてエーテラは救世主と崇められるようになっていった。
まるでおとぎ話の一説のような壮大な物語。肝心のユリウスはというと、エーテラの奇跡によって少しずつだが身体の調子が良くなっていったらしい。
「すごいな、このエーテラって人」
多数の種族をまとめ、不治の病といわれたものにすら希望を見出す。勇敢であり、聡明であるその少女に思わず感嘆の声を漏らす。
やがて日記は最後の1頁へ辿り着いた。
「え……?」
しかし、その頁はこれまでに無いほどに筆跡が酷く歪んでいた。一部、掠れて読み取れない箇所があるが、目を凝らして先を読む。
『⬛︎⬛︎歴1年 7月 5日
____が死んだ。
許さない。許さない。許さない。
どうして彼女が死ななければならなかったのか。
わからないわからないわからない
どうしてどうしてどうして』
『⬛︎⬛︎歴1年 7月 6日
忌々しい。
あれを__る人々も。平然と暮らす人々も。
まるで何事も無かったかのように世界はこれまで通りの姿を取り戻していく。
だが僕は知っている。こんなものは偽りに過ぎない。
こんなものが許されていいはずがない。
吐き気がする。現実を直視すればするほど、もう____はいないのだという事実を実感して心が折れそうになる。
だが諦めるものか。
誰もが君を恨もうとも、僕は君を忘れない。
君の願いは僕が代わりに果たす。
あの_は、必ず僕が___みせる』
日記はここで終わっている。
「………………っ!」
何か見てはいけないものを見てしまった気がして、これ以上触れてはいけない気がして、俺は日記を閉じた。
何故だろうか。春が訪れたというのに、酷く寒気を感じる。
種族同士は順調に結束し、叶ったと思われたエーテラの夢は突然終わりを迎えた。
ユリウス自身も混乱しているのか、彼女と思われる人物の死を起点として前後の内容が大きく飛んでしまっている。
「何だ、これ……」
創作のおとぎ話だとしたら子供が泣き出してもおかしくない内容だ。
あまりの急展開に言葉を失い、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「あ、しまった……こんなことしてる場合じゃなかった」
ふと当初の目的を思い出し、慌てて古びた日記を元の位置に戻す。
俺は探していた【天降金属の加工法】という書物を手に取り、逃げるようにその場を後にした。
間も無くして天降金属を素材とした剣の製作が始まった。無論、ガリウスが言った通りこれをゼロから完成するまで鍛え上げるのは俺一人だ。
若干の心細さを感じながら一つの塊と真っ直ぐ向き合った。
一人で火を起こし、一人でそれを打つ。
剣先になる部分を削ぎ落とし、また鎚を振るう。
形を整えて、また鎚を打つ。
そうして一人ただ黙々と剣に向き合い続けた。
そんな日々が二週間ほど続き、完成も間近に迫ったある日のこと。
ガリウスは突然胸を押さえて倒れた。
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