第2話 “人外”

父さん、母さん、ごめんなさい。

あなた達の息子は、残念ながら頭がおかしくなってしまったみたいです。

「大丈夫だよチュンチュン!君、頭おかしくなってないからぁ〜!」

「……とりあえず君は黙ってて?」

父さんが家を出て数日。何度も夜を越した今日も、夢だとは言わせてくれないようで、奴はこの家にいる。ずぅーっと喋り続けて。ぎゃんぎゃんと、俺が寝て起きるまで絶え間なく。

何度見ても、身長は俺の指と同じくらいだし、羽根はないのに宙には浮いている。尖った耳と尖った靴。真っ黒な髪はポニーテールに結えてある。着ているワンピースは白やピンク、翠だったりと、奴が動き回るたびに色が変わった。動き続ける口は大きく、ニュイっと笑うと横に広がる。隙間から見え隠れする歯が、やたらギザギザとして少し気味が悪かった。

どう考えても人間ではない。多分、“人外”とかいうやつだ。前に本で読んだ。だが、そんなものを俺は人生で1度たりとも見たことはなかった。そう、見た事がないのだ。だからこそ、

「……ごめんなさい」

なんとも言えない感情が、なんとなく謝罪の言葉を紡ぎ出す。ズブズブと腕を伸ばしてテーブルに身体を預けると、鼻先が引っ付いて微かに木の匂いがした。

「もう、チュンチュンずっとそれ!シンキクサイ!」

「誰のせいだと思ってんだ!あとチュンチュンやめろ!」

顔だけ上げて抗議すれば、奴は俺の指で遊ぼうとしていて、慌てて腕を引っ込める。

「なんでよ、チュンチュン可愛いじゃん」

「どうでもいいわ。チェルカーレって名前がちゃんとあるの」

「へぇ。私はランツァだよ、チュンチュン!」

小首を傾げて、えへっとポーズを決める姿にもはや笑いも出ない。

「話を聞け」

「あ、今イラッとした。ダメだよ?女の子にキレちゃ」

「……だぁーもう‼︎」

ガンっとテーブルを叩くと、上に乗っていたマグカップが鳴り、ランツァはそれに合わせてふわふわと下へ降りていく。背中が床についたところで、勢いよくかっぴらいた目がこちらを向く。が、次の瞬間目は垂れ、ニュイっと口角があがった。

「おちちゃったー!」

手足をばたつかせながら、一人楽しそうにケラケラと笑った。

「何がしたいんだよ」

深いため息をつき、両手で顔を覆う。

……もうやだ、父さん帰ってきて。

過去最短で願ったかもしれない。それに朝っぱらからここまで疲れたのは初めてだった。いつかの謎の呪文を聞かされながら、俺はテーブルに突っ伏して、唸った。

例年とはまるで真逆。うるさすぎる冬の幕開けだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る