運命の糸の色は

双葉 草

運命の糸の色は

「つまり!雨なんて乙女には百害あって一利なし!見てよこの毛先、クルンクルン!」

「農家の皆さんには申し訳ないけど、ヤッコと同感」


 日本の技術をもってしても、この多湿気候に完全勝利しうるアイテムは存在しない。

 雨天の朝とは様々な面で憂うつなのだ。

 ウオー‼と分かりやすく荒ぶるヤッコはそれでも今日も元気だ。


「こういう時、車で送ってもらえる子が羨ましいよねー」

「ほんとだよ!うちのお母さんなんて『ほい』ってタオル一枚渡して終わりだよ⁈可愛い娘が風邪をひいてもいいのか!」


 喚きながら、彼女は鞄の中から何の変哲もない無地の白いタオルを取り出した。


「しかも真っ白で全然カワイくないし……!」


 机があればバンバン叩いていそうなほど悔しがるヤッコ。


「まあまあ、仕舞っときな。あとで使うんだから濡れたら————」


 言いかけて車の音にさえぎられた。

 ブロロロロッ!

 そしてバシャ!と水たまりの水をはねて過ぎ去っていった。

 ヤッコとその他荷物をびちゃびちゃにして。


「エリー……」


 下唇をとがらせ、今にも泣きそうな目でこちらを見るヤッコ。

ダメだ我慢できない。


「ぷぐ……だっははははは!ごめんごめん。あんたがあまりにも悲しい目で見てくるから可笑しくって」

「ひとの悲しい目で面白くなるってどうなの⁈」

「ごめんって。ほら、学校までもうすぐだから。早く行って乾かそ?」

「うう、靴下までぐっしょりだぁ……」

「ほんとドジなんだか————」


 すると突然、体が浮遊感に包まれた。

 ヤッコをからかうのに気を取られて、アスファルトがめくれていることに気が付かなかった。


「ふぎゅ‼」

「ちょ、大丈夫⁈」


 盛大に転んだ。

 ヤッコが心配そうに駆け寄ってくれたけど、ちゃんと手をついて受け身を取ったしそこまで痛くない。だからそんな顔しないで?


「いやーまさかこの年でコケることになるとは———いちち」

「血が出てるじゃん!」


 雨がしみて気が付いた。どうやら無傷とはいかなかったらしい。


「もう……ひとのこと笑うからだよ」


 そう言いながら彼女は持っていたタオルで私の出血した方の手を包みだした。


「持ってたおかげで濡れてなかった。鞄の中身は……ちょっと見たくないけど」


 ヤッコの体が盾になってタオルだけが難を逃れたらしい。

 にぎにぎにぎにぎ。傘なんて投げ捨てて私のために一生懸命。自分だってずぶ濡れのくせに。

 悔しいから、私の手を握る彼女の手を握り返してやった。


「エリー?」

「………ほら行こ。早くしないと風邪ひいちゃう」

「あ、うん」


 傘を持って立ち上がる。もう片方の手は未だに彼女の手とつながれている。

 そして二人の手がタオルに包まれたまま、学校に向けて歩き出した。

 何とも思ってないんだろうなーこいつ。


「ねぇヤッコ」

「なにー?」

「『運命の赤い糸』って何色だと思う?」

「赤じゃないの⁈」


 ヤッコはそれでいい。だからずっとこうしていられるんだから。

 私はそう思いながら、少しだけ赤で滲んだ白いタオルにきゅっと力を込めた。





                                   おわり

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