閑話:捻くれた娘の昔話

「紅花様は大変お美しい。正に、大輪の薔薇のようじゃ」

「いやいや、黄花様の可愛らしさといったら、淑やか且つ雅な菊の如しよ」

 ぺらぺらとお世辞が飛び交う縁側に繋がる大広間で、両親が笑い合いながら娘達をお披露目しているのを、紫花は庭の木の上で眺めていた。町中の人間が集まり、楽し気に酒を酌み交わし、美しい二人の娘――自分の姉と妹に群がるのを。

火竜ギナ様の伴侶として侍るに相応しき方、是非私とお話を」

「黄花様、水竜ナヤンブ様のお目こぼしを頂けるならどうぞこちらへ来て頂けませんか」

 それなりに年上から、まだ七歳の妹より年下まで、様々な男が引きも切らず、姉と妹に声をかけている。昔から息吹使いを多く輩出してきた陶の家から、次代に相応しい娘が二人も生まれたと、町どころか国中にまで評判は広まっているらしい。今日の宴も、増えすぎた求婚者を絞るために両親が用意したものだ。

 紫花は喧噪から視線を外して、太い枝にごろんと寝転がる。一応呼ばれてはいたのだが、面倒くさくてすぐ抜けてきた。最初に挨拶をした後は、自分の存在などあの場所に必要ない。

 微笑むだけで鍛冶の炉を熱す炎を呼べる姉、紅花。

 首を傾げるだけで泉から溢れる水を呼べる妹、黄花。

 その二人に挟まれて生まれた紫花は、必死になって竜唄を歌い、どうにか自分を持ち上げるだけの風が起こせるぐらい。息吹使いとしては随分とお粗末な代物だった。

 更に、父の容姿を受け継いで派手な美女の姉と、母の容姿を受け継いで可憐な少女の妹に比べ、祖父似の華の無い、細い釣り目の紫花は、それだけで二の次三の次に置かれた。父の種ではないのでは、なんて人聞きの悪いことを言う奴もいた――紫花にだけ聞こえるように言うのが性質が悪い――、勿論思い切り風をぶつけて、肥溜めに放り込んでやったけれど、結局自分が父に叱られてしまった。

 物心ついた時には彼女の世界はそんな風になっていて、変えようとする気も起きなかった。この家に、自分はいてもいなくてもいいのだ、と普通に思えてしまったので。

 それでも祖父が生きていた頃は、もう少しましだった。不愛想な祖父は息吹使いの才能もない入り婿で、出し殻扱いの中間子を不憫に思ったのか知らないが、真面目に息吹使いの修練を積めという両親から、逃げてきた紫花を離れに匿ってくれた。

 しかしやがて祖父も儚くなり、離れは建て増しされて姉と妹のものになってしまったので、もう庭の木の上ぐらいしか息がつけるところが無い。

「紫花! 紫花、どこだ!」

 ああ、またいらつく奴が増えた、と思いながら呼ぶ声を無視する。さっきまで姉と妹に挟まれて鼻の下を伸ばしていた癖に、何故だかいつもあの幼馴染は紫花を探しに来る。

「紫花! 降りてこい!」

「……煩ぇなぁ」

 やがて木の根元に辿り着いた少年が更に声を荒げる。ぼそりと素直な感想を口に出すと、幼いながらに整った眦を釣り上げて少年は言い募った。

「その口の利き方はなんだ、許嫁である俺に向かって!」

 そう、恐ろしいことにこの少年と、既に婚約を結ばされているのだ。一番将来が心配な娘が片付いて良かったと両親は思っているだろう。或いは、一番簡単なところを済ませて、姉と妹の伴侶を如何にすべきかと注力したいのかもしれない。

「アタシぁ認めてないんだよ、自信があるならとっとと姉貴か黄々ファンファンを落としてくりゃあいいじゃないか」

「馬鹿を言え!」

 そう勧めてやっているのに、少年は更に怒る。紫花と喋る時は大抵怒っているので、もう慣れてしまった。

「姉様も妹様も、俺の人智が及ばぬ素晴らしい方だと理解している。あの方達はもっと、それこそ都の貴人が娶るに相応しい方々だろう。俺には、精々お前がお似合いだ」

 謙遜しているつもりなのかもしれないが、その材料にされた方としてはまた苛立ちが募る。解っている、どう足掻いても姉や妹に自分は遠く及ばないと。

「それが嫌なら、もっと努力をするべきだろう。お前とて陶の一族なのだ、息吹を極めれば姉様や妹様のようになれる筈」

 そんな才能は自身に無い癖に、好き勝手なことを言ってくる。只の努力であんな風になれれば苦労はない、姉も妹も生まれてすぐに力を発現し、五つを超える頃には今と同然になっていた。生まれつきの才の差は存在する、たとえ血の分けた姉妹であろうとも。

「聞いているのか紫花!」

「聞いてねぇよ」

「聞いてるじゃないか!!」

 下からぎゃあぎゃあ騒ぐ声を聴き流しながら、紫花は空を見る。騒ぐだけ騒いで、木に登ってこないような奴の説教に聞き入る趣味は無い。勿論、登ってきたら叩き落すつもりではあるけれど。

 遠い空に浮かぶ、風に吹かれる雲のように、ここから漂って離れてしまいたい。勿論、そんな力など碌にない紫花の息吹では、隣町ぐらいで力尽きてしまうだろうけれど。

 どんなに高いところでも、この家にいる限り、紫花は上手に息が出来なかった。

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