素っ頓狂な娘、生涯の友と出会う
◆2-1
金陽が沈み、銀月が昇り沈み、また金陽が昇る。
秋口の弱い光が、寮の個人部屋にも届く。内装は、文机と椅子が一揃い、クローゼットが一棹、ベッドが一脚という簡素なものだ。普通の貴族の子女ならば文句を言うかもしれないが、生憎実家のラヴィリエの部屋も同じようなものなので彼女自身は全く気にしていない。
生まれつき寝起きは大変良いので、ぱちりと瞼が開いた瞬間体を起こす。上機嫌に鼻歌を歌いながら、クローゼットの中からお目当てのものを取り出して自力で着替えた。これも貴族子女としてはあり得ないが、彼女にとっては普通のことだ。
体に当てて唇を綻ばせてしまうのは、この学院の制服だ。濃い紺の手触りがいい生地で、金釦以外は飾り気のないワンピースが、今年度からこの学院に通う女生徒へ用意されたものだった。大きく広がった
手早く着替えを終え、満足げに何度もスカートの裾を翻していると、ここん、と落ち着いたノックの音がした。
『お嬢様、お早うございます。お目覚めでいらっしゃいますか?』
「ええ、大丈夫よヤズロー。入っていいわ」
声に従い扉を開けた従者は、丁寧に礼をしてから、ベッドの上で仁王立ちで胸を張っている主の娘に向かって溜息を吐いた。
「朝食の準備が出来ましたのでお呼びしました。……制服が必要なのは授業が始まってからですよ」
「いいじゃない、我慢できなかったのだもの! 本当に素敵だわ、お気に入りの装束よ!」
「お気持ちは汲みますが、食事を零して汚さないようにお願いします。我がシアン・ドゥ・シャッス家の経済力では、着替えを二枚しか用意できなかったので」
「あらまぁ、私はもうすぐ
信用が全くない従者の視線を受けながら、ラヴィリエは悠々と下階に向かった。
×××
食堂にはヤズローが準備したのだろう、麦粥が盛られた皿が既に据えられていた。粗食ではあるが朝食としてはごく普通の献立であり、ラヴィリエも軽く食前の礼をして皿へ匙を差し込んだ。
手つき自体は貴族らしく優雅で、噛む速度も普通な筈なのに、何故かあっという間に皿は空になる。ヤズローも慣れたもので、炊事場から持ってきた鍋から追加の麦粥を継ぎ足した。
「斜向かいの方は、食堂にいらっしゃらなかったの?」
「はい。炊事場を使った様子もありませんでした」
「まあ大変、お腹を空かせているのではないかしら?」
「本館にある生徒用の食堂では、夕飯用の食事の購入などもできるそうです。そちらを利用しているのかと愚考致します」
成程、成程と頷きながらラヴィリエは二杯目の皿を空にした。ヤズローの差し出す鍋の残りを確認し、視線を合わせ、一つ頷いて三杯目を堂々と差し出した。
「流石ヤズローね、私のお腹の容量を私より理解しているわ!」
「恐縮です」
麦粥を継ぎ終わり、鍋を洗いに戻る背に、独り言のようなラヴィリエの言葉が届く。
「もしかして、恥ずかしがり屋な方なのかしら? 無理に声をかけ続けたら嫌われてしまうかもしれないわ……悩ましいわね」
先日からいつも以上に浮かれているとは思っていたが、どうやら初めて友人を得られるのかもしれないと意気込んでおり、同時にどうやって近づくべきか攻めあぐねているらしい。普段、家人たちには物怖じなど全くしない癖に変なところで遠慮をしている。そのような姿は、正直ヤズローとしては本意ではない。
彼女には――主の娘には、この世で一番幸福になって欲しいと、心の底から本気で思っているのだから。
「……ウィルトン様からお伺いした情報ですが、先日入寮された方は南方――藍皇国からの留学生だそうです。日常会話に支障は無いそうなので、こちらの共通語で問題は無いでしょう。本日入寮予定の方は、隣国ビェールィの侯爵令嬢だそうですので、礼儀を怠りませんよう」
「あらあら、まぁまぁ! 情報通ねヤズロー、褒めてあげるわ!」
「恐縮です」
ラヴィリエの機嫌が上向いたのを確認しながら、すぐに空になった皿を回収する。薄い腹を膨れさせたラヴィリエは満足げに食後の茶を飲み干し、立ち上がった。
「それでは、この寮の入学生が全員揃ってからまずは自己紹介をするべきね! 今日来られる方が来るまではひとまず、学内の探検に努めるわ! 図書館も確認したいけど、まずは食堂ね!」
「朝食が終わってすぐに昼食の算段ですか」
「あら、やきもちかしらヤズロー? 大丈夫よ、貴方の料理はいつもとっても美味しいわ!」
「恐縮です」
笑う主と無表情の従者の、いつも通りのやり取りをしながら、ラヴィリエは皿の片づけの為炊事場に戻る背中を追いながら続ける。
「ヤズローは食事をちゃんと食べたの?」
「ご心配なく、料理中に摘まみました」
「まあ、ちゃんと食べていないではないの。駄目よ、貴方は放っておくと砂糖菓子や蜂蜜飴だけで済ませようとするでしょう! 蜂蜜飴は確かに美味しいけどそれだけでは持たないわよ!」
「お嬢様と違って燃費が良いので、問題はありません」
しれっと返す従者に唇を尖らせながら、ラヴィリエはそっと廊下を確認するも、残念ながらやはり食堂には誰も降りてこなかった。
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