素っ頓狂な娘、従者と学び舎の門を潜る

◆1-1

 北国の短い夏が終わった頃、シャラトの学院は入学式を迎える。

 普段は閉鎖的な、山中の学院を有した街であるからこそ、新入生やその保護者が大勢やってくるこの季節は一番活気にあふれる。特に今年度は、学院創立以来初の女性の入学者が許されたという事もあり、物見遊山の在校生が大勢正門に集まっていた。

 この学院に入る者の殆どはネージ国の貴族子息達であり、大抵は家の馬車を使って山道をやってくる。これから学院敷地内の寮生活を送るものが殆どな為、家の地位が高ければ高いほど荷物も、連れてくる使用人も膨大になる。辻馬車を使うのは、余程貧乏な木端貴族くらいだ。

 それが恥だと解っているので、ステンシル子爵の子息であるマルクも、父が少々無理をして用意した伝統的な格式の馬車に荷物を詰めて山道を登ってきた。乗り心地は酷いものだったが、我慢するしかない。

 貴族付きの馬車は並んでゆっくりと校門へ入っていくが、辻馬車は当然中に入ることは許されず前で停まる。使うのは学院の子息に仕える使用人や学院の職員達だろうと、馬車の窓から何気なく見やった時。

 辻馬車の扉が開いた瞬間、エスコートもなく軽やかに飛び出してきた少女の姿に、マルクは驚いて腰を浮かせたし、門内の生徒達からも僅かにどよめきが起こった。

 銀色の髪を綺麗に編んで纏め、貴族としては簡素なワンピースを翻した少女は、降り立つとくるりと一回転して辺りを見回し、馬車の中に向かって淑やかさとは全く無縁の元気な声を上げた。

「ここがシャラトの学院なのね! 学び舎しかないのかと思っていたけれど、煉瓦造りの素敵な街まであるなんて! 城下町のような、いいえ院下町かしら? 美味しそうなパン屋の看板を私は見逃さなかったわ、今度行きましょう!」

 およそ貴族の子女らしくない、快活というか子供っぽいというか、とにかく大仰に声を張り上げる少女に周りはただ驚いていたが、彼女に追随して馬車から降りて来た男の姿に更に注目が集まった。

「お嬢様、原則学院の敷地内から外出するには学院の許可が必要になります」

 少女のことをお嬢様、と呼んだ時点で、貴族に仕える従者であることは間違いあるまい。こちらも簡素であるが仕立ての良さそうな執事服に身を包んでいたが、それ以外の容姿はほぼ全て異様な風体だった。

 両足は膝から、右手は肘から、左腕に至っては肩から指先に至るまで、前時代的な銀色の具足に覆われていた。若白髪だらけの髪は綺麗に整えられていたものの、そのおかげで義眼であろう左目がはっきり見て取れる。紫色の輝石を丸く磨いてそのまま嵌め込んだような、何とも奇妙な輝きの瞳だった。

「許可を得られるのは成績上位者のみ、とも学院則に記載されておりましたので、それ相応の努力が必要になりますが、自信がお有ですか」

 更にそんな風体の男が、自分の身体よりも大きな荷物を軽々と背負いながら、仕える主であろう少女に向かって随分な口の利き方をしている。並以上の貴族の家なら、無礼な従者として罰を与えられてもおかしくない程だ。自分は何も悪くないのに何故かマルクも居心地悪くなってしまう。しかし口を利かれた少女の方は気にした風も無く、弾けるような笑顔のまま腰に手を当てて薄い胸を張る。

「あらヤズロー、私だってきちんと学院則に目を通してきたのよ。八日に一度の休養日には、許可さえもらえれば街まで出ても良いと書かれていたもの!」

「成績が一定以上であれば、という注釈をさりげなく無視なさらないで下さい。目を逸らしても逃げられはしませんよ」

「痛いところを突いてくるわねヤズロー! 確かに入学試験では後れをとってはいるけれど、この私、ラヴィリエ・シアン・ドゥ・シャッスの瞳は常に未来を見据えているのよ!」

「合格点ぎりぎりだったのも、ものは言い様ですね」

 きりり、と舞台女優のように――間違いなく喜劇の舞台だが――決めた笑顔を見せる主に、僅かに眉間に皺を寄せたまま呆れたように往なす従者。周りの注目を集めたまま、つまり遠巻きにされたまま、奇妙な主従は誰に止められることなく堂々と学院の門を潜っていった。



 ×××



「――なんとも、はしたない淑女もいたものだ」

「知っているぞ、シアン・ドゥ・シャッス――詐欺師紛いの祓魔の家だ」

「今時祓魔など、魔操師隆盛のこの時代に流行らないものを」

 並んでいた馬車が漸く馬車止めまで辿り着き、マルクが凝り固まった体を伸ばしている時。周りでひそりと囁かれるのは、正門前に現れた彼女への、口さがない噂話だ。貴族にとっては情報共有として当たり前の、しかし他者を下に見る行為。

 突風のように現れた少女に眉を顰めるものが殆どであることは解る。貴族の子女としては型破りが過ぎるからだ。勿論、そもそも貴族子女が学院に入ること自体が、伝統的な貴族としては唾棄すべきこととも言える。

 マルク自身は、あまり深く思考することなく、僅かに胸の内で揺らめいた、羨望なのか不満なのか解らない感情を飲み込んだ。まずは自分の家が使える侯爵家の子息へ、挨拶に向かわねばならないからだ。

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