三人娘の入学式 ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の出会い~

プロローグ

 ラヴィリエが父親との記憶を思い出すと、いつもベッドの上になる。

 大きな大きな寝台の真ん中に、瘦せ細った父が横になっている。ラヴィリエはいつもその隣で大人しく、本を読んた。

 貴族の子女らしからず、外で走り回って遊ぶのも好きだったけれど、父が起きている時はいつもこうしていた。勿体なかったからだ、次に父が眠りについたらいつ起きるか分からないし、話すだけでも疲れてしまうのを知っている。母も従者も父と話したいと解っているから、ちょっとだけ遠慮をしていた。

「ラヴィー、ラヴィリエ、吾輩の愛しい娘。そこにいるかい?」

 だって、こうして大人しくしていれば父は必ず声をかけてくれるから。本から顔を上げて、ベッドを揺らしながら父の顔に近づく。

「はい、おとうさま。ラヴィはここにおります」

「おお、愛しの可愛い我が娘。目が覚める度、君の成長に驚かされるよ。ずっと此処にいて退屈ではないのかい?」

 父の両手は枯れ木のように痩せ細り、流暢に言葉を紡ぐ唇も渇いて罅割れている。知らぬ者が見たら、木乃伊か魔の者なのかと恐れ怯えるだろう。それでもラヴィリエにとっては、優しくて大切な父だ。得意げに絵本を翳し、胸を張って見せる。

「ぜんぜん、たいくつではないわ。みて、このおはなし。いくさしんさまが、わるいことしたほうかいしんをこらしめるのよ! もしほんとうにそうなったら、おとうさまはきっとげんきになれるわ」

 父がこんな有様になったのは、ラヴィリエが生まれるより前に、邪悪なる神に呪いをかけられたせい、らしい。神に逆らいし愚の結果だと、父は笑って言うけれど。

「おお、なんと優しいのだろうね我が娘は。では戦神ディアラン様に、きちんとお祈りをしないといけないね」

 決してその通りになる、とは言ってくれない。いつもいつも、娘のことを肯定してくれる父が、これだけは言ってくれない。それが凄く、寂しい。駄々を捏ねたら皆を困らせてしまうから、言わないけれど。

「……おとうさま、わたし、おおきくなったら、のろいをとくべんきょうをするわ」

 父の細い腕に潜り込んで頬を摺り寄せると、僅かに動く指が撫でてくれる。

「成程、成程、それならばーーシャラトの学院に行くといい」

「がくいん?」

 初めて聞く言葉に首を傾げると、父は皺だらけの口元を緩めて笑う。

「あの学院は、神学者が建立して、文献も多い。きっと君の望む知識が手に入るだろう――それに」

 父の腕が自分を抱き寄せるように動いたので、大人しく従う。出来る限り体重をかけないように頬を寄り添わせると、額の端に触れるだけで口づけられた。

「吾輩は嘗て、あの学院で無二の友を得た。君にもきっと、大切な友達が得られるように、祈っているよ、愛しいラヴィリエ」

「ともだち……」

 ぱち、と母親譲りの、金色混じりの青い瞳を瞬かせる。今までの短い人生の中で存在しなかったものなので、少し戸惑う。ラヴィリエの世界は、父と母と家に仕える従者だけで完成されていた。貴族の家としてもそこまで裕福ではなく、親しく付き合っている家もほぼ無かったが、「近しい他人」がそれ以上存在していなくても毎日幸福だったから。

「おとうさまは、ともだちのこと、たいせつ?」

 なので素直に問うと、ほんの僅か、濁っている父の瞳が揺れたような気がした。

「ああ。これ以上無い程に。そのくせ、愚かな吾輩は、全て失ってしまったがね」

 そう微笑んで言う父の姿が余りにも悲しそうで、ラヴィリエは我慢できず彼の肩口に縋りついた。

「ごめんなさい。おとうさま、ごめんなさい! わたし、ひどいことをいったのね?」

「おお、泣かないでおくれ、愛しの娘。君は何も悪くないとも。どうかどうか、忘れないでおくれ」

 微かな力で、それでも必死に謝る頭を撫でてくれる父の声は、とても優しく。

「友人とは、居なくても生きていけるが、居れば生きることがとても楽しくなることを、どうかどうか、忘れないでおくれ」

 その言葉はラヴィリエの心に降り積もって、忘れない標の一つとなった。

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