第九章 お膳立てからの、振り絞った勇気③

 ボロクソに負け散らかした。


「さねさね、スゴロク弱すぎじゃない……?」


 緑色の恐竜が優勝トロフィーを嬉しそうに掲げる映像が流れる中、小森は割と本気で俺にドン引きしていた。ちなみに恐竜の使用者は小森その人である。


「まさかほぼ全部のダイスで一の目しか出さないとか、流石のあたしも想定外だったし」


「うるせえ……」


 恨み節を吐くが、正直、自分でも自分の弱さに驚きを隠せていない。

 ミニゲームはほとんど勝てていたのに、とにかくダイス運が壊滅的だった。


「しかも止まるマスのほとんどがアンラッキーマス。まともなアイテムも取れてなかったし、もしかしてさねさねってスゴロクの才能無いんじゃない……?」


 ボロクソに貶されていた。でも事実なので何も言えなかった。もう誰かいっそのこと俺を殺してくれ。


「凄い負けっぷりだった。くふっ……」


 打ちひしがれる俺に、枝折の吹き出し笑いが追撃してくる。あえて言及するまでもないだろうが、彼女は二位である。


 何故こんなことになってしまったのか。どう考えても勝つ流れだったじゃん。マジであり得ないんだけど。


「この世界に神なんていねえ……」


「笑いの神ならいると思うっしょ」


「はっ倒すぞ」


「……っ! ……っっ!」


 俺と小森の漫才でついに耐えられなくなったのか、枝折が腹を抱えてその場に蹲り、ぷるぷる震え始めた。

 呼吸困難に陥る枝折の背中を小森は苦笑交じりに摩りつつ、


「クソ雑魚さねさねをからかうのも悪くないけど、もう時間も遅いし、罰ゲームを言い渡さないとね」


 俺にだけ見える位置で、片眼を瞑る小森。

 当初の計画が俺のせいでパーになってしまっているというのに、まだ何か考えがあるというのか。


「さねさね」


「ハイ」


「さねさねはこの後、しおりんに言いたいことをちゃんと言うこと。誤魔化したりしたらダメだよ? 自分の言葉で、最後まで、ちゃんと言うように」


「?」


 小森の言葉の意味がわからない枝折は首を傾げる。

 しかし全てを知っている俺は、慌てて彼女に食って掛かった。


「……お、おい。待て。話が違う」


「それはこっちのセリフだし。パーティゲーム無才能マン」


「ぐぅ……」


 正論を突きつけられた俺は呻き声を上げるしかなく。

 そんな俺の胸板を小森は軽く小突きながら、


「それに、勢いで誘った方が、意外と上手くいくもんだし」


「そういうもんか……?」


「さねさねは臆病すぎるっしょ。もっと自信持ってこ? 大丈夫上手くいく上手くいく」


「……わ、わかった。頑張ってみる」


「おー。頑張れー♪」


 小森は無邪気な笑みを浮かべると、


「じゃ、あたしは帰るから。後は若いお二人でごゆっくり~」


 風のような速さで帰っていく小森を止められる者など、ただの一人もいなかった。

 嵐が去り、取り残された俺たちの間に静寂が訪れる。

 しかし、いつもとは違い、その静寂はすぐに打ち破られた。


「重音。私に言いたいことって、何?」


「っ」


 緊張のあまり、心臓が締め付けられる。喉は干上がっているのに、手には大量の汗が滲んできていた。

 固唾を飲みながら、枝折の方を振り返る。


「……重音」


 そこには、とても不安そうな顔の幼馴染みがいた。


 どうしてそんな顔を、なんて言うだけ野暮だ。何もわからないまま『言いたいことを言え』なんて言葉を残された。不安になるに決まってるだろ。


 小森が……いや、違う。俺自身が招いた結果だ。人のせいにするな。俺に勇気がないせいで枝折を不安にさせているのだ。


 腹を括れ。お前のクソッタレみたいなプライドなんかのために大切な幼馴染みを傷つけるな。


「……枝折」


「っ」


 枝折は目をぎゅっと瞑り、口を一文字に引き絞る。


「枝折って、映画とか好きか?」


「……は?」


 枝折史上最も間抜けな声が洩れた。


「い、いや、ちょっと、気になる映画があってさ。それが今度上映されるんだけど、一人で観に行くのも何だかなって……だから、枝折さえよければ、誘おうかなって思ったんだけど……」


「…………」


「し、枝折?」


「……それが、重音が私に言いたかったこと?」


「あ、ああ。そうだけど……」


「…………はぁ」


 盛大に溜息を吐き散らかされた。


「急に唯奈ちゃんがここに来た理由がわかった気がする。重音が私を映画に誘うために協力させたんでしょう?」


「うぐ」


「罰ゲームもそう。ビリの私に一位の重音が『一緒に映画に行くこと』って命令して映画館に連れて行くつもりだった。……違う?」


「違いません……」


「意気地なし」


「ふぐぅ……」


 あまりにも重い一撃だった。完全にボディにきてる。


「一緒に映画に行くぐらい何度も経験あるんだから、普通に誘ってくれればいいのに」


「い、今と昔じゃ話が違うんだよ」


 皆まで言わせないでほしい。


「……重音は本当にばか。生粋のばか。世界一のばか」


「そ、そこまで言わなくてもよくない……?」


「行く」


「え?」


「行くって言ったの。映画に。せっかく誘ってくれたから」


「ほ、本当にいいのか? 俺と一緒に行っても楽しくないかもしれねえぞ?」


「それを決めるのは私。重音は黙ってて」


「あ、はい」


 すっげえ機嫌が悪そうに見えるが、どうやら俺の誘いは上手くいってくれたらしい。


「映画、いつ行くの?」


「え? あ、えっと……来週の土曜日以外全部席が埋まってたから、その日にでもどうかなと……」


「わかった。来週の土曜日。覚えておく」


 短く言い放つと、枝折は荷物をまとめ始めた。時計を見てみると、すでに夜の八時を回っていた。


「帰る」


「お、送ろうか?」


「大丈夫。一人で帰れるから」


「そ、そうか……」


 もう余計なアクションは起こさないでおこう。目的は達したのだから、石のように静かにしておくべきだ。


「……重音」


 玄関口で靴を履き、ドアノブに手をかけたところで、枝折はこちらを振り返る。

 先ほどまでとは違い、彼女は可憐な笑みを浮かべていた。


「映画、楽しみにしてる」


 返事は許されなかった。

 俺が口を開く前に、枝折が走り去っていったから。

 一人取り残された俺はゆっくりと閉まっていく扉を見つめながら、ただただ目を丸くする。


「……お、女心ってわからねえ」

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