第九章 お膳立てからの、振り絞った勇気②

「お邪魔しまぁーっす!」


 放課後。

 映画館のことで頭がいっぱいだった俺の部屋に、小森が問答無用で押し掛けてきた。


「……来るなら来るって先に言え」


「先に言ったら断ってたっしょ」


 否定の言葉が一文字たりとも出てこなかった。


「あれ? 唯奈ちゃん……?」


 玄関先で小森と漫才を繰り広げていると、枝折が様子を見に奥から出てきた。

 小森は靴を脱ぐと、枝折に勢いよく抱き着いた。


「しおりんこんばはー! 遊びに来たよー!」


「ゆ、唯奈ちゃん、苦しい……」


 すこぶる仲良しさんだった。コスプレ会の時は余所余所しかったはずなのに、いつの間にこんなに仲良くなったんだろうか。


 小森のコミュ力の凄さを思い知らされる――と同時に、枝折のスペックの高さも再認識させられた。俺が枝折の立場だったとしても、こんな短期間で小森と仲良くはなれなかっただろう。


 ……いかん。余計なことを考えちまってる。

 ネガティブな方へ思考が向かわないように、俺は場の軌道修正を図る。


「人の家でイチャつかないでくれ」


「ち、違う」


「そだよーさねさね。これは女子同士のスキンシップー」


「そっすか」


 どうせ言い争っても勝てないので強制的に会話を終わらせることにした。


「しおりん成分を摂取したところで、早速遊びますかー」


 小森は枝折に抱き着いたまま言う。セリフと行動がどう考えても合っていない。


「おい、話が違うぞ。協力してくれるって――」


「まあまあ、そんな心配しないでよさねさね。泥船に乗ったつもりであたしに任せておきなさーい。あれ、紙舟だっけ?」


「大舟な」


 相変わらずマイペースが極まっている小森に大きな溜息を吐きながら、


「……もう勝手にしてくれ」


「言われなくてもー! しおりん、家主の許可が出たからゲームしよー!」


「う、うん」


「部屋の中で走り回るな。ガキか」


 絡み合いながら居間へと向かった女子コンビの後を追いかける。

 小森は荷物を置くや否や、棚に並べられたゲームソフトを物色。複数人用のパーティゲームを見つけると、迷うことなくゲーム機に挿入した。


「まるで実家にいるかのような流れる手口だなオイ」


「授業の時に棚の中身は事前に確認しておいたのだよさねさねくん」


 そういえば棚の位置を変えよう変えようと思って結局変えてなかったっけか。いやそれ以前に授業中だからって人の家の棚を観察するなよ。プライバシーの侵害だぞ。


「ほらほら、二人共早く座って座って。時間は有限なんだし」


 モニターにゲーム画面が表示された瞬間、小森が俺たちを手招きした。床を見るといつの間にやら三人分のコントローラーが並べられている。ウチにコントローラーは二つしかないので、一つは小森が家から持ってきたものだろう。こいつ、最初からこのゲームをする気でいやがったな?


 何度目かもわからない溜息を洩らしながら、小森の隣に座――ろうとしたところで、何故か脛を叩かれた。


「いたっ」


「もー、あたしの隣はしおりんだし。しおりんほら、早く早くー」


「う、うん」


 何なんだいきなり。座る場所なんて決まってなかっただろ。

 痛む足を摩っていると、加害者が服を引っ張ってきた。


「さねさねはしおりんの隣ね。二人でしおりんを挟んじゃお」


「はいはい……」


 かなり強引だし、きっと何か考えがあるのだろう。小森に任せるといったのは俺なのだから、もう何も文句は言うまい。


 全員が配置についたところで、小森はスタートボタンを押した。


 彼女が選んだこのゲームは、前に俺が枝折とプレイしたパーティゲーム。

小森は最大四人までプレイできるスゴロクモードを選ぶと、あくどい笑顔でこんなことを言い出した。


「フツーにやってもおもんないし、罰ゲームありルールでやろっか。無難に、ビリの人が一位の人の言うことを何でも聞くってコトで!」


「えっ!? き、聞いてない」


「今言ったもーん」


「唯奈ちゃん……!」


 慌てる枝折をからかいつつ、小森は意味ありげな笑みをこちらに向けてきた。


 なるほど、そういうことか。

 小森の笑みを見て、ようやく理解したぞ。


 ビリが一位の言うことを何でも聞くという罰ゲーム。当然、ビリは一位からのお願いを拒否することはできない。罰ゲームというていであれば、流石の俺でも枝折を映画に誘うことができる……と思う。


 めちゃくちゃ強引な手だ。小森以外の人間がやったら反感を買いかねないほどの。

 でも、そんな手を使ってまで協力してくれる小森には感謝しかない。


「ふふん♪ 絶対に負けないしー」


「が、頑張る」


 正反対ながらも勝負に意欲を見せる女子二人。

 こういうことで盛り上がれるような人間ではないが、小森がここまでお膳立てしてくれたのだ。俺もやる気を出さなければ。


「勝つのは俺だ」


「お、さねさねやる気じゃん。これはしおりん、罰ゲームの危機?」


「絶対に負けない……!」


 負けられない戦いがここにある。

 冷汗が頬を伝うのを感じながら、俺はコントローラーを握り締めた。

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