第九章 お膳立てからの、振り絞った勇気①

 急な気温変化のせいか、いつもよりも早く起きてしまった日の朝。

 俺は朝食を食べながら、朝のニュースバラエティ、その中の血液型占いのコーナーをぼけーっと眺めていた。


『そしてO型! O型の人は今日超ハッピー! 気になるあの子と距離を詰められるかも? 一年ぐらい疎遠だった幼馴染みとグッと仲良くなるなら、今日しかない! ラッキーアイテムは映画館!』


 O型の人が社長を務めるスポンサーから賄賂でも貰ったんじゃないかってほどの偏りっぷり。後で絶対テレビ局に苦情の電話くるだろこれ。


『幸運な人も不幸な人も、今日一日頑張りましょう! いってらっしゃい♪』


 その『いく』は『行く』なのか『逝く』なのか気になるところではあるが、とにかく血液型占いのコーナーは終了した。……なんか疲れてしまったので、静かにテレビの電源を落とす。


「気になるあの子……」


 ふと頭に浮かんだのは、最近俺の家に通い詰めている幼馴染みの顔。

 リモート生活が始まる前よりは確実に仲良くなれているものの、昔と比べたらまだまだ疎遠と言っても過言ではない。ちょっとしたことで互いに無言になるし。居たたまれない空気になったのだって一度や二度では済まないし。


「いや、別に枝折とそういう関係になりたいわけじゃないんだけど」


 誰に対してかもわからない言い訳を並べるが、もちろんそれに反応してくれる人はただの一人も存在しない。


「……映画館かぁ」


 気になるあの子と距離を縮めるための、ラッキーアイテム。映画館に一緒に行ける時点でもうその子との距離はかなり縮められているのではないかと思う次第だが、参考程度として頭の片隅に置いておくぐらいはしてもいいだろう。

 そう、参考程度として。


「近くに映画館とかあったかな」


 スマホで調べてみると、徒歩十分圏内に割と大きな映画館が確認できた。別に枝折を誘おうとか思ってない。ただ、少し気になっただけだ。参考程度に。


「あ、この映画。今度あるんだ。ちょうど気になってたんだよな」


 有名なアクションスターが主演を務めるコメディアクション。動画配信サービスでシリーズは全部予習済みなので、放映直後に見てもなんら問題はない。


「あいつ、こういうの観るのかな」


 何年も付き合いはあるけど、枝折の映画の好みなんて全然知らない。コメディ系の漫画は好きだったとは思う。でも映画までその好みが適用されるかどうかは、流石にわからない。


 そもそも、あいつがこの映画を好きだったとして、どうやって誘えというのか。ただの幼馴染み、しかも別にイケてるわけじゃない、教室の隅でいつも本ばっかり読んでる陰キャぼっちから映画に誘われたところで、嬉しい以前に気味悪がられるだけなのではないのか。


「…………」


 考えてもわからない。わかるはずがない。誰かを映画に誘うだなんて経験、今まで一度もしたことがないのだから。


 どうしたものか。解決しようのない難題に頭を悩ませている――と、突然、スマホが小刻みに震え始めた。


 画面を確認すると、そこには一件のメッセージ通知が。送り主は小森だった。


「何だ……? 『今日こそ一緒にゲームしよー』……まだ諦めてなかったのか」


 中々にしつこい奴だ。俺なんかと一緒にゲームをしたって楽しくないだろうに。

 だけど、この身軽さはとても羨ましい。断られるかもしれない、なんて一度も考えたこと無いんだろうな。だからこういう誘い方ができるんだ。そうに違いない。


「いや、小森に聞けばよくね?」


 ふと思いついた名案。

 自分一人で考えてダメなら、他の人に聞けばいい。

 ……面倒臭いって断られたりしないだろうか?


「ええい、こういうのは送ってみてから考えればいいんだよ」


 不安な気持ちを押さえつけ、文章を打ち込み、送信する。


『枝折を映画に誘いたいんだけど、どうすればいいのかわからない』


 スマホの前でそわそわしていると、すぐに返信が来た。


『さねさねついにしおりんをデートに誘うの!? やるじゃん! いやー、さねさねはやる時はやる男だと思ってましたよあたしは!』


 文章だけからでも伝わってくる異常なまでのハイテンションに胸焼けを覚えた。

 否定的なメッセージじゃなかったことに安堵しつつ、返信する。


『デートじゃない。気になる映画があったけど、一人で行くのもなあ……、って思っただけだ』


『はい嘘。万年ぼっちなさねさねがぼっち映画に躊躇うわけないじゃん』


『ボロクソ言わないでもらえます?』


『事実を述べてるだけだし。ま、勇気を出したってコトで納得してあげましょう』


『どうでもいいから誘い方教えてくれ』


『さねさね冷たくね? そんな態度だと女子から嫌われるっしょ』


『ほっとけ』


『でも、さねさねの勇気に免じて今回は特別にあたしが一肌脱いでやるし。あ、美味しいスイーツが食べたいにゃーん☆』


『なんでも奢るから早く教えてくれ』


『はいスクショ。はー、スイーツ楽しみー』


『……小森』


 キラキラお目目のクマがごめんなさいするスタンプが送られてきた。超うぜえ。


『まあ、誘い方っていってもフツーにメッセージ送るだけなんだけど』


『なんて書けばいいんだ?』


『「今度映画でも見に行かないか?」とか「気になる映画があるんだけど」とかで問題ないなーい』


『それだけでいいのか? 「一人で行けばいいのに」とか言われたりしないか?』


『ネガティブ拗らせてんねー。しおりんに限ってそんな断り方しないと思うけど』


『やんわりと断られるかもしれないだろ』


『うーんこれは重症。あたしが例文作ったとしても、心の中で無限に言い訳して結局送らない未来が見えるっしょ』


 ぐうの音も出なかった。なんなら自分でもその未来が容易に想像できた。


『いいこと思いついたし』


『なんだ?』


『一人だと言い訳ばかりで行動できないなら、あたしが一緒にいてあげればいいし』


『どういうことだ?』


 メッセージを打ち、さらに首を傾げたところで、返信が来た。


『断られるのが怖いなら、断り切れない状況を作ればいいだけっしょ』

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