第七章 作りすぎた夕飯、隠しきれない秘密②
「あ、ありがとう……」
真っ赤な顔でお礼を言ってくる幼馴染みが可愛すぎる。
「そんじゃ、まぁ、いただきます」
「いただきます」
一口サイズに切り分けたケーキをフォークで口へと運ぶ。生クリームの甘さとキウイの酸っぱさが同時に舌を刺激した。
「うん、美味いなこれ。生地もふわふわですげえ美味い」
我ながら語彙力の欠片も無い食レポだ。美味い以外何も言えてねえ。芸能人の皆様方はよくもまああれだけの語彙をすらすらと並べられるものだ。素直に尊敬しかない。
「…………」
頭の中で必死になって食レポを考えていると、枝折の食べかけのショートケーキが目に映った。
「…………」
味に慣れてしまうと、その次には他人が食べているものの味が気になってくるのが人間というもの。実際問題。フルーツケーキから枝折のショートケーキへと、俺の意識は完全に向いてしまっていた。
「枝折」
「?」
ケーキを頬張っていた枝折は口の中のものを呑み込み、首を傾げる。
「なに?」
「お前のやつ、一口もらってもいいか?」
枝折は少しだけ驚いたように目を丸くするも、すぐに頬を緩めながら、
「はい、あーん」
「……オイ」
「嫌なら食べなければいい」
「くっ……」
施す側と施される側、完全なる上下関係が確立されていた。
ケーキの刺さったフォークを揺らしながら、枝折は口角を上げる。
「いらないなら、私が食べる」
「ま、待て。わかった。ちゃんと食うから」
額を抑え、溜息を一つ。
こういうのは勢いが大事だ。一瞬でも躊躇えば、二度と前に踏み出せなくなる。
「あ、あーん……」
宙を漂うケーキをぱくり。甘ったるい味わいが口いっぱいに広がった。
「ん、美味い」
「行きつけのケーキ屋さんの一番人気だから当然」
ふんす、と枝折は得意げに胸を張る。自分で作ったわけじゃないのにどうしてこうも偉そうなのか。
「じゃあ、次は重音の番」
「は?」
予想だにしなかった注文に、思わず間抜けな声が洩れてしまう。
見ると、枝折は口を大きく開けていた。さながら、餌を求める雛のように。
「いや、食いたいなら勝手に食えばいいじゃん。何で俺がお前に食わせる流れになってんだよ」
「でも、私は食べさせてあげたよ?」
「お前が勝手に食わせてきたんだろうが」
「……重音のけち」
「ぐっ……」
口を尖らせ、露骨にいじける枝折に、罪悪感を覚えてしまう。
彼女の視線に耐え切れず、俺は溜息を洩らした。
「はぁ……わかったよ。食わせてやるから口開けてろ」
「……いいの?」
「お前が頼んできたんだろうが。何で不思議そうな顔してんだよ」
「重音が素直に乗ってくるとは思わなかったから」
言われてみれば、確かに、今までの俺からしたら有り得ない行動だ。
でも、相手が枝折だからか、不思議と嫌じゃない。
「別に、深い意味とかねえよ。ほら、いいから口開けろ」
「う、うん」
戸惑いを隠せない様子のまま、枝折はもう一度口を開く。
「い、いくぞ」
「(こくん)」
俺は切り分けたケーキをフォークで持ち上げ、彼女の口へと運んでいく。
「んぐっ。っ……ん、む……」
小さな口が、咀嚼のためにもぐもぐ動く。
ハムスターのように頬を張る幼馴染みをじーっと観察していると、ふいに顔を逸らされた。
「お、美味しい、です……」
流石に恥ずかしいのか、耳の先まで真っ赤に染まる枝折。
そんな彼女の口元には、生クリームがついていた。
「おい、口についてるぞ」
「ふぇ?」
そのままだと格好がつかないので、口元をティッシュで拭ってやる。
枝折は虚を突かれた、としか言いようがない間抜け顔を浮かべていた。
「何だよその顔」
「あ、え、その……あぅ……」
目は泳ぎ、口はわなわなと震え、頬は真っ赤に染まっている。どこからどう見ても挙動不審だ。はて、何かおかしなことでもしてしまっただろうか。
「く、口元の……あ、ありがとう……」
「気にすんな。それぐらい大したことじゃ――」
待て。
俺はさっき、ナチュラルに何をした?
女子の口元を得意げな顔で拭わなかったか?
「そ、そういうことか……っ!」
自分のあまりにも恥ずかしすぎる行動を理解し、俺は慌てて弁明を始める。
「す、すまん。気になったから、つい……わ、悪気はなかったんだ。マジですまん」
「う、ううん。大丈夫。気にしてない。むしろ、ありがとうございます……」
お互いにわたわたと言い訳し合うという不思議な状況。こんな俺たちを小森が見たら愉悦の表情を浮かべていたに違いない。
しかし、謝罪のキャッチボールは、すぐに中断された。
部屋のチャイムという妨害が入ることによって。
「た、宅配便かな? ちょっと見てくるわ」
「う、うん。いってらっしゃい」
渡りに船とはまさにこのこと。
玄関まで早歩きで向かい、「はいはーい」とお決まりの台詞を吐きながら扉を開く。
「こんばんは、文月君」
そこにいたのは、現国教師・佐々木愛美先生だった。
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