第五章 騒がしいクラスメイトは、ピザを片手にやってきた③

「で、何で常坂さんがさねさねの部屋にいんの?」


 三人分のお茶を用意し、全員がテーブルを囲った瞬間、小森は何の躊躇いもなく爆弾を全力で投げ込んできた。


「…………」


「……俺が説明するよ」


 不安そうにこちらを見てくる枝折に代わり、小森に事情を説明する。

 俺と枝折が幼馴染みの関係にあること。

 オンライン授業を受けるために、枝折が俺の部屋に通うようになったこと。

 大雨洪水警報のせいで家に帰れず、仕方なく俺の部屋に泊まったこと。

 余すことなく、全てを小森に打ち明けた。


「なるほどね」


 小森は腕を組み、顔を顰めると――


「つまり、二人は付き合ってるってコトでオーケー?」


 俺と枝折の口からお茶が噴出された。


「けほっ、こほごほごほ!」


「ま、待て。どうしてそうなる!? ただの幼馴染みだっつったろ!」


 咳き込む枝折の背中を手で摩りつつ、小森に抗議の声を上げる。


「え? だって常坂さんはさねさねの部屋に通ってるんしょ? いくら幼馴染みだからってそんなことしないって普通」


「いや、ただの幼馴染みだけどマジでそんな関係になってんだって」


「え、マジで付き合ってないの? マジ寄りのマジで?」


「マジ寄りのマジで」


「……うっそ。さねさね、実は二次元にしか萌えないタイプ?」


「めちゃくちゃ失礼だなお前」


 確かに漫画やアニメは好きだけど、俺の好みは普通に三次元だ。触れもしない二次元の女に恋心を抱けるほど、俺の心は次元を超越してはいない。


「ごめんごめん。とにかく、二人はまだただの幼馴染みってことね。オーケーオーケー」


「含みのある言い方すんな。今後もずっとただの幼馴染みだっつの」


「……ふぅん」


「常坂さんは不服そうだけど」


「こいつはいつもこういう感じだから」


「重音のばか」


 罵倒と共にそっぽを向く枝折。俺の言葉のどこがそんなに気に入らなかったんだよ。完璧なフォローだっただろうが。


「へぇ……ふむふむ、なるほどちゃん。そういうことね」


「そしてお前は何を理解した気になってんだよ小森」


「いやいや、青春ですなぁって思っただけっしょ」


「意味わからん……」


 枝折といい小森といい、女子ってのは何を考えてるのか皆目見当がつかない。これが女心というやつだろうか。うん、一生わかる気がしねえ。

 俺にジト目を向けられながら、小森はお茶を一口。


「ふぅ……まぁ、常坂さんがさねさねの部屋に通ってることぐらい、普通に気づいてたけどね」


「はいはい。出たよ実は知ってましたアピール。いいってそういうの」


「いや、これはマジだよさねさね」


「……説明をお願いしても?」


「オンライン授業の初日だったっけ? 二日目だったっけ? どっちでもいいけど、さねさねと常坂さんの家のチャイムが同時に鳴ってたっしょ? そん時、さねさねたちは偶然だーって誤魔化してたし、みんなも納得してたけど、あたしはお見通しだったかんね。そんな偶然あるわけないし」


 小森はぴしゃりと言い放つ。

 何も考えていないように見えて、結構目敏いなコイツ。


「あー……その、なんだ。できれば、このことは内緒にしてもらいたいんだけど……」


「もちろん。つか、内緒にしてあげるってさっきも言ったっしょ? そんなにあたし信用ならない?」


「いや、信用なるならない以前に、どうしてそう、秘密にすることをあっさり承諾してくれるのかがわからないんだけど……」


「あたしも学校に黙ってバイトしてるし」


 小森はテーブルの指で突きながら、俺から枝折の方へと視線を移動させる。


「でも、さねさねがどうしても心配になるっていうなら、交換条件を出してあげよう」


「交換条件?」


「そ。さねさねたちの秘密を内緒にする代わりに、常坂さんと仲良くしたいなーって」


「……それだけでいいの?」


 無邪気な笑顔の小森に対し、困惑の表情を浮かべる枝折。わかる、痛いほどわかるぞその気持ち。陽キャって何考えてるかわかんねえよな。


「もち。だって常坂さん、誰とも喋んないしさー。こうやって条件でもつけないとお近づきになれなさそうじゃん?」


「誰かと話すのは苦手だから……」


「にゃるにゃる。さねさねと同じ感じなんね。納得納得」


 マジで失礼だなコイツ。


「まあ、それぐらい気にしなくていいよ。話すの苦手ぐらい欠点でも何でもないし。むしろそういうところもひっくるめて、あたしは常坂さんとお友達になりたいっしょ」


「でも、あなたみたいなユーモア溢れる人の友達なんて、私に務まるとは……」


「務まるとか務まらないとか固い固い! もっとフランクにいこうよー」


「あなたみたいに?」


「そーそー! 難しく考えててもいいことないなーい!」


 小森は枝折の手をぎゅっと握りながら、


「それに、相応しいとか相応しくないとか、そんなのはつるんだ後に決めればいいことっしょ。つーか、あたしはいつもそうしてるよ? 上辺だけで分かることなんて、一つもないしー」


 そう言いながら、小森はテーブルから身を乗り出し、手を差し出してくる。


「二人の秘密を盾にするようで悪いけど、とりあえず今日からあたしたちは友達ってコトで! あ、さねさねとはすでに友達だったっけ」


「ゲームする約束してただけだろ」


「うん、だから友達じゃん。何か間違ってる?」


「……ソウデスネ」


 陽キャ怖いよ、超怖い。距離感バグり過ぎてるよ。


「というわけで、友情の握手しよ! つか、この後また別の用事あるから、そろそろ帰らないといけないし」


「…………」


「枝折」


「……わかった」


 おっかなびっくりといった様子で、枝折は小森の手を握る。

 瞬間。小森は枝折の手を両手で握り返しながら、


「よろしくぅ!」


 満面の笑みで声を張り上げた。当然、枝折はたじろいでしまう。肉食獣を前にした草食獣を見ている気分だ。なんだこれ。


「じゃあ、一緒にゲームするの、いつにするかは後で連絡するから! さねさねは既読スルーしないよーに!」


 いそいそと荷物をまとめ、素早く立ち上がる小森。しかし何かを思い出したのか、玄関へ向けていた足をすぐに止めた。


「そだそだ。常坂さんに一つ言い忘れてた」


「なに?」


 小森は枝折の傍まで歩み寄ると、耳元で何かを囁き始めた。

 数秒後、枝折の顔が真っ赤に染め上がった。


「っ!? な、なんっ……気付いて……っ!?」


「あはは。常坂さんって意外とわかりやすいにゃーん」


 枝折の動揺っぷりから、またなにか余計なことを言われたんだろうと推測はできるものの、囁き声が小さかったので何を言ったのかまではわからなかった。後で枝折に聞いてみるか。教えてくれるかどうかは知らないけど。


「んじゃま、今度こそお邪魔しましたー。また来るねー」


「ナチュラルに再来訪の予約をするな――ってもういねえ! 足速ぇ!」


 流石は出前のアルバイターといったところか。大きな荷物を抱えているくせにかなりの俊足だった。帰宅部のくせに陸上部顔負けの速さである。


「はぁ……嵐のような奴だったな……」


「ん……」


「で、小森から何を言われたんだ?」


「な、何も言われてない」


 明らかに嘘だ。そもそもの話、俺は彼女たちのやり取りを目の当たりにしているし。

 だが、枝折が言いたくないなら、わざわざこちらか掘り返す必要はあるまい。下手なことをして嫌われたくはないしな。


「ふぅん……ま、いいや。じゃ、せっかく届いたし、ピザでも食おうぜ」


「冷めちゃってるけど」


「……切り分けてからレンジでチンするか」


 次は絶対に他の店でピザを頼もう。

騒がしいクラスメイトの顔を思い浮かべながら、俺はそう決意した。

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