第五章 騒がしいクラスメイトは、ピザを片手にやってきた①
「ふわぁ……」
「さっきから何度も欠伸してるけど、大丈夫か?」
「うん……ちょっと眠れなくて……」
枝折が俺の部屋に泊まった翌朝。
俺が淹れたミルクティーのカップを両手で掴んだまま、枝折は寝惚け眼で欠伸を零していた。眠気のせいで自分の姿にまで目がいかないんだろう。ぶかぶかの部屋着のたるんだ襟元から肩ががっつり出てしまっている。
「ねむぃ……」
「……どうでもいいけど、もっとしゃんとしろよ」
「だってねむいんだもん……」
子どものような返答をしつつ、再び欠伸する枝折。
さっきよりも服は開けており、角度によっては胸が半分ぐらい見えてしまっている。正直なところ、かなり目のやり場に困る。
「つーか、何でそんなに眠そうなんだよ。俺よりも早く寝てただろ」
「んぅ……かさねといっしょにねるの、おちつかなくて……」
それはどっちの意味なんですかね枝折さん。
良い意味なのか、悪い意味なのか。良い意味だったら素直に嬉しいけど……悪い意味だったら、少し、傷付く。
俺のもやもやなど知る由もない枝折は寝惚け眼を擦りながら俺のシャツの裾を掴み、上目遣いでこちらを見上げてきた。乱れた襟元からガッツリ胸の谷間が見えてしまい、俺は思わず目を逸らしてしまう。
「かさねは、ちゃんとねむれた……?」
「ま、まぁ。自分ン家だし……」
「どきどきしなかったの……?」
「お前は何を言っているんだ」
いくら寝惚けているからと言って勘違いしてしまいそうなことを言うのは本当にやめてほしい。ほんと、マジで、やめてほしい。
枝折は俺のシャツを掴んだまま、自分のお腹を手で摩る。
「おなかすいた……」
「……そりゃまあ、もう昼だしな」
時刻は既に十二時を回っている。爆睡していたせいで朝は何も食べてないし、腹が減るのも当然だろう。
「なんか作るか……って、冷蔵庫空っぽなんだった」
「おなかすいた……」
眠気と空腹で頭が回っていない枝折は、完全におなかすいたbotと成り果ててしまっている。
そんな彼女を苦笑交じりに眺めつつ、俺はこの状況を打破する手段を提案する。
「しょうがない。出前でもとるか」
「やったぁー……」
「なんかリクエストとかあるか?」
「んぅ……ピザがたべたい……」
「了解。てきとーに頼んでおくから、その間に顔でも洗ってこいよ」
「うんー……」
ナマケモノのような速度で洗面所へと歩いていく枝折。
割と本気で眠そうだし、一緒に寝るだけで睡眠時間を奪ってしまうなら、次からは布団で寝てもらった方が良さそうだ。
まぁ、それはともかくとして。
「ピザか……食うの久しぶりだな。何を頼むか」
愛用している出前アプリを開き、ピザのラインナップに目を通す。
「そういえば、枝折はチーズ好きだったっけ」
チーズを使ったピザはたくさんあるけど、どれがいいとかよく分からないのでとりあえず『大人気!』と書かれていたものを注文してみることに。
注文を完了したところで、枝折が洗面所から戻ってきた。
「おかえり。ピザはこっちで頼んだから」
「何を頼んだの?」
「五色チーズのシーフードピザ。枝折、チーズ好きだったろ?」
「重音が好きなものでよかったのに」
「いいんだよ俺は。別に何でも食えるし。つーか、一応お前は客なんだから遠慮なんてしなくていいよ」
「……そっか。うん、じゃあ、お言葉に甘えます。ありがとう」
枝折はやんわりとした笑みを浮かべながら、お礼の言葉を口にする。
「それで、ピザが届くまで、何するの?」
「あー……特に決めてないや。三十分ぐらいみたいだし、なんかゲームでもするか?」
「(こくん)。じゃあ、前にやったパーティゲームがいい。今度は、負けない」
「まあ勝つのは俺なんですけどね」
「絶対負けない……っ!」
闘志の炎を瞳に宿す枝折を手で制しながら、俺はゲームの準備を始めた。
「はい、これで十連勝」
「……目にゴミが入ってたせいでよく見えなかった。ノーカン」
「その言い訳もう四回目だからな」
子どもみたいな言い訳をする枝折をからかっていると、部屋のチャイムが鳴り響いた。
「お、来たかな?」
立ち上がり、インターホンの受話器を手に取る。
「はいー」
『こんちゃー。ピザーレでーす』
受話器越しに聞こえてきたのは、若い女性の声。営業用なのか、不思議と明るい気持ちにさせてくれる声だ。
「はーい。すぐ行きまーす。……じゃ、ちょっといってくる」
「いってらっしゃい」
枝折に見送られるがまま、財布を手に取りいざ玄関へ。
チェーンを外し、鍵を開錠。ドアノブを捻り、扉を開く。
「はいはい、お待たせしましたよ、っと……」
「こんちゃー。ピザーレでー……って、さねさねじゃん」
「え?」
やけに聞き覚えのあるニックネーム。というか、俺のことをそうやって呼ぶ奴なんてこの世に一人しかいない。
恐る恐る、配達員の顔へ視線をやる。
ポニーテールにまとめられたライトブラウンの髪、そしてぱっちりとした目つき。髪色のせいか、はたまた顔つきのせいか、全体的に明るい雰囲気を感じさせる。配達員のくせに何故か制服ではなくラフな私服を身に着けている――そんな少女。
赤の他人、などではない。
見覚えのありすぎる彼女の名前を、俺はつい口にしてしまう。
「こ、小森唯奈……」
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