第二章 その手の温もりは、とても身近で①
本日の授業も無事に終え、放課後となった。
「重音。今日はお菓子を持ってきた」
「当たり前のように残ろうとするじゃん」
枝折は鞄から菓子袋を取り出し、フフンと得意気に鼻を鳴らす。
授業初日からというもの、枝折は放課後になっても家に帰ろうとせず、外が暗くなるまでは基本的に俺の部屋で過ごすようになっている。
「今朝、ここに来る前にコンビニで美味しそうなものを見つけたから。重音と一緒に食べたいなと思って」
「仮にも授業日に堂々と寄り道してきてんじゃねえよ」
テーブルの上でばかっと開かれた袋の中から現れたのは、よくある薄塩味のポテトチップス。そういえばこいつ、結構ジャンクなの好きだったっけ。
「美味しそう……っ!」
目をキラキラ輝かせる枝折に思わず苦笑する。
と。
突然、テーブルの上に置いていたスマホが震え始めた。
「?」
ソシャゲのスタミナ回復通知か? でも、通知系は全部切ってるはずだけど……。
疑問を抱きつつ、画面を確認。
表示されていたのは、一件のメッセージ受信通知だった。
「……小森?」
この前のオンライン授業中に、俺と枝折の関係に感付きそうになっていたクラスメイトだ。普段はムードメイカーとしてバカで明るい振る舞いをしているくせに妙なところで勘が鋭いとか、油断も隙も無さ過ぎるし。
個人的には大分要注意人物だけど、そのフレンドリーさだけは少しだけ羨ましく思ったりする。どれぐらいフレンドリーなのかというと、クラス替え初日にクラスメート全員と連作先を交換するレベル。連絡先を交換するためにこんな俺にまで話しかけてきた生粋のコミュニケーション強者だ。
そんな色んな意味で俺とは正反対な小森が、いったい俺に何の用なのか。
思い当たる節が無さ過ぎるけど、とりあえずメッセージを開いてみる。
『やっほー。さねさねの家の棚にCoGの最新作置いてあったけど、もしかしてさねさねってCoGファンなん?』
CoG、正式名称『クール・オブ・ガン』は世界的に人気なFPSゲームである。元々FPSが好きだったこともあり、俺も初代からプレイしている。
CoG好きであることは別に隠すようなことでもないので、素直に返信してみる。
『一応、初代からプレイしてる』
『ほんと? ガチファンじゃん! あたしは2からなんだけど、最新作の6が一番好きで激ハマりしちゃっててさー』
意外だ。小森のような人間はFPSなんかに興味を示さないと思っていたのに。
『CoGってマルチプレイもあるじゃん? でも、あたしの周りにゲーム好きっていなくてさー』
『FPSは人を選ぶからな』
『そーそー。だからあんまり友達とかに勧められなくてー。そもそもみんなソシャゲばっかだし、やっぱりゲームは楽しんでもらいたいじゃん?』
小森がゲームを布教する姿はそれはそれで見てはみたいけども。
『ま、友達のことは一旦置いといて。さねさね、今度一緒にCoGやろうよ。一度でいいからCoGのマルチしてみたかったんだよねー』
女子からゲームのお誘いをいただいてしまった。
「どうすっかな……」
「どうしたの?」
「ああ、いや、メッセージが来てたからその確認をしてた」
テーブルの対面から、ずずいっと枝折が身を乗り出してきた。その視線は俺のスマホに向けられている。
「誰から?」
「小森だよ。クラスメイトの」
「小森さん……どんな連絡だったの?」
「なんか、一緒にゲームしないかって。授業ン時に棚の中のゲームソフトが見えてたらしい」
「へぇ……ゲームのお誘い……小森さんと仲良かったんだ。ふーん」
「いや、一度も喋ったことないぞ」
「でも、文面でさねさねって呼ばれてる」
「それについては俺も困惑してるところだ」
「嬉しそう。嬉しいんだ。ふーん」
急に枝折が不機嫌になった。
「別に嬉しいとは一言も言ってないだろ」
「小森さんは可愛いもん。可愛い子から誘われて、嬉しくないはずない」
「いや、可愛さで言うならお前も負けてないだろ」
「……ほえ?」
「お前、クラスメートたちからめちゃくちゃ人気じゃん。お姫様とか何とか言われて持て囃されてるし。小森も人気だし可愛いけど、可愛さならお前の方が勝ってると俺は思うけど」
「も、もういい、それぐらいで。分かった、分かったから」
枝折ストップが入ってしまった。小森から誘われて嬉しいと思っているわけではないことはどうやらちゃんと伝わってくれたらしい。
暑いのか、枝折はパタパタと手で顔を扇ぎながら、
「えっと……それで、いつ遊ぶの? もし邪魔になるようだったら、すぐ帰るけど」
「うーん……とりあえず保留かな。女子と二人きりでゲームなんてしたことないから、会話とか持たなそうだし」
何を話せばいいのかそもそも分からないしな、と冗談交じりに笑っていると、枝折が真剣な面持ちでこう言った。
「じゃあ、私とゲームするのも、嫌……?」
「え?」
「私も、女の子だから……」
そう言って、枝折は唇をぎゅっと結び、何かを期待するようにこちらを見てきた。
「別にいいけど、枝折ってゲームとかしたことあるっけ?」
「あんまりない、けど……重音と一緒にしてみたい。……ダメ?」
顔色を窺うような視線に、断る気力など湧くはずもなく。
気付けば、俺は彼女に軽く頷きを返していた。
「じゃあ、せっかくだし一緒にするか。一時間ぐらいしかできないだろうけど、それでいいよな?」
「もっと長くても大丈夫」
「頼むから暗くなる前に帰ってくれ」
「むぅ……」
俺と遊んでいたせいで夜道で何かトラブルに巻き込まれた、みたいになるのだけは絶対に避けたい。
「で、やるゲームについてだけど……どれがいい?」
「小森さんと話してたゲームはどれ?」
「え、CoGか? あれFPSだからゲーム初心者には難しいと思うけど……」
「やる。それがいい」
確固たる意志を持って選んだご様子。頑固なところは昔とあまり変わらないらしい。
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