第一章 リモート生活は、ある日突然に①

「……というわけで、本校では二年生にのみ試験的にオンライン授業が取り入れられることとなりました」


 県内有数の進学校である私立春陽高校。

 生徒の体調を管理するためという名目で校門にサーモグラフィーを搭載したり、シエスタやフィールドワークを積極的に導入したりと、普通の高校とは違う、少々変わり種の学校だ。最近では交換留学生の受け入れを始めたりもしている。

 そんな春陽高校が、今回もまた、一風変わったことを始めようとしているらしい。


「このオンライン授業は、我が校のハイレベルな授業を日本全国、いや世界各国どこにいても受けられるようにすることを目的としております。春陽高校は常に未来を見据え、業界の最先端を突き進んでいくのです」


「せんせー。どうして二年生だけなんですかー?」


「三年生は受験勉強があるからです。入学したばかりの一年生については、まずは学校に馴染んでもらいたい、という理由で学校側が配慮し、今回のオンライン授業からは除外させていただきました」


 要するに、一番自由な二年生が実験台に選ばれたということか。


「オンライン授業って自宅で受けるんですよね? 部活とかどうすればいいんですか?」


「授業後に登校して部活動を行うようにしてください」


「えー。めんどくせぇ……」


「その代わり、部活時間を一時間延長するなど、学校側でも臨機応変に対応させていただきます」


「そもそもオンライン授業がめんどくせぇんだけど……」


 部活動生、特に運動部の連中から不平不満が漏れ始める。俺は帰宅部なので、正直どうでもいい。

 先生は咳払いで生徒たちを黙らせると、



「オンライン授業に伴い、君たちにはタブレットを支給させていただきます。前から順番に後ろに回してください」


 無料でタブレットを支給してくれるなんて太っ腹だな。学費が高いだけはある。


「授業はこのタブレットを使って行うので、傷つけたりなくしたりしないように」


 配られたタブレットを机の上に置き、俺はふと教室後方に視線とやる。

 そこにいたのは、長い前髪で右目を隠し、小柄ながらに大きな胸とクールな顔立ちが特徴の美少女。オンライン授業に興味があるのかないのか分からない無感情な瞳で担任教師を眺めるその姿は、まさに一種の芸術品のよう。


 彼女の名は、常坂枝折。

 美少女でありながら愛想がないので周囲からは「お姫様」なんて呼ばれており、更には俺の幼馴染みだったりもする女子生徒だ。


(昔と違って、今はすっかり疎遠になっちまったけどな)


 中学生の時までは、毎日互いの家に通って遊ぶぐらい仲良しだった。

 でも、高校に上がってすぐぐらいから、俺たちは遊ばなくなり、そしてついには会話すらしなくなった。


 ……いや、正確には違う。

 疎遠になったんじゃない。

 彼女を俺が、突き放したんだ。


「…………」


 俺から見られていることに気づいたのか、枝折がこちらに視線を向けてきた。

 しかし、そんな時間は長くは続かず、枝折の顔は数秒足らずで先生の方へと向けられてしまった。


「Wi-Fi環境がないなど、自宅で授業を受けられない方は遠慮なく申し出てください。その場合、教室で授業を受けられるようにこちらで手配させていただきますので」


 先生はファイルで教卓を叩きながら、


「オンライン授業について何か質問がある方はいますか? いないなら、これにてホームルームを終了します」


 先生が教室から出て行った後、教室が喧騒に包まれる。


「オンライン授業かー。自宅で勉強なんて集中できる気しねーよ」


「ゲームしながら授業ができるって考えると結構楽な気がするけどね」


「授業中はやっぱり制服の方がいいのかな?」


「部屋着をクラスメイトに見られるとか有り得ないから私は制服かなー」


「学校で会えなくなるのは寂しいねー」


 わいわいがやがやと駄弁り続けるクラスメイトたちの間を通り抜け、一人で教室から廊下へと出る。

 ――その直後のことだった。

 何者かが、俺の制服の裾をぎゅっと握ってきた。


「枝折……?」


 振り返った先にいたのは、ずっと疎遠だった幼馴染み。

 彼女は空いている方の手を胸元で握り締めたまま、やや裏返った声でこう言ってきた。

「相談したいことがあるんだけど……少し、時間もらえる……?」

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