プロローグ②

 午後の授業。

 重音は、退屈そうに窓の外を眺めている。

 私は黒板の内容をノートに写しながら、そんな重音の様子を観察していた。


(重音、いつもつまらなさそう)


 高校に入学してから、重音は昔みたいな明るい人じゃなくなった。

 もしかしたら、私の前でだけ明るく接していたのかもしれないけど、とにかく、今の重音は昔と比べて、すごく静かな人になってしまった。

 私以外に仲良しな人ができたのなら、そんなことにはなっていないはず。

 なのにどうして、重音は私を遠ざけちゃうんだろう……。


(……でも、重音がまだ誰のものにもなってないのは、ちょっと安心)


 嫌な考えだなぁ、と自分でも思う。

 こんな捻くれた考え方をしちゃう女の子だから、重音に嫌われてしまったのかも……。

 横目で彼のことを見つめながら、私は頭の中のもやもやに顔を顰める。


「――坂さん……常坂さん!」


「っ。は、はい」


 突然、先生から名前を呼ばれたので、慌てて立ち上がる。


「常坂さん。この問題が分かるかどうかを聞いています」


「すいません。少し、ぼーっとしていました」


「授業には集中するように」


「すいません……」


 先生に謝罪し、着席する。

 重音のことを考えていたら、注意されてしまった。

 ……今の私、変じゃなかったかな?

 重音におかしい奴だって思われたりしなかったかな?

 情けないところは、あまり重音には見られたくないんだけど……。


「っ」


 重音の方を見てみると、彼もまた、こちらを見ていた。

 思わず、顔が強張ってしまう。

 こんな自分を見られたくなくて、つい目を逸らしてしまった。


(うぅ、恥ずかしい……)


 こんなはずじゃないのに、どうして上手くいかないんだろう。

 自分の不甲斐なさを嘆きながら、私は赤くなっているはずの顔を教科書で隠した。



 休憩時間。


「……はぁ」


 女子トイレの洗面台で、私は大きな溜め息を漏らしていた。

 もうそろそろ学校が終わっちゃうのに、まだ重音に話しかけられてない。

 このままじゃダメだって分かってるけど、今の状況を変えられるだけの勇気がどうしても湧いてこない。

 もう一度溜息を吐いて、トイレから廊下に出る。


「あ、常坂さんだ……」


「相変わらず可愛いなぁ……付き合いてえ」


「お前じゃ無理だって」


「うっせえわ」


 周囲から聞こえてくる声に、私は一ミリも反応を示さない。

 最近はだいぶ落ち着いてきたけど、入学当初は異性から告白されることが多かった。

 周囲からは、そういうのに興味がないと思われてるけど、流石にここまで持て囃されれば嫌でも分かる。


 だけど、全然嬉しくない。

 重音に恋心を抱いた中学生ぐらいの時からずっと、私は彼に可愛いと思ってもらいたくて、女の子らしくあろうと努力してきた。

 でも、集められるのは他人からの注目だけで、当の本人にはあまり効果が無かった。

 私は、重音にだけ見てもらえれば、それでよかったのに。


(寂しい……)


 何度目かも分からない溜息を零しながら、廊下を進む。

 と。


「……あっ」


 向こうの方から、重音が歩いてくるのが見えた。

 このまま歩いていたら、彼とすれ違うことになる。

 それは、願ってもいないチャンスだった。


(こ、声をかけなきゃ)


 変なところはないかな、と慌てて身だしなみを確認する。うん、大丈夫。


(世間話でも何でもいいんだ。何か、何か話しかけないと)


 何を話す? 今日の授業のこと? それとも最近何をしていたかを聞く? でも、いきなり話しかけて重音を困らせちゃったらどうしよう……いや、それでも話さなきゃ……。


 動揺しているせいか、考えがまとまらない。

 頑張れ、私。

 重音がすぐそこにいるんだから。


「あ、ぁ……ぁの……」


 緊張のせいで唇が震える。冷汗が頬を伝ってもいる。

 でも、言わなきゃ。話しかけなきゃ。

 こんな関係を、終わらせるために――ッ!


「…………」


「ぁっ……」


 声はかけようとした。したん、だけど……。

 重音は私のところに来る前に、近くの階段の方へ進路を変えてしまった。

 つまりは、失敗だった。


「っ……」


 伸ばそうとしていた手を下ろし、スカートをぎゅっと握りしめる。

 彼はこんなに近くにいるのに、どうしても距離を縮められない。

 ……でも、


(絶対、諦めたくなんかない……っ!)


 だから神様、お願いします。

 私に、重音と仲直りするチャンスをください。

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